第拾壱話 束の間のひととき

『桜島の闘い』により穢土幕府は虎視眈々と隙を伺っていた諸外国に力があることを立証することに成功した。各方面からの圧力が弱まり、幕府内でも懐疑的であった現将軍に対して賛同を示す者達が徐々にではあるが増え始めた。


そんなある日。誉は『東ノ宮家』の三人を自分の執務室に呼び出した。


「御三方。日々のお勤めご苦労様です」


「珍しいですね殿下。義道だけでなく、俺や慶宗も呼ばれるとは」


「あら?そうでしょうか?」


「確かに光圀兄上と拙者が政務で呼ばれることはそうそうありませんものね」


「そもそも三人でここに呼ばれること事態初めてだ」


「それで殿下。我々をお呼びだてしたのは何故ですか?」


「御三方にはこれから私の警護についていただきます」


「警護・・・・・ですか?」


「左様。」


「どこかに赴く予定は本日はありませんが」


「義道殿。そなたにしては察しが悪いですね」


「はぁ・・・・・」


義道同様、二人も誉の発言の意図を分かりかねていた。


「穢土城下の散策ですよ」


「殿下それは流石に・・・・・」


「なりません殿下!」


誉の背後に伊邪那美が降り立つ。


「これ伊邪那美。聞き耳を立てるとは失礼では無くて」


「失礼もなにも私は常に殿下の御側で見守らせていただいているのです。殿下のお話は自然と耳に入ります。」


誉は少し不服そうな表情で伊邪那美に問う。


「それで何故そなたは反対の意を示すのです伊邪那美?」


「かの一件で確かに城下の雰囲気は落ち着きを見せております。ですが安全とはまど程遠い状態です。殿下をそのような場所に赴かせるなど認められません。」


「安全で無いのは重々承知しております。ですから御三方という警護役をつけて参るのです。」


「顔の知られるている御三方が警護している時点で殿下がここにいますと伝えるようなものです。断じて認められません」


「予定していた政務は終わらせました。御忍びで行動し幕臣の方々に気が付かれなければなにも問題ありません」


「気が付かれた際はどうされるのですか!?」


「いつも伊邪那美が協力して替わりの者を建ていてくれたではありませんか。」


(殿下って結構とお茶目けあるんですね)


(ガキだな)


(……………)


「あの頃とは訳が違います。そのような行動が許されぬのは殿下もおわかりでしょうに」


「…………」


「殿下。正直な己が丈を述べてみては如何ですか?」


「!?」


「義道殿!?何を」


「伊邪那美さん。普段滅私の御心で職務につかれている殿下がこのような事を述べると言うことはなにか意味があるのではありませんか?」


「それはそうですが…………」


「拙者達が必ず殿下を御守りします。いけませんか?」


「…………」


「任せろ」


「必ず殿下を無事お連れしますよ伊邪那美さん」


「皆様…………」


「はぁ…………」


大きな溜息をついた伊邪那美は諦めた顔で四人を見る。


「巳の刻まで…………それが私がお庇いする限界時間です」


「伊邪那美!!そなたに感謝を。では光圀殿、義道殿、慶宗殿参りましょう」


「えっ、あっ殿下仕度を」


「時間が惜しいのです。このまま参りますよ」


誉のペースに巻き込まれた三人はそのまま城下へと足を運んだ。




誉を囲むように三点で足を運ぶ三人。


「どうかされましたか?義道兄様」


「なにがだ?」


「いえ、なんだか上の空に見えました故」


「!?上の空などなっておらん」


「義道殿。困りますわ」


「殿下!真に受けないでいただけますか?」


「頼むぜ義道。殿下に大事あったらいけないんだからよ」


「………だから上の空など」


「っと!」


前を歩いていた光圀が突如止まり誉がその背中にぶつかる。咄嗟に後ろから身体を支える義道。


「大丈夫ですか!?」


「はい」


「おい行き成り止まるな光………」


「大丈夫か坊主?」


目の前で転けた子どもを見る光圀。


「うん。………あっお侍さん」


慌てて膝をつく子ども。


「もっ申し訳御座いませんでした!」


「おいおい、やめろよ」


「でっですが………」


「菊丸捕まえ………」


長屋の隙間から別の子どもが姿を見せる。


「!?こっこれはしっ失礼致しました!!」


慌てて膝をつく別の子どもに四人は困惑する。


「大事ないから気にするな。それにお互い様だろ?」


優しく声をかける光圀だがそれでも頭を上げない子ども達。


「おっお侍様の道を阻害しては成らぬとキツく言われておりますが故。このような………なっなんと詫びればよろしいか」


「だからだな、俺達は気にしてないから………」


「お顔をお上げください」


(殿下!)


膝を折ると子ども達の視線で誉は優しく語りかける。


「あの………えっと」


「訳あってこの布を取ることが出来ませんがお許しいただけますか?」


「はっはい!」


「気に病むことは御座いません。此度は我々の不注意が原因なのですから」


「でっですが」


「貴方達が精一杯遊べること………それはこの国が豊かで平和である証です」


「恐れながら、以前お侍様にお会いした際は【我ら志士の前を通るとは言語道断】とお叱りを受けました」


「…………」


「一度ならず二度までもお侍様の御言葉に反故したこの責」


「貴方達はこの国の明日を担う宝」


「!?」


「我々志士はその貴方達の明日をより良き明日を護る為に精を尽くすのです」


「…………」


「力を手にした者がその力を盾に己を誇示する事の方が言語道断です」


「………あの」


「その者達には厳しく諭します故どうかお顔を挙げてください」


「お姉様が?」


「はい。こう見えて私このお侍様達を従えるだけの身分はあるのですよ?」


「そっそれはでっ………」


「ねっ?お前達」


「はっ」


「……………」


「だから此度のことは気になさらず思いっきり遊びんでくださいね?」


「はっはい!では失礼します!!」


子ども達が去る方向へ手を振る誉。


「殿下。いつ御自身の身を明かすか肝っ玉が冷えました」


「それは失礼致しました」


「しかしよ………俺達は町の人からはそんな風に見えてたのか?」


「光圀………」


「只々力を振るう乱暴な者達………それがこの国に暮す人々から見た今の俺達志士なのか」


「…………」


「こういう事が知れるのです」


「殿下?」


「上から視ているだけでは視えない世界があるのです。だから私はどのような立場になろうとも町中に出ることを止めたくはありません」


「…………」


「己を律する為にも人々の様子を知る事を御三方も忘れないでくださいね?」


「そうですね」


「はい」


「そうだな」


「では急ぎ参りましょう」


「そういえば殿下がそこまでして此度町に出たがられた理由はなんなのですか?」


「そういえば、そうだな」


「それは…………」


「今日で丁度一年ですか」


「!?義道殿………気づいておられたのですね」


首を傾げる2人。


「よろしいのですか?拙者達が共に訪れて」


「御三方は信に値する方々。きっと許してくれます」



暫く無言の足取りが続く。辿り着いたのは穢土の城下を見渡せる小山。


そこには人知れず名の無い墓石が積まれていた。


「これはもしや」


「…………」


「そうか【鳳桜(ほうおう)の変】から今日で一年。いつ気がついたんだ義道?」


「先程の殿下が前将軍の面影を感じさせてな。元々何かあるとずっと考えてはいた」


「それで上の空………」


「だから上の空などでない、現に慶宗より先に殿下の御身体をお支えしたろ?」


「確かに」


「孝明公に御会いしたことがあるのか?」


「幼い頃に一度だけな。幼かったながらにとても慈愛に満ちた御方だったのを覚える」


墓石の前にかがみ手を合わせる誉を三人は後ろから見守る。


「歴代の将軍と同じお墓では無いのですか?」


「確かに【征偉大将軍瑤泉院(ようぜいいん)孝明】としてのお墓は皆様の存じ上げるお墓です。ここは瑤泉院(ようぜいいん)孝明とその妻『夙子(あさこ)』のお墓です」


「…………」


「父上と母様の思い出の場所だと、母様から聞いてました。父上と見るここからの景色が母様はとても好きだと仰っておりました。」


「…………殿下」


「何か?慶宗殿」


「某達もその………参らせていただいても」


「…………はい。父上も母様も喜ばれます」


手を合わせる三人に師走の風が肌に刺さる。


「殿下」


「なんでしょう?義道殿」


「ここまで良くぞ御勤めを果たされましたね」


「!?」


「突然の御両親の死を偲ぶ事も受け入れる刻も無く。征偉大将軍として民とこの国の為に御身を捧げられ此度の一件でも見事に『ヤマト』を守り抜いたと言えましょう」


「それは皆様の尽力があってこそ、私は何も」


「ここでは、【誉様】に戻られてもよいのではありませんか?」


「〜〜〜!?」


「拙者達は少し離れます故【誉様】としての時間をお過ごしください。」


「義道殿!」


「殿下!?」


勢いよく義道の身体に納まる誉。


「ううう………」


「殿下………あの」


「慶宗。行くぞ」


「えっ、光圀兄様」


「光圀!慶宗!!」


「【誉様】を泣かせた責任を取れよ義道。」


「拙者はそんなつもりは」


「終わったら呼んでくれ」


二人はそそくさとその場から離れた。


「………殿下」


「嫌………ですわ」


「えっ」


「【誉】として居ろと仰ったのは義道殿です。」


「それはですね……その」


「名で呼んでください」


「…………では誉様」


「…………」


「ここまで良く滅私の御心で御勤めを果たされました。この義道、誉様の生き様に感服しております」


「あっ」


義道はそっと誉の腰に手を回す。


「拙者のその………頼りない身体でよければ、めいいっぱい感情を吐き出してください。ずっとこうしております故」


「ウッウアアアア〜〜〜、父上〜母様〜〜」


誉の抑えていた感情を義道はただ受け止めた。



「………誉様?」


暫くして誉は涙を拭うと義道の身体を離れる。その顔付きは既に【征偉大将軍瑤泉院誉】となっていた。


「もう大丈夫です」


「そうですか………では参りましょう二人も待っております」


「そうですね…………義道殿」


「はい」


「そなたに感謝を」


紅の光に照らされて満面の笑みを魅せる誉。義道はその笑顔に心奪われるのであった。






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御身は貴女の為に ザイン @zain555

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