第漆話 開けた火蓋

「なんということだ」


慶宗が急ぎ知らせた報に義道は動揺を隠せないでいた。


「伊邪那美。」


「ここに」


誉の呼び掛けに音も無く彼女の後ろで膝をつく伊邪那美。


「確かですか?」


「…………間違い無いです。犯人として金河藩が身元を預かっていた『菜原左衛門(なばらさえもん)』は獄中にて死亡。死因は現在調査中ですが目立った外傷が無いことから毒殺と思われます。また籠嶌藩藩主沼津能光様は金河藩藩主米蔵昌忠様と会談後。籠嶌藩への帰路の途中襲撃に遭い左胸部に銃弾を受けたとのことです。」


「帰路ですか?」


「はい。籠嶌藩の行列は西に向かって進んでいたので間違いないかと」



貴殿を信ずるぞ



(沼津殿…………)


「義道殿」


「ハッ!殿下」


「そなたはどのように考えてますか?」


「菜原左衛門暗殺に関しては毒殺だとするなら金河藩の城内の者だとはある程度予想はつきます。ただ沼津能光殿の未遂は検討がつきません。せめて銃撃された弾丸がわかれば………」


「弾丸は現在『ヤマト』では製造されていない物だと調べはついております。」


「となると状況を踏まえると裏に外部からの介入があるやもしれません」


「外ですか?兄上」


「犯人はどちらも我が国の者に違いありません。ですがそこには様々な思惑が絡まっていると考えます。」


「その線は考慮してこの一連の事件を捜査する必要があるでしょうね…………そちらは御庭番衆で引き続き捜査と犯人の捕縛を」


「仰せの通りに」


「私達の考えるべき問題は、前日に迫った英吉利(エヨリ)との交渉ですね。」


「交渉の意味があるのでしょうか?」


「慶宗殿。何故そのように?」


「恐れながら、この事実は既に『ヤマト』全域に広まっていると思われます。と言うことは国交を開いている他国にも既に情報が伝わっていましょう。英吉利は既に行動に移しているとみるのがよろしいのでは御座いませんか?」


「そうでしょうね。ですが、だからと言って事前に取り決めてある約束を違えることはあっては成りません」


「ろくな交渉など出来ません。中止し事件の解明に務めるべきでは?」


「慶宗。もしこの一連の事件を裏で手を引いているのが英吉利の場合。余計な詮索の隙を与え武力衝突に発展しかねない。ここは予定通り交渉に挑む。」


「兄上しかし!犯人の身柄引き渡しが明日の交渉の肝です。それすら叶わないのに交渉など」


「殿下。明日の交渉を某に務めさせては頂けないでしょうか?」


「策はあるのですか?」


「…………正直な事を申し上げますと、ありません。御庭番衆の方々が交渉までにどれだけ情報を集めてくださるかが鍵となります。無論某も最善を尽くしますが」


「……………」


「ですが、武力衝突を遅らせる時間稼ぎという点でも交渉の場は必要と考えます。」


「よいでしょう。では英吉利との交渉は義道殿そなたに任せます。伊邪那美。此度の件の情報は義道殿に最優先で報告しなさい。」


「承知致しました。」


「よろしくお願い致します。伊邪那美さん」


「お任せを義道様」


「慶宗殿は此度の件で幕臣達が下手に動かねよう調整をお願い致します。あと籠嶌藩への追加の派兵部隊の編成をお願い致します。」


「派兵部隊で御座いますか?」


「どのような経緯を巡るのであれ、此度の件は武力衝突を想定する必要があります」


「!?」「…………」


「一志士が起こした事件とはいえ、籠嶌藩は立派な穢土幕府を形成する藩の一つです。見捨てるなどという選択肢はありません」


「殿下………承知致しました。慶宗急ぎ編成し派兵を指揮します。」


「よろしくお願い致します」


慶宗が部屋を出る。


「殿下。【追加】の派兵部隊と仰いましたが?」


「玄武村の件を聞いた時から念の為派兵の準備はしておりました。まさか沼津殿が凶弾に倒れるのは想定外でしたので、急遽【追加】の派兵を決めた次第です」


「既に籠嶌藩に入った部隊とは?」


「貴方方のよく知る人物です。私は彼の者の力を頼りにしています」


「…………そうですね。彼なら」


「義道殿」


誉は義道に近寄ると袖を掴む。


「殿下!?」


「胸騒ぎがします………どうかご無事で」


「…………某は話し合いに行きます故ご安心を。それより今は命を張る彼の者の心配をしてやってください。拙者が怒られまする」


「そうですね。…………では義道殿。英吉利側との交渉頼みます」


一瞬征偉大将軍から少女に戻った誉は、再び責務の顔となり義道に命を下す。


義道は限られた時間で交渉を成立させる為に奔走した。




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