第参話 縁の下

「若、拙者はこれにて失礼致します。」


「爺。今まで世話になったな。父上と那古町を頼んだ」


「ハッ!若も那古町男児の誇りを胸に大役全うして下され、爺は例え若の世話役の任から離れようとも若の味方で御座います」


「しかと胸に刻んでおくよ」


第15代征偉大将軍瑤泉院誉の誕生から3日。『東ノ宮義道(ひがしのみやよしみち)』は穢土城内に屋敷を構える『東ノ宮邸(ひがしのみやてい)』にいた。





将軍選定の儀を終えてその場で大老は新たな命を出した。


「では。崇松光圀、高鷲義道、西条慶宗。三名はこれより『東ノ宮家(ひがしのみやけ)』の養子として入り姓を『東ノ宮』と名乗れ」


「!?」「!?」


「『東ノ宮家』?」


「光圀様。『東ノ宮家』は穢土幕府黎明期より瑤泉院家に仕える将軍家唯一の将軍直臣の名家でございます。お立場としては『東ノ宮家』の者に命を出せるのは将軍殿下お一人。先程までいらっしゃった『御庭番衆』の方々が『瑤泉院家』と穢土幕府を裏から支える者達であるならば、『東ノ宮家』は『瑤泉院家』を表から支える家に御座います。」


(水野殿の言い回しだと、『東ノ宮家』は『瑤泉院家』の補佐に特化した家ということか)


「・・・・・よろしいのですか?井伊大老。某がそのような名誉ある家の養子など」


「元々『東ノ宮家』とは将軍に成れなかった二名を養子に迎えるという取り決めがされておる。安心するがよい」


「恐れながら」


「申せ、義道殿」


「なに故、養子を三名も迎える必要があるのでしょうか?」


「それは・・・・・儂の口からは申すことは出来ぬ」


「!?」


「先程水野殿が崇松殿に説明した通り、『東ノ宮家』は穢土幕府の指揮系統から外れた特殊な家であり儂と『東ノ宮家』は同格じゃ。他家の事情を儂の口からは述べられぬ」


「・・・・・・」


「理由は養子に入り現当主に聞き給え」


「ハッ!」


「御三家の方々いかがか?」


「荊棘樹藩。異存有りません」


「那古町藩。大変光栄な謹んで承りまする」


「若山藩。両藩と同意見に御座います」


「では、各藩主への連絡はこちらで行う。三名は3日の内に養子として迎えるよう支度を整える補佐をせよ」


深々とお辞儀する一同。それを見終えると将軍はその場に立つ。


「では。光圀殿、義道殿、慶宗殿。今後共よろしくお願い致します。」


「ハッ!!」


義道はお辞儀を崩そうとすると、目の前に影が立っていることに気が付いた。


「義道殿。そなたに感謝を」


「!?」


誉は一言小声で伝えると部屋を去った。




「準備は終わったか義道。」


屋敷の池泉庭園を眺めていると、光圀が話かけてきた。


「兄上。終わりました」


「おいおいやめてくれ兄上とか、一緒に養子に入って大老が穢土からの距離で適当に決めた兄弟関係だ。公式の場では致し方ないにしても、俺達の間では呼び捨てでいいだろ?」


「そうか。ならそうさせて貰うよ」


「兄者達!!」


「あ~お前もだ慶宗!俺達の間で敬語は無し!」


「えっ!?よろしいんですか?」


「それでどうした?」


「当主様がお待ちのようです。」



指定された屋敷の一部屋を訪れる三名。すると独りの女性が主が座る上座に腰を降ろしていた。


「御三方初めまして」


直ぐ様。床に膝を降ろす義道。


「これは、御当主様より遅れての参陣失礼致しました。」


「確か………義道さんでしたね?楽にしてください。御二人も楽に」


恐る恐る部屋に入る三名。


「改めまして、私は『東ノ宮家』当主。『東ノ宮佳(ひがしのみやけい)』です。此度は我が『東ノ宮家』の養子縁組ありがとう御座います。」


困惑する三名。義道はなにか切り返さねばと咄嗟に思いついた返答を述べる。


「佳様!とんでも御座いません。私達を御迎えくださりありがとう御座います。佳様から見て左から長男『光圀』、次男『義道』、三男『慶宗』に御座います。」


「丁寧な御説明ありがとう。さぁ堅苦しい挨拶はこれくらいにしましょう。今日から私達は家族なのですから」


「はい」


「えっと、母上?何故当主を?父上は?」


「…………」


(馬鹿光圀。そこは察しろ!)


「先代である貴方方の養父『東ノ宮長志仁(ひがしのみやおさひと)』は『鳳桜の変』で『瑤泉院家』救出に赴き………」


「あっ…………」


「心中お察しします。」


「ありがとう。」


「故に母上が現当主という訳ですか?」


「はい。『東ノ宮家』の【仕来り】によりこの家には跡継ぎはいませんので」


「仕来りですか…………」


「はい。【世継ぎの男児以外はもたらべからず】それが我が『東ノ宮家』の仕来りでした。」


「!?」


「先代との間には女子には恵まれましたが、男は1人も恵まれませんでした。」


「その女の子は?」


「仕来りにより生まれた私達の子ども達はすぐに里子に出されました。側室の方々も皆男の子に恵まれず、そして跡取りが生まれるまえに先代は黄泉の国へという訳です。」


「…………」


「残念ながら、私では『東ノ宮家』の職務である【瑤泉院家の補佐】を勤め上げる事が出来ません。ですので幕府に養子を依頼した。というのが貴方方を養子に迎えた顛末です。」


「成る程。養子として我々三名が同時に迎え入れられたのは母上の仰る『東ノ宮家』の職務に関係があるのでしょうか?」


「はい、本来『東ノ宮家』の当主となる者はこの世に生を受けた時から当主の座を継承するまで『東ノ宮家』の職務を何十年とかけて学び、当主となったあかつきにはその身1つで『瑤泉院家』の補佐を勤めます。故にそなた達に『東ノ宮家』の職務を学ぶ時が無い事。その身1つで『瑤泉院家』をお支えする負担と重責の軽減を目的として皆を迎え入れました。」


「……………」


「これより3人には徹底して1日も早く『東ノ宮家』の職務を身に染み込ませてもらいます。覚悟してくださいね」


「ハッ!」


こうして義道達の新しい家での新しい世界の生活が幕を開けた。



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