8-番外編 風雲島の地理

 風雲島はある意味でイタリアよりも長靴っぽい形をしている。冬の間に司が集めた情報によれば、そういうことになる。国土でみるとイタリアは北部が広がってしまっているが、風雲島は北までスラッとしていた。



 長靴のつま先にある国がチャンド大公国だ。

 最初に風雲島を統一したとされる王の末裔が大公として治めている。風雲島全体に一定の権威をもつ点で日本の朝廷に似ているが、良くも悪くも国としてしっかり領地を持っている。靴裏の滑り止めみたいに南側の山脈と海が入り組んだ地域――リアス式海岸には海賊が跳梁跋扈していて公国のコントロール下にはなかった。


 おおよそ足の甲から土踏まずまでを支配しているのが、転移者たちが属するゴッズバラ王国だ。

 風雲島三王国の中では最も成立が古く、農業と手工業の生産力も高い。反面、住民の気質は文化に溺れ戦争に向かないと言われる。接する勢力が多い点、国王が求心力を失っている点なども問題になっている。


 踵部分の山地を支配しているのが「連合」だ。

 風雲島に初めて入ってきた人類の子孫を自称する人々で、地の利を活かしてしぶとく独立を追求している。公国自由都市のフォウタが裏からゴッズバラとの戦いを支援している。内陸の港町であるフォウタが面するフォウタ湖はくるぶしの位置にくる。


 踵の上、足首の裏側にあるのが、フォウタと同じく公国自由都市で多数の商船を抱えるリンウである。

 周辺の都市と結びつきジフォン共和国として風雲島第四勢力の独立国家を形成している。戦国時代の堺というより中世ヨーロッパのヴェネチアに近いものを司は想像していた。


 足首から脛にかけてがゴッズバラ王国の宿敵マクィン王国である。

 足首側の戦いをコルディエ近衛長官ひきいる南部方面軍が、膝側の戦いをマクィン王国本国軍が担当している。近衛長官は半ば独立した勢力とも言われるが、一発逆転を狙うゴッズバラ王の離間工作には未だになびいていない。


 マクィン王国本国軍が対応している相手が長靴最上部のハラガト王国だ。

 風雲島で最も北に位置するハラガト王国は厳しい環境に鍛えられた勇猛な戦士が多く、マクィン王国に防戦を強いている。本国があまりに追い詰められるとコルディエ近衛長官が援軍に到来して戦線を北に押し戻す。その間はゴッズバラ王国が一息をつける関係にある。


 海を通じてゴッズバラとハラガトの二王国は同盟関係にあった。ただし、押されっぱなしのゴッズバラをハラガトは内心で侮っていて、それがゴッズバラにも伝わっているため両国指導者層の仲は良くなかった。

 南北二国の挟撃同盟に対抗してマクィン王国はジフォン共和国とは中立関係を維持し、連合に支援を与えている。つま先のチャンドも対ゴッズバラ包囲網に誘っているが、大公国は身の安全を優先して応じていない。


 他には脛の部分にある公国自由都市スウマイレ、山岳信仰の聖域化している南北の斎公領などが形式的な大公国支配下にあって自立している。周囲をマクィン領に囲まれたスウマイレは、ゴッズバラとハラガトが交渉を行う中間地でもありスパイ天国である。

 ここは大陸のある東方向に面した国際港のため、陸の帝国レイマのスパイまで入り込んでいる。なお、レイマ帝国はつま先下の小石みたいなスグリ島も租借してチャンド大公国と定常的な交流を持っていた。

 風雲島の西側ではジフォン共和国が離れ小島をいくつか所有している。ジフォンはそれらの支配権を巡って海の帝国アテライアと争っている。また海賊はハラガトの東海岸にも多いが、ハラガト王国と海賊の間には一応の同盟関係が成立している。


 以上のように風雲島は三つの王国、一つの大公国、連合を入れれば二つの共和国、いくつかの自治都市が入り乱れて覇を競っていた。他には一時的に中立を宣言している領主がいるものの、それが認められるのは大国の都合にいいときだけだ。外交関係が変われば易々と大国側の都合で中立を破られてしまうのであった。

 中立の諸侯は三王国の国境付近に多く、ハティエの近くでは「三連富士」の西方地域などが中立を宣言している。




「これも売ったら面白いんじゃない?」

 司の書いた地図とメモを視た真琴がそんなことを勧めた。童話以外の新商品として、説明付きの地図はいけるのではないか。

「そうですかね?」

 言われた方は懐疑的だった。元の世界で肥えた目ではもっと地図の精度を上げないといけない気がする。

「例の『紙』も版画なら使えるんでしょ?」

 以前から試作を行っていた紙について真琴は言及した。


 生半可な知識しかなかった紙の再発明は苦戦していた。現時点では表面が荒れた物でしか作れず――特に漉いた時の上側が悪い――羽根ペンで字を書こうとしても非常に書き味が悪い。これを写字生に渡したらストレスで発狂して死ぬとまで言われた。インクを継ぐだけでも大変なのに、写本作りの効率を考えたら手間を増やせられない。その上、紙の色も悪いので書くのに手こずった字では読めない。

 ペンじゃなくて筆を使えばもう少しマシなのだが、紙のために筆記具を変えさせることは難しい。習慣は手強いのだ。それでも紙を徹底的にコストダウンすれば羊皮紙に入れ替わる可能性はあると湯子などは思っていたが、まずは紙の品質向上か、異なった利用方法の工夫が必要だった。


 そこで簡易な地図帳である。特に荒れる面には地図を版画で刷って、反対面には説明の文章を書くか印刷する。これを綴じれば地図と文を同時に読める。『活版印刷』という「ことばはしってる!」状態の物が作れれば理想的だけど、まずは木に字を彫ってもいい。最初はそれほどの発行部数を期待できないだろう。

 真琴は考えついたら行動が早い。仮に売れなくても試作のパンフレットを仲間に配るところからと考えた。しかし、さっそく壁にぶつかった。

 この世界、字が読める人間は多くないのだ。地図も同じである。写実性が低い簡単な地図だから、素養のない人間にはなおさら読みにくいのだった。



風雲島概要図をこちらの近況ノートで公表しました https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330656579864769

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