9-3 第三次オシナの戦い

 文武が訪れた時、ソラト総督ウィリアム・バデレーは兜を脱いでワインを飲んでいた。前線に出た様子はなく、装備は綺麗なままである。

 あからさまにやる気が薄い彼は、再出撃するべきとの主張にも迷惑そうだった。囮になったことで、既に自分の役目は終わった考えているようだ。部隊の再編成を行っているのも、もう一戦交えるためというよりは身の安全を図るためか。

 もちろん彼も体面があるので表立って戦闘を拒否したりはしない。

「僭越である」と怒り、通じなければ「まだ再編成が終わらないのだ」と、はぐらかすのである。

「手遅れになる前に動きましょう。オシナがやられたら、次はオ……私達ですよ?後のことを考えれば、ここで戦った方が絶対に得です」

 つい宿題を早くやれと叱る親みたいに言ってしまう。今なら少しは親の気持ちが分かるかもしれない。だが、抵抗する総督の気持ちはもっと良く分かる……。

「あっさり逃げた貴公に言われたくないわ。戦いたければ無傷な貴公の手勢だけで戦えば良かろう」

「ぐっ!」


 なかなか痛いところを突かれる。文武がこうして積極的な発言ができるのも兵が少なくて責任も軽いおかげもある。強大な隣人の不興を買って目を付けられないよう黙っている方が賢いのかもしれない。

(……だが間違ったことは言っていない)

 自分たちの出現地点をキープしたい下心を抜きにしても、このままではマズいとの直感があった。何とかこのオッサンを説得できないかと思案していると、伝令が飛び込んできた。

「王孫殿下より伝令!兵を再編成して敵右翼の右側面を衝けとのことです」

「……あい、わかった。殿下によろしく伝えられよ」

 最上位者からの命令に、しぶしぶ頷いた総督は文武の方も振り返って、

「貴公も手勢のところに戻って出撃の準備をされよ」と指示した。

 これを聞き、勢い込んで席を立った転移者は甘すぎた。ソラト総督は「再編成が済んだ」とは一言も口にしなかったのだ。伝令と一緒に交戦するまで見届けるべきだった(伝令もすぐに帰還した)。


「まだ動かないのか!?」

 部隊のところまで戻った文武は憤慨して、ソラト隊を睨みつけた。

「いわいる空弁当ですね……」

 司が関ケ原の戦いで、毛利勢が弁当を食べているからと動かなかった逸話を紹介した。

「鉄砲があれば撃ち掛けてやりたい!」

「それは小早川秀秋ですね」

 メガネの後輩は空気を読まずに突っ込む。

 文武は迷った。こうなったら手勢だけで仕掛けて、ソラト勢も戦いに巻き込むか。もう一度、総督のところに乗り込むか。本当に「空弁当」なら後者も危険がある。催促はジョージ司令官だって繰り返しているだろう。

 ソラト勢もじわじわと前進はしているのだ。戦意があると見せかけたアリバイ工作に思えてしまうけど、実際に激突したらまたすぐに潰走してしまうなら、ああやって圧力を掛けるのがベストなのかもしれない。しかし、敵も戦いつづけて疲れているはず……最初のようには?

 判断をするには敵味方の実力に関する情報が足りなかった。そもそもユートロ勢がここにいれば良かったのだが、彼らが参戦しない冬の攻撃をしなければオシナはとっくに落ちていたはずで、今の展開にもなっていない。

 悩んでいると真琴が何か楽しそうな顔で戻ってくる。

「仕掛けの準備は完了。いつでも出せるよ」

「それはつまり……」

 戦場でひときわ大きなどよめきが起こった。そして、ゴッズバラ軍の戦列から後方に抜ける兵が一挙に増えた。名のある騎士でも討ち取られたか?

「手遅れか……」

(けっきょく何も出来なかったな)と自嘲する文武は間違っていた。


「ソラト総督より伝令!ハティエ城主に殿を任せるとのことです!」と言われたのだ。

「判断が早い!」

(逃げるときだけ)と心の中で付け加えて殿軍の指揮官は唸った。ウィリアム・ハデレーに言ったことが跳ね返ってきた。さっさと突撃して味方と一緒に下がっている方が、ずるずる参戦を送らせて殿軍を押し付けられるより安全だったのではないか。

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