第弐話 瑤泉院 誉

御庭番衆に導かれ上座に座る次期将軍。


その者は義道達と近しい年齢の女子であった。


「皆様初めまして、私が先代瑤泉院孝明公より将軍を任ぜられました。『瑤泉院誉』で御座います。どうかよろしゅう御座います。」


綺麗に纏まった美しいお辞儀に一同固まる。


「貴様ら!殿下がお辞儀されておられるのになにをしておるか!!」


伊賀の怒号で我に返った一同は慌ててお辞儀する。


「左近殿。ありがとう御座いました。もう大丈夫です下がってください」


「ハッ、しかし」


「左近殿が居られては皆が萎縮し話しもまともに出来ません」


(既に御庭番衆最強の頭領であるあの左近殿にそこまで申せるのか)


「殿下………」


「これから私の周りは幼少より私を見て下さっていた『伊邪那美(イザナミ)』に任せます。ですので左近殿は御庭番衆頭領としての本来の役目に従事してくださいませ」


「畏まりました。伊邪那美」


「ハッ」


音も無く誉の後ろに現れる伊邪那美。


「殿下を任せたぞ」


「御庭番衆の一員である誇りにかけて必ずや殿下の御命を御守りします」


「うむ。よくぞ申した。では殿下ご武運を」


一瞬で姿を消す伊賀左近。


「左近殿。そなたに感謝を」


「納得いかないな!」


次期将軍が上座に座して以降露骨に不満の表情を終始見せていた者が別格の存在感を放っていた御目付役がいなくなったことで、喉元に止めていた思いを破裂させた。


「俺達は其々の故郷を捨ててまで、この儀に賭けてきたんだ!それをこんな世間知らずな箱入り娘にここまで来て急遽決まりましただ!ふざけんな!!」


「光圀様!」


「貴様!誉殿下に」


「水野殿、よいのです。伊邪那美下がりなさい。崇松殿の仰ることはもっともです。行き成り現れたこんな女子(おなご)が自分達の上………ましてや我が国の最高位である征偉大将軍を名乗るのです。当然納得いかないでしょう」


「殿下…………」


「………………」


「なのでこの場にて、私を見極めてくださいませ。本当に私が今混迷を極めんとするこの国を治めるに値する器かどうか」


「……………」


「……………」


光圀は己を恥じた。当然であろう感情を発散しただけの己に彼女はこの国を背負う覚悟の片鱗を魅せたのだ。そして光圀は更に追い打ちをくらう


「井伊殿。刀を2つ用意してください」


「殿下?何を」


「人は行動が伴い初めて他者から認められるものです。崇松殿。貴方は武に随分秀でていると伺っています。一本手合わせ願えますか?」


「!?」「!?」「なんだと」


「殿下!なにを」「誉様!!」


「…………いかがですか?崇松殿。」


「俺を知っていて尚敢えて挑むか………面白い」


「御言葉ですが殿下」


「なんでしょう?井伊殿」


「いくら殿下の御命令とはいえ、万が一にも怪我をされてはいけません。その御命令に従う事は出来ません」


「やはり、そうですか」


「チッ、余計な事を」


「なら、木刀を使っては如何でしょか?」


「若!?なにをおっしゃいますか」


「!?」「!?」


義道の発言にその場にいたもの全員が呆気に取られる。


「義道殿。なんのつもりだ」


「拙者としては将軍様の要望に応え、崇松殿の不満を解消する案を提示したまで、それ以上でもそれ以下でも御座いません。」


「しかし、木刀とて殿下が怪我をされる可能性は充分有り得る。やはり承服しかねる」


「防具でもなんでもつければいい。俺も将軍に怪我を負わせて罰くらうのは御免だ。」


「崇松殿。お気遣い感謝致します。ですがご安心ください。私に傷がつくなど有り得ませんので」


「誉様!!」


「言うじゃないか将軍さんよ!」


「…………致し方無い。では防具と木刀で1本勝負で如何ですか?」


「私は構いません。」


「俺は防具なんて…………」


「……………。」


「わかったよ大老さん。それでいい」


急遽執り行われることになった。将軍と元候補者の一騎討ち。


「若。何故あのような発言を?」


「あの荊棘樹藩の男の感情を沈めるには上下関係をハッキリさせた方が手っ取り早いと思った。あの将軍も望んでいたようだし。それに個人的にはあの荊棘樹藩の男の意見に賛同している。」


「若!?」


「あの箱入り娘な将軍が本当に将軍としての器を持っているのか…………早いとこ見定めたい」


両者が木刀を構え対峙する。


(思ったより、様になってる………)


凛々しく背筋の伸びた佇まいに思わず見惚れる義道。


「始め!!」


決闘の行く末を審判する伊邪那美より号令がかかる。張り詰めた空気が部屋を支配する。


(なぜ、俺は躊躇っている?将軍って言ったって俺と同じ位の歳の女だ。形が様になってるくらいでなんで俺は前に出ることすら躊躇っているんだ。)


「崇松殿。来られないのですか?」


おしとやかな口調で煽る将軍。すると持っていた木刀を水平に持ち替え瞳を瞑った。


ザワツク周囲。


(舐めてるのか?それとも策なのか?)


一歩足を踏み込む光圀。踏み込んだ時に微かに聞こえた床の音を誉は聞き逃さず瞳を開ける。


「今更目を開けたところで、遅い!!」


光圀の鋭い軌道が誉の左脇腹を襲う。


バシーン・・・・・


寸前で光圀の木刀は誉の木刀に止められた。そのまま誉は木刀を回すと水平になった木刀は瞬く間に光圀の右頬に接近する。即座に振り払われた光圀の木刀は天を仰いでいた。


「・・・・・」


右頬に当たる寸前のところで木刀はそのまま止まる。


「一本!勝者殿下!!」


誉は号令を聞くと即座に木刀を右腰に備え、深々とお辞儀する。


「良き仕合でした。崇松殿」


光圀は己の状況に混乱しただその場に立っていることしか出来なかった。


(あの構えは代々瑤泉院家に継承されると云われる剣術『菊一文字流』。相手の一太刀を受け止め、即座に攻撃に切り返し一太刀で沈める。相手は刀を弾かれた反動でまともに防御姿勢を取れず容赦なく返り討ちに遭うと云われている。対決闘及び一騎討ち特化型剣術。必ず一度相手の攻撃を受けなければならないという恐怖と一度見られると次の成功率が極端に減少すると云われる紙一重の剣術ゆえ、歴代将軍でも使い熟した方々は稀だったと云われている一撃必殺の剣術をあのお年頃で使えるのか・・・・・なんという胆力。しかも寸止めで止められる程お身体を鍛えられている・・・・・あの華奢なお身体で)


一部始終を見守った井伊は、その事実に驚愕した。


「殿下!我が主の御無礼大変失礼致しました。」


「水野殿。顔を御上げください。私が崇松殿との仕合を望んだのです。なにも失礼など有りませんよ」


「ご配慮感謝致します。」


目の前の事実を無理やり受け入れた井伊はその場の者に問いかける。


「皆の者。他に言いたいことがあるのならば今この場で申してみろ」


全員が深々とお辞儀をする。


「では、これにて将軍選定の儀を終わり、第15代征偉大将軍『瑤泉院誉』の専任を正式に任命したものとする。よいな」


一同が再び深々とお辞儀をしこうして若干18の将軍がここに誕生した。


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