第捌話 剣豪発つ

「なに!!沼津殿が!?」


征偉大将軍瑤泉院誉の命で籠嶌藩に入り籠嶌藩士と防衛戦略の協議を重ねていた『東ノ宮光圀』はその報せを束の間の休息中に受けた。


「報せ大義である。藩の者共の反応は?」


「かなり動揺が広がっております。過激なモノは港に船が見えようものなら直ぐに砲撃しそうな勢いです」


「無理もないな。大窪(おおくぼ)さんに協議したいと知らせてくれ」


「承知」


「……………」


(『瑤泉院以仁王(ようぜいいんもちひと)』公の築いた二百年の平和を俺が終わらすか………不思議なもんだな。自分の力を示す絶好の機会な筈なのに、俺が望んでいた機会のはずなのに。こんなにも心が躍らないのか………変な重荷を背負ったせいだな)


薄ら笑いが思わず出る光圀。




「籠嶌藩にで御座いますか?」


数日前。光圀は密かに誉に呼ばれていた。


「はい。玄武村の件はご存知ですか?」


「最低限は情報を得ていると自負してますが、何故籠嶌藩に?」


「私は、事の運びによっては此度の一件は英吉利と武力衝突になると考えています。」


「!?殿下それは………」


誉の眼差しに事態の深刻さを察する光圀。


「なので光圀殿。そなたには幕府から籠嶌藩への増援として直ちに準備。籠嶌に向かって頂きます。」


「拙者でよろしいので?幕府にも強者はおりましょう。」


「私が一番信頼する強者はそなたです。」


「!?」


「そなたの強さは私が身を持って体験しております」


「御言葉ですが、拙者は殿下に手も足も出ず負けております」


己にとっての屈辱を嫌味のように蒸し返さ思わず拗ねる光圀。


「あの時の私は狡(ズル)をしております故」


「狡?」


「はい。光圀殿を煽ることで一対一という集中力が必要な環境で既に出鼻を挫きました。そして見たことを無い型で動揺を誘い、貴殿の力を充分発揮出来ない状態に仕立てました」


(以前義道が指摘してきた事。あの一連の流れは義道の言う通り。殿下が意図的に創り出したってことか)


「あの出来事には1つ私の誤算がありました。」


「誤算でありますか?」


「はい。あの切り返し。私の使う剣術の型は完全に決まっていました。しかしあの時仕留め損じた。」


「仕留め損じた?」


「私としてはそなたの右頬に私の一撃が決まるはずでした。ですが寸前で撃てませんでした」


「それはどういう………」


「両腕が痙攣を起こしたのです」


「なっ!?」


(あの寸止めは勝者の余裕じゃ無かったというのか!?)


「それはもう。平静を装いましたわ。お陰で皆様相当の強者と勘違いしてくださいました」


「…………」


思わぬ告白に光圀は呆気に取られる。


「『菊一文字流』は必ず相手の剣を一度受けて返す剣術ですが、完全に決まったのにも関わらず使用者に後遺症を残すなどこれまでありませんでしたわ」


「後遺症とは…………」


「あの後、半月程刀が握れず鍛錬が出来ませんでしたわ!最初の三日に至っては文すら書けませんでした!!」


「それは………申し訳御座いませんでした。」


「本当ですわ!その間は伊邪那美に代筆させた故。悟られることは無かったもののあそこまで職務に支障をきたすとは思いませんでしたわ…………失礼、取り乱しました。」


そこには紛れもない少女としての誉がいた。思わず笑う光圀。誉は頬を赤らめるもすぐに立場の顔に表情が戻る。


「光圀殿は、瑤泉院家が誇る仕合にて最強の座を欲しいままにした『菊一文字流』に一矢報いたのです。流石は藩主屈指の剣豪と言われるだけはあると納得しました。光圀殿は己の力をもっと誇ってもよろしいくらいです。」


「殿下のお墨付きか………悪くない」


「期待しております。籠嶌藩を頼みます」


「お任せを、殿下の期待に必ずや応えましょう」


武など必要としない時代に『崇松の大熊』と恐れられた『ヤマト』屈指の剣豪が遂に戦いの場に降り立った。




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