9-2 第三次オシナの戦い

 転移者たちはオシナで王孫ジョージ・ウェイヴェルと久しぶりに再会した。

「なかなか派手にやっているようだな」

「恐縮です」

 文武は中途半端に頭を下げた。ちょっと嫌な顔をされる。少しだけ作法に馴染んできたことで、かえって与える違和感が大きくなってしまっていた。元の無知なふるまいの方が不快感は少ない。

 そんなことを聞き出した転移者たちは一年前と同じふるまいをするように努めた。ジョージは文章で回答していたことを改めて聞いてくる。


「えれべーたーを落とす方法は見つかったか?」

「残念ながら……失敗して味方の上に落としてもいけませんし」

「代わりにちょっとした仕掛けを持ってきました」

 湯子が弟の後を引き継いで小細工の説明をした。(こっちはエレベーターを落とすよりも飛ばしたいんだけどな)と内心で考えながら。

「ふむ……敵が去年のことを覚えていれば時間稼ぎにはなるか」

 ゴッズバラ軍の司令官は頷いた。期待通り勝てるなら仕掛けの出番はないだろう。彼は二つ用意してきた内のひとつを本隊が預かり、もうひとつはハティエ隊にもたせてソラト隊と一緒に行動させることにする。

 ソラト総督のお目付け役的な役割も内心で期待していた。転移者たちは兵力の大きな本隊と一緒に行動したかったが、仕掛けを二つ準備したことで藪蛇になってしまった形だ。



 四日後にマクィン軍がオシナ近郊に到着した。

 侵攻軍は嫌がらせの騎兵戦をいなしながら、野営陣地を整備する。翌日からは野営陣地を出撃して、残されたオシナ攻囲陣の北側に隊列を並べた。もちろん、ゴッズバラ軍も対抗して陣地とその西側に隊列を展開する。

 夜を越すためにオシナの家屋が利用できる点で、防衛側はかなり有利だった。時間が経つほど侵攻側は自然環境に消耗していき、普段の戦闘力を発揮できなくなる。そうは言っても焦って陣地に正面突撃するのは愚かなことだ。敵は判断の難しい状態に追い込まれていた。

 しかし、敵は百戦錬磨のコルディエ近衛長官である。兵士が行軍の疲れを癒やし、野営の差が大きく表れないうちに戦いを仕掛けてきた。彼らが到着して四日後のことだった。

 長丁場になりそうだと予想した文武の読みは外れた。


「そりゃこっちに来るよな……」

 マクィン軍は主力を土塁線のない西側、彼らの右翼でゴッズバラ軍の左翼に向けてきた。そこを担当しているのは方角的な関係もあってソラト総督を中心とする部隊だ。前年の惨敗が後遺症に残り、士気や練度も高いとは言い難い。

 ならば陣地を任せればいいと思うのだが、上層部には別の考えがあった。わざとやられて敵を引き込む役目を期待されていたのだ。

 はてして期待通りか、期待以下か――期待以上はありえない――ゴッズバラ軍の左翼は一合であっさりと後退に追い込まれた。脆すぎることに敵が警戒して追撃してこない心配すらあったが、幸い追いかけてきてくれた。

 ちなみに転移者たちは左翼の後方で右往左往していた。人数的にもソラト軍と行動を共にするしかないのだが、完全に混乱していて意図がつかみにくいのだ。ともかく南に移動して戦場から距離を取るしかない。


 土塁の後ろに待機していたゴッズバラ軍の予備隊は、退却する左翼を追いかけるマクィン軍右翼の左側面に襲いかかった。

 この戦闘で最も激しい衝突が巻き起こる。どちらも一歩も退かず、相手を力づくで屈服させようと凶器を振り回す。砂煙が立ち、血潮が埃を洗い落としながら地に落ちる。

 マクィン軍はこの展開を予期していて側面に伏兵がぶつかる前にある程度、陣容を整えることが出来ていた。ソラト隊があっけなく退却したおかげで余裕を持てたのだ。もっと乱戦の状態で追撃していたら敵が態勢を整えるのは難しかっただろう。

 何より数ではマクィン軍右翼の方が多い。彼らはそれほど兵力を集中していた。中央および左翼も前進してきて、ゴッズバラ軍が土塁から援軍を派遣できないように圧力を加える。裏の裏をかく余裕があれば陣地から出撃して戦線突破を狙いたいところだ。

 しかし、そんな機転の利く指揮官は残されていなかった。ゴッズバラ軍の乏しい人材はマクィン軍の右翼と戦っている部隊に集中していた。


 転移者たちに見える範囲は限られていた。それでも戦況が思わしくないことは感じ取れた。

 状況を打開できる可能性のあるソラト総督は敵の追撃が止んだおかげで左翼部隊の再編成をしている。文武は急いで彼のところへ向かった。

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