心霊写真

月桜しおり

第1話


「嘘」は『真実』があるから「嘘」になる。


『真実』が無ければ「嘘」が『真実』だ。


俺はタバコをふかしながらスマホに人差し指を滑らせていた。


望月 愼介:「……おぉ、良さそう」


俺は短くなったタバコを銀色のアルミ灰皿の中で揉み消し、スマホと目の距離を縮める。


再び人差し指を滑らせ、アプリを変えて今度は画像を拡大する。


目を凝らして真剣に「嘘」を創り出している俺のデスクに、重そうな足音が近付いて来た。


太田 一秀:「望月愼介もちづきしんすけさぁん、まぁたゲーム? いい加減、仕事したら?」


クスクスと笑う声が頭上に降り掛かる。


望月 愼介:「‟ふとだ”さん、今仕事中なんで話しかけないでください」


太田 一秀:「‟ふとだ”じゃねーわ! ‟おおた”だよ! 太い田って書いて‟太田”だわ! ボケ!」


望月 愼介:「太ってっから‟ふとだ”でいいじゃないですか」


太田 一秀:「ダイエットしてるわ!」


俺は担当編集者のふと……太田一秀おおたかずひでの怒鳴り声を聞きながらも、視線はスマホから外さなかった。


太田 一秀:「……って、話逸らすな。スマホで仕事してもサボってる様にしか見えないからパソコン使ってくれない?」


そう言ってデスクを挟んだ向こうに立つ太田は、俺のスマホを覗き込んだ。


望月 愼介:「ちょ、暗いんで退いてください。俺的に使いやすいやつがあるんですよ……。もうすぐで終わるんで、ちょっと待ってもらえます?」


俺は天井からの光を遮断されたので、逃げるように踵で床を蹴って椅子ごと後退した。


俺は色を変えたり、影を加えたり、ぼかしてみたり、腕を伸ばしてスマホを見て、再び顔を近付けて微調整をする。


その様子を太田は黙って見つめていた。


望月 愼介:「……おぉ、良さげ」


俺はスマホの画面を見つめ、完成した「嘘」の出来栄えに口角を上げる。


太田 一秀:「できました?」


太田は待ちわびた様に背伸びをして俺のスマホを覗き込もうとする。


俺は出来立てホヤホヤの「画像」を保存してから、漸く顔を上げて興味津々の太田にスマホを渡す。


望月 愼介:「どうっすか?」


太田 一秀:「……なんて言うか、オーブはそれっぽいですけど全体的に芸術的ですね」


苦笑いを浮かべて太田は俺にスマホを返した。


オーブとは浮遊している霊魂である。


写真に写り込む白い丸がオーブだ。


俺は「演出」としてオーブをよく使う。


望月 愼介:「なに、本物っぽくないって?」


太田 一秀:「……まぁ、そーですね」


‟これじゃだめだ”と言えない太田は苦笑いでそれを伝えようとする。


望月 愼介:「分かってねーなぁ。これくらい‟作り物感”がある方が、他の作品が‟本物っぽく”見えるから丁度良いんですよ」


読者は全てを本物の心霊写真だとは思っていない。


‟これは嘘っぽい”‟こっちの方が本物っぽい”など俺が創った「嘘の心霊写真」に順位を付けたがる。


全部が同じクオリティよりも、出来栄えに差がある方がハイクオリティの物に‟本物らしさ”がより溢れるのだ。


太田 一秀:「それは確かにね」


手を叩いて納得する太田は俺より立場が上のはずなのに扱いやすいので嫌いじゃない。


太田 一秀:「さすが望月さんですね」


人懐っこい笑顔を浮かべる太田は弟のようで可愛らしかった。


望月 愼介:「あとは適当に怪奇現象の話を書けば完成ですよ」


太田 一秀:「わかりました。じゃぁ引き続き頑張ってくださいね」


白い紙を持った太田は踵を返して俺のデスクから離れて行く。


俺に用があったんじゃないのか?


そう思いながら離れて行く太田の背中を眺めていると「あ!」と声を上げて立ち止まった。


太田 一秀:「違う違う!」


勝手にお前が帰って行ったんだろ、と思いながら再び俺のデスクまで来た太田を見上げる。


太田 一秀:「僕は望月さんに‟これ”を渡しに来たんですよ」


マヌケな自分を恥じらうように、眉毛の端を下げて先程から持っていた白い紙を俺に差し出した。


望月 愼介:「なにこれ?」


太田から受け取った紙は一枚ではなく、数枚がホチキスで止められていた。


太田 一秀:「望月さんへの ファンレターですよ」


望月 愼介:「苦情の間違いじゃなくて?」


俺は溜め息を吐きながら、印刷された文字の羅列に目を走らせた。


太田 一秀:「いや、それが『俺も心霊写真撮影できました』っていう報告がほとんどなんです」


太田は自分の事のように嬉しそうにしている。


俺の創った心霊写真は『作り物っぽい』『自分も行ったけど何も起こらなかった』等の苦情や『怖い』『すごい』等の感想を貰う事はあるが、報告を受けるのは初めてだった。


望月 愼介:「……ホントだ」


ホチキスで止められた紙には感想の他に、報告が多数見られた。


太田 一秀:「望月さん、本当は霊感あるんじゃないんですか?」


望月 愼介:「いや……」


俺は苦笑いを浮かべながら即座に否定する。


雑誌に掲載されている俺の心霊写真や怖い話は全て「嘘」であり『真実』などありはしない。


望月 愼介:「きっと、冷やかしですよ」


報告が来るなんて有り得ない、と俺は自分に言い聞かせるように笑って見せた。



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