揺れる政権

第肆話 新たな職務

「だから拙者は開国に反対したのじゃ」


「我が国を愚弄しおって」


「ここはハッキリと抗議すべきですぞ!」


誉が将軍と成って一月が経とうとしていた。順調だった異文化との交流にも陰りが見え始める。


「なんですか!あの露西亜(ロニア)の態度は、我々よりも進んだ国だからなのかは知らんが、下出に出ておれば酔っ払い大柄な身体で城下を荒らし止めに入ろうとした見廻りの志士を一方的に痛めつけ、仕舞には此度の件を我々に原因があるとし賠償請求とは馬鹿にしておるとしか思えん!」


「英吉利(エヨリ)もじゃ、馬で視察をしておった高官が落馬して怪我をしたのは庶民の子どもが突然前を横切り驚いた馬をコントロールし事故を防いだ為で庶民に教育の行き届いていない我が国の失態だと、言い掛かりも甚だしい」


「亜墨利加(アルリカ)もなにかとしたたかに仕掛けてくるわい。なにかと口実をつけて徐々に開国当時に取り決めた取引量を自国有利に仕向けておる」


「推進役でもあった前将軍が御存命であったなら………」


「若松!殿下の前で…………」


「よいのです、井伊大老。私が先代の意向そのままに融和策に舵を取って、このような事態になる前に手を打たなかったのは事実です。」


「…………殿下。」


「若松殿にお尋ねします。」


「殿下?」


「若松殿ならどう動かれますか?」


「!?」


自分にそのような質問を将軍がされると思わなかった若松なる家臣は動揺する。


「そっそれは………」


「幕府の………いえ『ヤマト』の行く末を担うこの話し合いの場で無策で参加されるのは困ります。以後はお気をつけくださいませ」


「ハッ、ハハハー」


「皆様は何か策はお有りですか?私としてはまだ強硬な手段は取るべきで無いと考えますが。」


「御言葉ですが殿下」


「どうされましたか大倉殿?」


「某はやはり断固たる意思を諸外国へ見せるべきと考えます。」


「どのようにですか?」


「そのような諸外国の要求は断固拒否し、武力を持って自国の権利を行使しようとするのなら対抗すべきかと」


「今諸外国の軍隊を研究し再編している我が国の軍隊で勝てると?」


「御言葉ですが、そのようなことをしなくとも我が国の志士達の個々の能力が1つに纏まれば他国など恐るに足らないかと」


「大倉殿。大変遺憾ですが個々の感情が戦局に左右する戦いは外の世界では30年も前に終わっております」


「!?」


「お隣の国と英吉利(エヨリ)の間で起こった『薬災戦争』の詳細をご存知ですか?」


「いえ」


「結果だけを端的に申せば隣国の三分の一の国力しか持たない英吉利(エヨリ)はたかだか五隻の船を派兵しただけで損害を全体の一割以下に抑えて勝利しております」


「…………」


「そのような国を相手に我々に勝機があるとお考えですか?」


「それは…………」


「皆様にご忠告致します。我が国ではまかり通っても感情だけで国を動かせる時代は終わっております。それを肝に今一度物事一つ一つに対してご熟考なされませ」


「殿下当面の方針は?」


「このままで構いません。今は異文化に触れ……·遅れを取っている技術力を取り込み我が国の発展に還元する期間です。事は荒立てず解決致しましょう」


「ハッ!」


「本日はここまででしょうか?」


「はい。この様子では新たな提案は出ますまい」


「では井伊大老。」


「承知。これにて定例会は終了とする」


部屋後にする将軍。襖を開けると男が膝をつき待機していた。


(あれは………義道殿か)


「お疲れ様で御座いました殿下。」


「義道殿。部屋まで入ってきて良かったのですよ?」


「そうはいきません。大事な話し合いの場に某などお邪魔となります。」


「義道殿のご意見を皆に聞いていただきたかったですわ」


「某を買い被り過ぎです殿下。」


「義道殿は謙遜が過ぎます。………残念ながら今幕府を支える重臣の方々は感情的な方が多すぎます」


「殿下…………」


「知的な方も異国排他派しかおりません。義道殿の意見は貴重なのです。」


「お褒め頂き光栄です。」


「ところで進捗はいかがでしょうか?」


「はい。露西亜(ロニア)の件は我が国が被った損害賠償額を提示して対峙し平行線に。武力による行使をする趣旨の発言があったので、亜墨利加(アルリカ)の後ろ盾を得て事なきを得ました。英吉利(エヨリ)の件は謝罪と感謝の意を示し英吉利(エヨリ)に作法指南をご依頼したところその依頼料を支払うことで合意しました。亜墨利加(アルリカ)の件は、指摘した所誤魔化しているように見えたので先程の露西亜(ロニア)のを引き合いに出し一定量を許容することである程度の抑制は出来そうです。」


「手の回しがお早いですね。流石です義道殿」


「それでも露西亜(ロニア)を抑える為に亜墨利加(アルリカ)との通商を不利してしまい。かつ英吉利(エヨリ)に対しても建前は違えど損害賠償を払う運びとなってしまいました。申し訳御座いません。」


「今は『ヤマト』を戦火に巻き込まれないようにすることが最優先です。穏便に済んだのであれば多少の不利な条件は呑みましょう。亜墨利加(アルリカ)も英吉利(エヨリ)も交渉次第で立て直せましょう。その為に御庭番衆の方々には日々探っていただいてますから」


「お心遣い感謝致します。」


「フフ、義道殿そなたに感謝を」


「!?」



そなたに感謝を



その言葉を伝える際に唯一魅せる将軍瑤泉院誉としてでは無く一人の女性誉としての笑顔。


初めて見た時から、義道の印象に残るその笑顔に胸の鼓動が高まるのを本人も自覚していた。


「いえ…………殿下のお役に立てたのなら何よりです。」


「?。さて私のやるべきことですが………亜墨利加(アルリカ)との通商条約の取引量の調整と英吉利(エヨリ)への依頼料の精査と言ったところでしょうか?」


「流石殿下。話しが早くて助かります。」


「フフフ。では義道殿手伝ってくださいますか?」


「喜んで。」


気がつけば将軍の執務部屋に着いた2人。そこで今後の方針を語り合うのであった。



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