第3話


ある日。


神澤 真梨菜:「まったく……何で私が同行しなきゃいけないのよ? 一人で行けばいいでしょ?」


助手席で不機嫌に腕を組む神澤は、慣れない山道を運転している俺を睨みつける。


望月 愼介:「勝手に乗り込んできたのはお前だろ?」


タバコの白い煙を開けた窓の外に吐き出しながら、睨み返す。


神澤 真梨菜:「私が行きたい所と同じ方向だから乗ったの! 降ろしてほしい場所はずっと後ろよ!」


望月 愼介:「うるせぇな。俺はタクシーじゃねぇんだから、何処に行こうが俺の勝手だろ」


神澤 真梨菜:「ふん……とか言って本当は怖いんでしょ? 幽霊が出たらどうしよ~って」


望月 愼介:「んなわけねぇだろ。俺一人で幽霊見たって誰も信じないだろ? 目撃証言は多い方が良い。まぁただの廃墟に出るとは思わないけどな」


首にカメラをぶら下げた神澤は納得したのか、あるいは言い返すのが面倒になったのか窓の外を流れる木々に視線を移した。


俺は擦れ違う車も無いくねくねした山道を走り続けた。


◇◇◇


望月 愼介:「おい、起きろ。着いたぞ」


俺が運転に集中してる間に眠りこけていた神澤を起こす。


予定通り日が暮れる前に到着する事が出来た。


神澤 真梨菜:「うわ……夕陽のせいで燃えてるみたい」


神澤はフロントガラスの向こうに佇む廃墟を見つめ、眉を寄せた。


薄汚れたコンクリートの壁、割れた窓ガラス、壁を這う植物、錆び付いた出入り口の扉――かなり年季が入っている。


俺がわざわざ車を走らせてやってきたのは『Move』で話題になっている、過去に心霊写真の素材にした廃墟だった。


とはいっても、ネットに転がるフリー素材を拝借したので来るのは初めてだった。


望月 愼介:「適当に写真撮って帰るぞ」


神澤 真梨菜:「適当じゃ欲しいものは撮れないわよ?」


車から降りて廃墟を見上げる俺の背中に、神澤は呆れた声を掛ける。


望月 愼介:「頻繁に体験報告が来るんだ。もしそれが本当なら俺が適当に写真撮っても写るだろ? でも幽霊なんて簡単に撮れるものじゃない。撮れたらラッキー程度だよ」


俺は歩きながら適当に写真を撮り、廃墟の入り口に立つ。


神澤 真梨菜:「あんた……何しに来たのよ」


追い掛けてきた神澤は上空の写真を撮った。


望月 愼介:「体験報告が嘘だって証明しに来たんだよ……お前そっち引っ張れ」


俺は錆び付いた扉の右側に手を掛け、顎で左側の扉を指す。


神澤 真梨菜:「え?あぁ、うん」


デジカメの小さな液晶を見つめて上空の写真を撮り続けていた神澤は、俺の指示に従って扉の右側を引っ張った。


ギギギギギギギギギギ……


滑りが悪い扉は、耳障りな音を響かせながら少しずつ口を開いていく。


望月 愼介:「……もうこれくらいで良いだろ」


一人分の隙間が出来たところで手を止めた。


神澤 真梨菜:「やだぁ! 手に臭い付いた、最悪っ」


自分の手に付着した臭いに文句を言っている神澤を無視して、俺は扉の隙間から顔を入れて中を確認する。


土とホコリとカビの臭いが漂う廃墟内は、割れた窓ガラスが散らばり、そこから入り込んだ落ち葉やカラスの羽が廊下を埋め尽くしていた。


神澤 真梨菜:「これじゃあカメラ触れないからウエットティッシュ持って来る」


神澤は俺から車のキーを受け取ると、停めている車に走って行った。


望月 愼介:「先行ってるぞ~」


神澤の背中に声を掛けた俺は、首だけ突っ込んでいた隙間に体を滑り込ませる。


パキパキと小枝が俺の体重に耐えられずに折れていく。


壁に囲まれていると外の音が聞こえにくく、廃墟の中は静かだった。


まだ日は暮れていないが廃墟の中は薄暗いので、持って来た懐中電灯を点けて歩き出す。


錆びた扉が並ぶ廊下を歩きながら、なるべく手を汚したくないので開いている扉を探したが一階の扉は全て閉まっていた。


廊下を突き辺りまで進むと2階へ続く階段を見つけたので、俺は後ろを確認した。


まだ神澤は来ていない。


特に気にしないで俺は2階に上がる。


望月 愼介:「暗いなぁ……」


2階は木の葉で窓からの光が遮断されているため一階よりも暗く、懐中電灯の明かりが不気味に廊下を浮かび上がらせていた。


俺は懐中電灯を脇に挟み、何枚か写真を撮る。


パシャ!


パシャ!


パシャ!


フラッシュが光り、瞬間的に廃墟の2階が視界に広がる。


そして自分以外居ないはずの廊下に「人影」が見えたのを俺は見逃さなかった。


望月 愼介:「神澤……?」


俺はカメラから懐中電灯に持ち替え、廊下の先に光を向けた。


望月 愼介:「っ……」


光を向けた先にはやはり「黒い影」が立っていた。


そのシルエットは神澤とは違う。


背が低く、素足で、の様にも見える。


ヤバい。


そう思った時にはもう遅く、瞬きの度に黒い影が近付いて来た。


望月 愼介:「クソッ!」


恐怖が俺の心臓を締め上げる。


俺は黒い影に背を向けて、階段を駆け下りた。


パキ……


パキ……


俺の足音とは別の足音が後ろから聞こえてくる。


速度が違うのに、それは確実に俺との距離を縮めていた。


しかも何か聞き取れない言葉を発している。


全速力で1階の廊下を走っていると、出入り口の扉が完全に閉まっているのが見えた。


俺は錆び付いた扉に飛び付き、力任せに引っ張った。


望月 愼介:「神澤! 開けろ! おい! 神澤ッ!!」


パキ……


パキ……


パキ 


 パキ


  パキ


パキ


  パキ


パキ       


来た!


走って来た!!


ギギギギギ……


扉が開いた!!


ピッタリと閉まった扉に隙間が出来る。


望月 愼介:「ッ!?」


ふわっ、と何かの気配が背後に立つ。


すぅーっと冷気が頬をひと撫でし、しがみつくように俺の右肩を掴んだ。

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