第拾話 桜島の闘い
「どうぞこちらへ」
金河藩『横塚(よこづか)』。東ノ宮義道は英吉利大使館を訪れた。
『ヤマト』には無い佇まいにそのような場に慣れているはずの義道も思わず息を呑む。
己の背丈を超える扉が開くと、下は布で覆われその布は一寸の狂い無く床全体に敷かれている。
均一に壁に掛けられた絵がその場の優美さを際立出せる。案内された部屋に入ると男が義道を待ちわびていたかのようにじっと座っていた。
「よくぞ来られました東ノ宮義道殿。私は在日英吉利大使館のトップを務めます。『ウイリアム・バイス』大使です。よろしくお願いします」
(我が国の言葉・・・・・話せるのか)
「どうされましたか東ノ宮義道殿?」
「義道でよい。バイス殿」
「Mr.義道。貴方が名前で呼んでもよろしいというのなら私のこともウイリアムと呼んでください」
「・・・・ではそうさせてもらおうウイリアム殿」
「殿とはまた堅苦しいですが、まあいいでしょう。それで不思議そうにされてますが」
「我が国の言葉で会話が出来るとは思わなかったので、驚いた次第だ。」
「おー『ヤマト』の言葉難しいです。ここまで覚えるのにだいぶ苦労しました」
「何故わざわざ我が国の言葉を?」
「自分の意見や主張、国からの言葉を貴方方に伝えるのに通訳を入れると、どうしてもしっかり伝わらないことが多いのですよ」
「・・・・・」
「通訳の人々を愚弄する気は全くありません。むしろリスペクトしています。ですがこの会談は一つ間違えれば我が国と『ヤマト』の武力衝突に発展しかねない事案。原因が通訳さんの誤訳でということになったら通訳さんに申し訳ない。そのような思いがあるのでなら私自身がこの国の言葉を覚えようと思った次第です」
「確かに・・・・・ウイリアム殿の姿勢尊敬に値します。拙者も精進せねば」
「無理にする必要は無いですよMr.義道。通訳さんのお仕事を奪ってしまいますから」
「では、お言葉に甘え我が国の言語で進めさせていただく」
「はい。では既に我が国の要求は貴国に通達しております。」
「・・・・・・」
「引き渡していただけますか?」
「それは出来ぬ」
「何故?」
「犯人は既に亡くなっているからです」
「そうですか」
「・・・・・・」
「亡くなっているのであれば、仕方がありませんね」
「・・・・・御理解頂き感謝申し上げる」
「それで?当然それで終わりではありませんよねMr.義道?」
余裕の笑みを浮かべながらウイリアムは義道を問詰める。
「・・・・・・」
「まさかとは思いますが、対案は無いと仰いませんよね?」
「我が国はこの一件で貴国に対価を与えることはしない」
「・・・・・よろしいので?これは大きな外交問題となりますな~Mr.義道」
「我々が償うべきは被害者の遺族であり貴国では無いとハッキリとお伝えしておく」
「アハハハハ!!」
ウイリアムはまさかの返答に高笑いが止まらない。
「お疲れなのかなMr.義道?私がこの国に大使として滞在し数ヶ月。貴方はもっと利口な方だと思っていたが」
「…………」
「再度状況を確認しますが、在日大使館に務める『ウッドソット·マーシャル』とその家族は、籠嶌(かごしま)藩の菜原左衛門(なばらさえもん)』なる人物に道を通して欲しいとお願いしたところ斬殺された。間違い無いですよね?」
「そうだ。」
「貴国の1国民が我が国の政府高官を殺害したことに関して、貴国を統治する穢土幕府は責任を取らないと?」
「貴国に対して行う必要は無い。被害に遭われた遺族の方々にするとこちらは申している。」
「一家が殺害されたのですよ?どこに遺族がいると?」
「・・・・・。」
「償うべき責任を償うことが出来ない。だから我が国はその手を差し伸べているに何故それを拒むのですか?」
「・・・・・貴国の要求はなんだ?」
「籠嶌藩が属国化している『沖波王国(おきなみおおこうく)』を英吉利に譲渡及び今後の貴国との貿易での関税自主権の全権をこちらに移譲することで、この話は終わりとしましょう」
「個人間の問題に随分大きくでましたな」
「我が国の大切な政府高官が殺害されたのです、一家もろとも。これくらいは当然です。」
トントントン
「なんだ」
「大使。お耳に入れておきたい報告が」
「入れ」
役人が速足でウイリアムの側に行き耳元で報告を告げる。
(義道様)
姿は見えないが伊邪那美の声がどこからか聞こえる。
(伊邪那美さん。どうしましたか?)
(籠嶌湾に英吉利艦隊4隻が襲来。火蓋は切られて無いものの、予断を許さない状態です。)
(こちらの動きは)
(籠嶌湾には僅かな兵力を残し、総大将東ノ宮光圀様率いる本体は籠嶌湾中央にある『桜島』に布陣。砲台は英吉利艦隊に向けつつも静観を続けています)
(わかりました。ありがとう御座います)
「どうやら、我が英吉利艦隊が籠嶌湾を抑えたようだよ、Mr.義道」
「!?」
「まあ我々の規律ある誇り高い英吉利海軍ならこの結果は当然だがね」
「力で捻じ伏せるおつもりで?」
「それはMr.義道。君の返答次第だ」
「誇り高いですか………」
「なんだね?Mr.義道」
「話し合いも不十分な状態ながら、従わない者や国家は力づくでも屈服させる………それが貴国の誇り高い作法ということなのですね」
「なんだと?」
「籠嶌湾を抑えたということは、籠嶌湾を守護していた籠嶌藩士を力尽くで屈服させたとそういうことではありませんか?」
「…………」
「こちらでの会談もまだお互いが納得するまで話し合えていない。にも関わらず急襲にも近い行動を交易のある国に行う。これが貴国流の作法という訳ですか。」
「……………」
「…………これが貴方方がよく語る『国際法』で法治国家という体系をとる国の他国と交渉する際のルールということでしょうかね。」
「それは………違うMr.義道。飛躍し過ぎだ」
「貴国に限らず、近年我が国と国交を持った国々は陰で我が国の国民は野蛮だと蔑んでいるようだが、このような強引なやり方を強行する貴国も十分野蛮ではないのか?」
「なん……だと?」
「貴国を治める女王陛下の器量を疑うな」
「Mr.義道!!その発言は看過ならない。訂正し謝罪しろ!!」
ケチャップ顔から凄まじい怒号が発せられる。
「…………謁見もしたこともない拙者が貴国の女王陛下を愚弄する発言をしたことは。申し訳ない。謝罪する」
「貴様………私だからよかったものの、他の者ではこれでは済まされんぞ」
「…………であろうな。ウイリアム殿で無ければ拙者は打首。すぐに我が国と貴国は武力衝突でしょうな」
「…………ふん」
「ですが、我が国の政府の人物の女王陛下への愚弄は然るべき態度を取らされ、貴国の高官の将軍殿下への愚弄はお咎め無しということですか」
「…………なに?」
「拙者が伺っている話では犯人である菜原左衛門がウッド·マーシャル氏を斬首した最終的な経緯はマーシャル氏による将軍殿下への愚弄であったと調査結果が出ております。」
「そんな馬鹿な」
「その場にいた。籠嶌藩藩主沼津能光(ぬまずひさみつ)の証言です。それに大使は覚えがあるのではありませんか?」
「なんのことだ?」
「マーシャル氏は日頃から我が国を含む亜細亜(アジア)諸国。亜細亜人を愚弄する発言をしていたことを」
「…………」
「故に証言の信憑性は高いと思われますが…………。尚その後沼津能光は何者かの襲撃に遭い重症を追っています。そしてマーシャル氏の発言ですが将軍殿下が女子(おなご)であること、年端も行かぬ少女であることを愚弄したと聞いた。」
「…………」
「貴国の女王陛下の即位も随分若かったと聞くが、マーシャル氏は歴史認識も十分で無いと思われる」
「…………」
「他国の国家元首と文化を愚弄することを良しとするのが貴国の誇り高き作法なのか?答えられよウイリアム殿!!」
「それは・・・・・申し訳なかった」
「!?」
頭を机にゆっくりとつけ微動だにしないウイリアム。
「そのようなことはあってはならない。それは礼節を重んじる我が国としては決してあってはならない。ましてや我が国は貴国と同じく女王を君主とする国家・・・・そのような発言許されるはずがない」
「・・・・・殿下はそれでもこの一件は己の責任であると、解決の為に尽力するとそう仰せになられました」
「将軍殿下が・・・・・」
「どうか殿下の御心を無下にするような不埒なお考えをこの一件に持ち込まないでいただきたい」
「『ヤマト』が・・・・・いや殿下が我が国の無礼を許してくださるというのなら・・・・・今回の件。これ以上の追及はやめよう」
「ウイリアム殿・・・・・」
「本件は穢土幕府側で犯人を捕縛し処刑した。本件はこれにて解決とする」
「かたじけない。ウイリアム殿」
席を立ち手を出すウイリアム。
「この手は?」
「互いの手を握ることで交渉の成立を示す。国際マナーさMr.義道」
「なるほど」
それに応え義道も席を立ち差し伸べられた手を握り返した。
「お互いの歴史と文化をもっと共有していく必要がありますねMr.義道」
「そうですね。これからもよろしくお願い申し上げます。ウイリアム殿」
交渉が成立し、すぐに籠嶌までその一報が届いた。しかし内容に不満を抱いた一部の将校の判断で開戦。両者の砲弾が激しく宙を舞う。1日費やしたその戦いは籠嶌藩側に桜島砲台陣地3か所壊滅2か所大破修復不可、英吉利側1隻中破1隻小破と両陣営多数の負傷者を出したものの死者0という珍しい結果を残し『桜島の闘い』は幕を閉じるのであった。
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