第玖話 二百年の夢

「…………。」


「東ノ宮殿。大窪です。」


『大窪利則(おおくぼとしのり)』。沼津能光不在の間籠嶌藩を任された籠嶌藩の重臣。返事が無いので恐る恐る開けると今こちらに気が付いたようだ。


「大窪殿!?こちらがお呼びだてしたのに申し訳ない」


「いえ。ご気分が優れないのですか?」


「いや、考え事をしていた」


「それならばよかったです。」


「聞いてはいるか?」


「殿の知らせでしたら聞き及んでおります」


「藩としてどう動くつもりだ?」


大窪は言葉を選びながら自分の考えを述べる。


「最低限の自衛はします。最も自衛で藩を守り切れるか懸念はしておりますが」


「…………」


「なにか?」


「…………いや意外だと思ってな、徹底抗戦するつもりだと思ってたから」


「あの老人共と同じ括りにされるのは侵害です。」


光圀の驚きは無理もない。藩主が凶弾で倒れた籠嶌藩の人の大半は徹底抗戦を主張しそれを望んでいる。光圀はその点を認識していたのでそう予測していた。しかし藩主の役目を代行する人物の反応は『ヤマト』の置かれた立場を知る光圀にとって現実的な返答であった。


「他の家臣の反応は藩に住む人々の声を代弁していると思うが?」


「その上で現状を正しく認識せねば藩は滅びます。………無論幕府もこの国も例外ではありません」


「まあそうだけどな………君みたいなのがいて安心した」


「といいますと?」


「俺も大窪殿と基本的には同じ意見だ。細部は話し合い擦り合わせる必要があるだろうが」


「そうですか」


「少なくとも外様として蚊帳の外ってことにはならないで済みそうで安心した次第だ」


「某も安心しました。幕府からの使者が只の力任せの脳筋では無いとわかりましたので」


「…………言うね」


「予予伺った噂を聞く限りでは、もっと力で制圧を主張されると予測してましたので」


「まぁ、少し前の俺ならそうだろうな」


「少し前の東ノ宮殿?」


「あぁ。その予予の噂の頃の俺なら大窪殿。あんたの予測通りの考えを主張した………かもな」


「確か、養子として東ノ宮家に迎えられたと伺いましたが?」


「そうだ。驚きだ、脳筋の俺が将軍を支える家の跡取りだ。そこで見た者、聞いた事が俺を………変え始めてるのかもな」


「そこまで東ノ宮殿にとって衝撃なのですか?今の御立場は?」


「衝撃だな、理詰めの次男に夢想家の三男。普段は天女のくせ家の事になると閻魔に豹変する母上。……………俺に屈辱を与えた小娘。全てが衝撃だ。如何に己が狭い世界に生きていたか思い知らされる」


「将軍にはあまり良い印象をお持ちでないようですね?」


「当然だ。初めて会った時に煽りに煽られ俺の築いたモノをぶち壊していったからなあの小娘」


「お噂は予予。それが現将軍擁立のキッカケとなったと耳にしております」


「だが………俺を変えたのもあの小娘だというのも事実。」


「…………」


「ったく。困った小娘だ」


「年齢は同じぐらいだと聞いてますが?」


「!?。いいんだ、俺からしたらまだまだ幼い小娘だ。」


「……………」


「すまん。話しが逸れた。それでだ。我々の認識は一致しているが、その他の家臣はどう納得させる?」


「東ノ宮殿に指揮を託します。」


「…………いいのか?」


「某が発するのと東ノ宮殿が発するのでは【重み】が違います故」


「まぁ、人情に重きを置く籠嶌ならそうであるな」


「細かい点は某の意を反映していただければ、よろしいかと某は東ノ宮殿の補佐に徹します。」


「そうか、わかった。」


「…………東ノ宮殿?」


「どうした?」


「いえ、先程から思い耽ているようなので如何されたのかと」


「あぁ………『瑤泉院以仁王(ようぜいいんもちひと)』公の築いた二百年の平和を俺が終わらすか………とふと思ってな。」


「…………」


「俺のやりよう一つで『ヤマト』の命運が決まると思うと、不思議な気分でよ不安と………高揚がせめぎ合ってる」


「不安と………高揚ですか?」


「不安はまだわかる。この先どうなるのかっていう思いが少なからずあるからな、だが高揚している己が理解出来ないんだ」


「…………」


「まぁそなたに打ち明けた所でって話だがな」


「その先にある新しい時代」


「うん?」


「200年………閉鎖された世界から解放され新しい時代が来ることを待ち望んでいた東ノ宮殿の【自】がそう思わせるのではありませんか?」


「俺の………【自】か」


「はい」


「そうだな、そういうのとにしておこう」


「はい」


「…………では、策を詰めようか」


「そうですね。時が迫っているのに無駄話が過ぎました。策を詰めましょう」


二人の策詰めは日が昇る直前まで続いた。



日が頂点に立ち降り始めた頃。4隻の異船が籠嶌湾に展開をしている。


「…………東ノ宮殿の期待は儚くも散りそうですね」


「…………」


「大窪殿!敵の砲身がこちらを向いております。ご指示を!!」


「敵が仕掛けるまでは、必ず動くな。その指示が変わることは無い」


「…………承知致しました」


「……··東ノ宮殿」


静かに港を眺めていた光圀がゆっくりと歩き出す


「皆の者…………」


籠嶌藩と英吉利との間で始まった『桜島の闘い』それは『ヤマト』の歯車を確かに動かした歴史に残る出来事となった。




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