第2話


画像を組み合わせて作る「心霊写真」がもうすぐ完成するという時に、重そうな足音が近付いて来て俺の邪魔をする。


俺は気付かないフリをしてソフトケースからタバコを取り出して口にくわえた。


太田 一秀:「こらこら、その前にこれ見てくださいよ」


太田は俺の口からまだ火を点けていないタバコを取り上げ、視界からスマホの画面を遮断するように数枚のA4紙を差し出してきた。


望月 愼介:「返してくださいよ。税金上がって高級品なんですから」


睨み上げても太田は困った様に眉を下げるだけで、一箱600円で一本30円もするタバコを返してはくれなかった。


俺はスマホをデスクに置いて、仕方なく差し出された紙を受け取った。


望月 愼介:「またですか?」


体験した報告を受けてから週に一回程度、感想と共に報告がメールで送られてくるようになった。


俺は冷やかしだと無視しているが、太田は『有り難い事だから』とわざわざ印刷して俺の所に持って来てくれていた。


太田 一秀:「最近多いんですよ。これなら夏の売り上げに期待が持てますね」


俺がライターとして働いているのは 『PICTURES』という「心霊写真」や「恐怖体験」、「UFO」や「UMA」などを扱う雑誌を販売している小さな出版社だった。


毎月25日に発売している雑誌の他に、「心霊写真」や「UFO」の 特別号も発行している。


俺は心霊写真の枠を担当しているので、毎日大真面目に 嘘の心霊写真と怖い話を作成しているのだ。


望月 愼介:「……期待ねぇ。そもそも‟いわくつき”の場所じゃないのに、体験報告されてもねぇ。嘘なの丸わかりですよ」


太田が印刷してきた数枚の紙をめくり、溜め息を吐く。


太田 一秀:「まぁまぁ。そう言わずにさ。これからも‟本物っぽい”心霊写真作ってよ」


望月 愼介:「その作業の邪魔をしたのは太田さんですよ。タバコ返してください。ヤニが足りなくて暴れますよ?」


俺は報告が書かれた紙をデスクの引き出しにしまい、タバコを取り上げた太田に手を伸ばす。


しょうがないと言いたげな顔でタバコを返してくれた太田は、まだ何か言いたげな様子で俺の横顔を見つめる。


望月 愼介:「……なんすか?」


俺は白い煙を吐きながら立っている太田を見上げた。


太田 一秀:「タバコ止めないの?」


望月 愼介:「愚問ですね。止めませんよ。俺はタバコが1000円になっても吸い続けるって決めてるんで。たっかい税金を自ら払う貴重な人材っすよ、俺は」


俺はくわえタバコで太田に返事をする。


太田 一秀:「あれにすれば? えっと、何だっけ……」


太田は‟あれ”の名前を思い出そうと、顎に手を当てて目を瞑る。


望月 愼介:「電子タバコの事ですか?」


興味のない俺は、タバコをふかしながらスマホで画像編集を再開する。


太田 一秀:「そう! そうなんだけど、名前が思い出せない……」


神澤 真梨菜:「まだ思い出せないんですか? 『アイシガー』ですよ。電子タバコの名前」


う~んと呻りながら必死に思い出している太田に、背後から助け舟が飛んできた。


太田 一秀:「あ~! そうそう、それそれ!」


太田は手を叩いてすっきりした顔をしている。


望月 愼介:「‟神様”はタバコ吸わないのに詳しいね」


神澤 真梨菜:「だぁ~かぁ~らぁ~! ‟神様”じゃなくて‟かみさわ”だってば!」


俺の冗談にいつも同じ言葉を返してくれる「UFO」担当の神澤真梨菜かみさわまりなは、ブルーライトカットが施された赤縁眼鏡をクッと中指で押し上げて俺を睨む。


望月 愼介:「おーこわ。……んで、太田さんは俺にその『アイシガー』に変えろって言うんですか?」


俺は新型が出たばかりの電子タバコを思い浮かべながら太田を見上げると、彼は「うん!」と首を縦に振った。


太田 一秀:「煙の代わりに水蒸気だし、肺にも影響ないよ。なにより臭いが少ないから服にも部屋にも付かないよ」


それは遠回しに 『タバコ臭い』と言っているのと同じだ。


余計なお世話だと、白い煙と共に溜め息を吐く。


望月 愼介:「あれの値段知ってます? 本体だけで7000円っスよ?……あ、まぁ太田さんが買ってくれるなら乗り換えても良いですけどね?」


神澤 真梨菜:「言ったわね、聞き逃さないわよ! 私が買ってくるから乗り換えてもらうわよ?」


これで引き下がるだろうと、思ってもいない提案をするが予想外な事に神澤が喰い付いて来た。


望月 愼介:「げっ……」


神澤 真梨菜:「今時、仕事場も喫煙所だなんてここぐらいよ」


神澤は俺を追い詰めるつもりなのか、作業をしていた手を止めて立ち上げると、俺のデスクまでズカズカと歩み寄って来た。


太田 一秀:「か、神澤さん…… ガチだね」


太田は自分の隣に立った神澤を、驚いた表情で見つめる。


神澤 真梨菜:「で? お返事は?」


タバコを止めるつもりは無い俺は、神澤を黙らせるための言い訳を探す。


望月 愼介:「あぁそうだ……俺、神澤に聞きたい事があったんだったわ」


苦笑いを浮かべながら、神澤をチラリと見上げて様子を窺う。


神澤 真梨菜:「タバコより大事な話?」


望月 愼介:「仕事の話だ」


これは本当に仕事の話をしないと怒鳴られそうだ。


望月 愼介:「……最近俺に‟体験報告”が送られてくるんだが、どう思う?」


神澤 真梨菜:「……あぁ~」


俺の質問に神澤は何か思い出したのか、スマホを弄り始めた。


神澤 真梨菜:「ほら。「嘘」が結構話題になってるわよ」


神澤が見せてきたのは 『Move』と呼ばれる動画サイトのアプリだった。


どうやら俺が思っている以上に、作り物の「心霊写真」が 話題になっているらしかった。



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