9-1 第三次オシナの戦い

 ゴッズバラ王国は例年より早く北征の動員を行った。四人全員の従軍義務がある転移者たちも出陣のお触れに応じて兵を起こした。兵を連れて行く義務はないのに、お伺いを立ててほぼ全力の百五十人を同行させる。冬の戦いに参加したことで、いざという時に自分の身を守ってくれるのは子飼いの手勢だけだと実感したからだ。

 しかも、敵は強力で負ける可能性は相当高い。四人だけで行動すると味方からはぐれて捕まったり殺されたりしかねない。そもそも味方も決して安全ではない。謀殺や同士討ちの危険がある。

 だから、懐が痛んでも出来るだけ兵を連れて行きたかった。四人とも快適な生活と違って、華美な生活への興味は薄かったので、ドウラスエで得た一部の贅沢品を売り払って資金を工面することが出来た。

 なお、ゲーテ傭兵団は契約を延長してくれなかった。隊長いわく、

「このままでは絶対あなたに並び立つことは出来ないから」との理由だった。年下の少年が領土を得て拡大したことにライバル心を燃やしてしまったらしい。せめて敵に回らないでほしいことと、冬に来てほしいことを伝えてある。

 北に向かうというので敵軍にいないなら、マクィン軍とハラガト軍の戦いに参加するのかもしれない。ゲーテ隊長は元野盗団の傭兵も話し合いの上、数人連れて行った。能力はあるが、トラブルメーカー気質の兵たちだった。


 転移者たちがマクィン軍との戦いに参加している間は、本拠地ドウラスエの防備が甘くなる。そこは参戦しないユートロ総督に頼んで、都市フォウタを南から牽制してもらった。ドウラスエ出身の兵は北に連れて行くので、フォウタはともかく、ドウラスエ市民も現状での家族と引き裂かれる反乱は歓迎しないだろう。

 ちなみに冬に転移者たちが領地を離れたときはフォウタの襲撃や住民の反乱は起きなかった。

 代わりに兵が酔っての乱闘やハティエ兵が転移者たちの信頼を盾に威張り散らすようなトラブルは多数発生した。暴れた兵は数日閉じ込めたり、調子に乗った兵はカクシ砦に左遷したりと処罰は必要であったが、こんなにも雑多な人間の集まりを中立の立場から制御できるのは転移者たちだけだと一定の権威が認められたようでもあった。

 多少の不安はあっても、顔に出すことはできない。自信がある演技をして、転移者たちはドウラスエを出陣した。立ち寄ったハティエは一年前に近い状態までは復旧していた――丸太の柵は土塁になっているものの。

 ただし、建物が新築されても失われた家財道具までは整っていない。

「冬を越すの大変だったろうね……」

 湯子が心の底から共感を示した。他の三人には苦手な芸当だ。文武は感情を抑えすぎてしまうし、真琴は演技じみてしまう。司は生身の他人に関心が薄い。



 ハティエを通り過ぎ、冬と同じ道を通って戦場に向かう。今度はソラト総督の軍も出陣している。他に近隣の――転移者たちが野盗団に襲われた時には助けてくれなかった――小領主の部隊も加わる。

 ユートロ総督の参加もないのでソラト総督の軍がどうしても中心になる。ハティエ勢も戦場につくまではソラト総督に従うよう命じられていた。文武が挨拶に行った時の総督の対応はそっけないものだった。あるいは何か後ろめたそうにも見えた。

(救援を出さなかったからか?)

 自分の不信感が他人をそう見せている気もした。戦場での支援はあまり期待できそうにないので、多くの手勢を率いてきたのは正解だと思った。


 オシナの近郊まで来ると、ゴッズバラが早めに軍勢を動員した理由が視界に飛び込んでくる。敵が造った城塞都市の包囲網をあえて一部残して野戦用の陣地にしているのだ。もしも、敵が先に到着してオシナの守備隊では陣地を守りきれなくなったら、敵の攻城を助けることになってしまう。

 だからゴッズバラ軍は先に陣地を押さえる必要があった。その代わり、敵より先に撤退しないと動員された騎士たちが不平不満を訴えるだろう。どの王国でも騎士の従軍義務は年に一蝕(四十五日)とされているらしい。

 それ以上は余分の金を払うか、陣地の有利を捨てて期日が来る前に仕掛けるか、マクィン軍から攻めてきてくれなければ難しい戦いになる――あちらはあちらで野戦の後にオシナの攻囲もする必要があるが!

 どちらにしろ……

「長丁場になりそうだなぁ」

 文武は憂鬱に呟いた。夏の空は、地上を行く人々の気持ちも知らず、飛行機雲が決して現れない青さを見せていた。

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