第陸話 緊迫
「スマナカッタ、コノトオリダ」
「儂らより国として進んでおるから、その見下した態度なのだろうが。『ヤマト』の志士を舐めるなよ」
「・・・・・・」
「どのような逆境に立たされようと、『ヤマト』の志士は這い上がり理をも覆す」
「ハハハ、サスガハタマシイノクニナンテジショウスルダケハアル。ダガモウスコシゲンジツヲミタホウガイイネ。ジャナイトキミタチノホコルコノクニハホロブヨ」
「言いたいことはそれだけか」
「ソウダネ。ガンコダトハキイテタケドコレホドトハ」
命乞いをしていた男は諦めたように手を下す。
「仏様のところで己の行いを悔いるがいい」
『金河(かながわ)藩』の『玄武(げんぶ)村』で金河を観光中の英吉利(エヨリ)のある高官一家が、穢土幕府へある提案をする為に穢土に向かっていた籠嶌(かごしま)藩の大名行列に接触し斬首された『玄武事件』が発生した。
英吉利(エヨリ)からの犯人の身元引き渡し要求に穢土幕府は承諾。籠嶌藩藩主『沼津能光(ぬまずひさみつ)』に対して犯人の確保及び連行を命じるが、『沼津能光』は黙秘を貫いた。
英吉利(エヨリ)側からの身元引き渡し要求期限が刻一刻と迫るなか、事態に変化の兆しが無いと判断した瑤泉院誉は東ノ宮義道に内密に沼津能光と接触し幕府からの指令の実行とその動向の真意を探るように命じた。
本来いるべき穢土の大名邸から遠く離れた金河藩にあるとある宿舎で身体を休める沼津能光。義道は単身その宿舎を訪れる。その宿舎自体には僅かな供廻りしかいないが、宿舎を中心にあちらこちらに籠嶌藩の志士が監視及び警護していた。
(凄まじい殺気だ。金河藩藩主『米蔵昌忠(よねくらまさただ)』殿に事前に告知して沼津殿の耳に入れていなかったら、危うく斬り殺されるかもしれない勢いだ。しかし何故米蔵殿は沼津殿を匿うのだ?匿ったところで米蔵殿に利があるようには思えないが・・・・・)
目的の宿舎の前に立つ。玄関前で見張る2人の志士が手持ちの槍で通路を塞ぐ。
「・・・・・ここまで通して頂けてここで行き止まりですか?」
「東ノ宮義道殿で間違いないのだな」
「だからここまで通して頂けたと認識しておりますが」
「すまぬが、いくら将軍殿下の直臣であろうと拙者達の長は沼津能光殿だ。主を守護するのが我等の務め・・・・ご無礼お許し頂きたい。」
「まあ志士として当然の務めですから構いませんよ」
「かたじけない。では殿は二階におられます」
案内された部屋の前に立つ義道。
「入ってくれて構わんよ」
人の気配を察したのか部屋の中から低い声が義道を呼ぶ。
襖を開ける義道。
「沼津殿。面会時間を設けて頂き感謝致す。拙者が東ノ宮義道でございまする」
「東ノ宮殿。遠路はるばるご苦労。・・・・・そなたが最近東ノ宮家に養子に入ったと言われる者か」
「左様に御座います。・・・・・時間が惜しいので早速ですが」
「まあ待て、茶でもどうだ?」
「・・・・・ありがたく頂戴します。」
張り詰めた空気が少し和らいだ。
「しかし驚いた。まさか殿下がわざわざ某ごときに使いをよこすとはな」
「と、言いますと」
「こちとら諏訪部辺りが近々よこされると踏んでたからよ、軽くあしらうつもりだたのに」
「諏訪部忠政(すわべただまさ)殿は大老『井伊直之(いいなおゆき)』殿に仕える御方。そのような対応は聞き捨てなりません」
「アッハッハッハ。それは失敬。」
「・・・・・・。」
「そう睨むなよい。」
「何故。幕府の要請に黙秘を貫かれる?」
「・・・・・・」
「英吉利側へ返答しようにも、沼津殿との間で話が進まぬ故。返答期日が迫っておるのに一向に動けないでいる、何故返答すらせぬのだ?」
「・・・・・何故だと思う?」
「試しておるのか?幕府を?いや殿下を?」
「・・・・・何故そう思う?」
「沼津殿の本来の目的。幕府の構造改革と関係があるのですか?」
「・・・・・ほう。儂の此度の穢土への来訪理由を殿下は存じておるのか」
「可能性の一つとして捉えておられます。」
「・・・・・内容は?」
「・・・・・時を見計らい自ら提起すると」
「ほう。殿下も同じことをお考えであると」
「ただ、一つ相違する点があります」
「なんであると?」
「調和を果たすべき。それが殿下の貴殿に対する問です」
「儂は性急だと?」
「・・・・・・・。」
「うむ。まあ及第点といったところか」
「やはり貴殿は」
「おいおい勘違いされては困るぞ、今の現状を憂いて策を提案しているに過ぎん」
「なら、よいのですが」
「無理もないはな、我が藩は長年幕府の施策に異を唱えることが多かったし、不満を抱いている志士が多いのも事実。東ノ宮殿が疑うのも無理はない」
ジッと沼津能光を見る視線を義道は外さない。
「・・・・・ではそこまでお考えに成れるのなら、儂の今の思惑をどう見る?」
「これは殿下と言うより、若干拙者の推察ですが」
「ほう。東ノ宮殿の」
「犯人とされている志士は、いつでも引き渡しは可能ですか?」
「何故それを確認する。」
「そもそもその人物が生きていなければ話にならないので」
「・・・・・安心しろ、引き渡す状態は整えてある」
「事件の概要は概ね聞いております。沼津殿率いる籠嶌藩が穢土へ向かう途中。金河藩を観光中であった在日英吉利大使館に勤められた『ウッドソット・マーシャル』氏とそのご家族を斬首したと」
「・・・・・・。」
「彼等は何をしたのですか?」
「!?」
「私は籠嶌藩は元来。豪快で気性の粗さも目立ちますが、芯が強く義理人情に重きを置き、安直な理由で人を殺めることをしない印象を受けております。余程その志士の琴線に触れることがあったのでしょうか?」
「東ノ宮殿は我が藩を擁護してくださるおつもりで?」
「残念ながら、今私の知りえる情報だけでは引き渡しは妥当と考えます。何分英吉利には似たような前例があり、その際は誤魔化してはおりますが賠償金を支払っております故、次も同じようにはいくまいと腹を括っているところであります」
「仮に儂が真相を話したところでどんな変化があると考える」
「戦の回避と尊厳の維持でございます。」
「見えんな東ノ宮殿。戦の回避はさておき尊厳の維持とは?」
「調べによれれば『ウッドソット・マーシャル』氏は反亜細亜(アジア)感情が強く。我が『ヤマト』に限らず亜細亜人を愚弄する発言をしていたことが多々あると聞いております。籠嶌藩志士、あるいは沼津殿を愚弄する言動があったのではないかと」
「…………殿下じゃ」
「!?」
「あの者は殿下を征偉大将軍『瑤泉院誉』殿下を侮辱しよったのじゃ」
「…………話していただけますか?」
その日は一寸の雲なき蒼穹。順調に旅路を進めていた籠嶌藩の大名行列は『玄武村』で休息を取ろうと宿舎を探していた。
「なにかあったのか?」
駕籠の中で書物を読んでいた沼津能光は、長時間動く気配をみせない列と怒号にふと小窓から顔を覗かせる。
「どうやら外人が我々の道を遮っているようです。」
「異国の者に我が国の言葉で話しても通じんだろう。通訳の出来る者は向かわせい」
「ですが、何人なのか検討がつきません殿」
「外の世界では英語ならぬ言葉が広まっていると聞いたぞ」
「では向かわせまする」
「休むにも駕籠の中は苦しいからの、はよう解決せい」
騒ぎは徐々にデカくなる。業を煮やした沼津能光は従者の静止を振り払い、騒ぎの元凶に近付く。
「道を退いてもらうだけで何をもたついておるんじゃそなたらは」
「殿!」
「オウ〜アナタガコノギョウレツノセキニンシャ?」
「…………訳せい」
「ハッ、………殿がこの大名行列の責任者かと尋ねております」
「そうじゃ、籠嶌藩藩主沼津能光じゃ。すまんが今この道は我が籠嶌藩が使っておる。退いてはもらえんか?」
「貴方が責任者ですか?なんです。この効率の悪い行列は?」
「貴様!殿がお話されておられるのに馬上からとは無礼者!!」
「私は在日英吉利大使館に勤める『ウッドソット・マーシャル』です。下っ端は黙っててください。」
「貴様………」
「作法に拘るのなら対等な立場の他国の人間を馬上から見下げるのは無礼ではないのか?」
「これは失礼した」
ウッドソット・マーシャルは馬から降りるが、後ろで馬車に乗っていた女性と子ども2人は不思議そうにウッドソット・マーシャルを馬車越しに見ていた。
「それで話しを戻しますが、何ですか?この効率の悪い行列は?」
「…………」
「どこに行くのか存じてませんが、こんなにも供廻りをつけて………この国にはそんなにも皇帝がいるんですか?」
「なんだと?」
「我が国でも確かに女王陛下の供回りにはこれ以上人を連れることはありますが、この国では行く先々でこの行列を見ます。そんなに貴方偉いんですか?私には国土の一部を治める首長のようなもんだろう?その程度の人物にそんな価値があるのか?」
「貴様!殿に向かって」
「よい。マーシャルと言ったな、この国は『ヤマト』という国土に多数の藩………貴様の想像する『国』が『穢土幕府』という統治機関の元に集結している。つまり儂は『一国の主』という立場にある。…………わかるか?」
「成る程。それはわかりました。では一国の主である藩主殿に聞くが、これは貴方が提案してやっているのか?」
「というと?」
「こんな狭い道をこんな大勢で通って道を閉鎖して貴方方にとっての他国へ迷惑をかけることに対して何も思うところが無いのか?」
「幕府からの命でな、藩の規模に応じて供廻りを連れる総数が決められていて、穢土幕府に用がある際はその供廻りを連れて赴くのだ。この道を選んでいるのも最短で最も安全な経路を選択し進んでいるんだ。わかるか?」
「…………そうですか、ではこの愚かな施策は幕府が施策しそれに従っているだけと?」
「そうだ」
「一国を治める身で有りながら、何も思わないのですか?」
「幕府に賛同する者として、将軍殿下に賛同する者として従うまでだ。それにこれは幕府がいや『ヤマト』が約200年争い無き平和な世の中であれた施策の1つだ」
「国を支える藩とやらの力を削ぐことが『ヤマト』の為?理解に苦しむな」
「この国はな、その200年を築くまでは穢土幕府が覇権を取るまで争っていた。そしてその付けすぎた力を一定に削ぐ事で力関係を平均化してきたのだ。それくらい他国に関わるのなら調べておけ!」
「おい。」
先程からの揉めている部下を鋭く睨む。
「部下が失礼した。」
「フン。相変わらずこの国の人間は他国への礼節を知らんのかね?」
「………どういうことか?」
「下の者が上の人間に対する礼節がなってない。それで一度我が国に謝罪していることを忘れた訳か?」
「それは失礼。礼儀をすべき人物としなくても人物の見分けが我が国の志士は本能的にわかるからな」
「私は礼節に値しないと?」
「友好関係を結ぶ国を愚弄するやからに礼節を弁える必要など無かろう」
「いい加減にしろ!貴様!!」
「………この国の指導者の資質を疑いますね」
「!?」「!?」
「大体。ひょっと出の少女に国の全権を託すこと事態が理解に苦しむ。本当に今の指導者にその資格があるとお思いなんですか?」
「…………」
「だいたい女子を棚に上げて政府としての体制を維持して満足する国民性に吐気がする」
「なんだと…………」
「そのような動物国家と我が英吉利と対等な友好国など虫唾が走る」
「貴様!」
「おい!」
我を忘れ素早い抜刀をする部下。その刀はウッドソット・マーシャルの首を綺麗に分ける。叫ぶ馬車の中の3人。
「あっ………あぁ」
「愚か者!」
刀を抜いた志士はすぐに側にいた仲間に取り押さえられる。
「殿!」
「あの3人も始末しろ」
「!?ですが………」
「早く!!」
「それが『玄武事件』の真相か」
「そういうことだ。…………お主に話した意味。わかるかな?」
「善処する。沼津殿と犯人の想い無下にはしない」
「…………貴殿を信ずるぞ」
「では」
「犯人は金河藩に預けてある。米蔵殿には儂が話して幕府に引き渡す。英吉利との交渉は頼んだ。」
沼津能光との会談を終えた義道は急ぎ穢土へと戻った。
「よくぞ戻りました。義道殿」
穢土に戻った義道はすぐに将軍の執務室を訪れた。
「そして、大義でありました。」
「ありがとう御座います。」
「今し方御二人の会談の内容。伺いました」
「…………。」
「私は沼津殿達に感謝せねばなりませんね」
「殿下………」
「彼等の所業を認める事は出来ません。ですがその『ヤマト』の民を……幕府を思う彼等の心を否定してはなりません」
「はい。殿下の御心が伝わった事で沼津殿は真相を語ってくださいました。」
「御足労おかけして申し訳御座いませんが、義道殿はすぐに…………」
「殿下!!」
珍しく焦った声を出して東ノ宮慶宗が将軍の執務室に勢いよく入る。
「慶宗!貴様無礼だぞ!!」
「兄者。御勤めお疲れ様です。それどころではありません」
「どうされたのですか?」
「身柄を確保した犯人が暗殺され、沼津能光殿が襲撃され意識不明の重体です」
「なん………だって」
2人が知恵を絞り護ろうとしているモノが徐々に崩れる音がした。
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