8-3 冬季攻勢
マクィン軍に攻囲された都市オシナまで半日の位置まで進出したユートロ総督はまず狼煙を上げさせた。オシナから返答の狼煙が返ってくるのを観察しながら、残りの半日は偵察にあてる。
「これが本物の狼煙なんだな」
煙を二本立てたり、布で遮ってシグナルを送るのをみて、文武が感慨深く言った。ハティエ防衛のときに使った見せかけの狼煙を思い出している。
「それよりも包囲の陣地を見なよ。すごいことになってる……」
真琴が注意を促した。オシナはすっかりマクィンの陣地に取り囲まれていた。一つ一つの砦が塹壕と土塁で結び付けられて、空を飛ばなければ出ることのできない状態だ。しかも、塹壕と土塁は二重になっていて、外からオシナを救出する軍隊にも備えていた。
このまま放っておけば飢餓による陥落は確実だろう。会戦が一時的に引き分けた隙に運び込んだ物資が十分なことを祈るしかない。同時に援軍も入り込んだから余計に物資を消耗している可能性もあるが……。
そもそもオシナを飢餓で降伏させないために今回の援軍が異例の冬季にやってきているのだ。独自の動員でマクィン領を奪い返せば自分の領地にしていいという「切り取り次第」の令も関係しているらしいが、ドウラスエの捕虜返還を思い返しても王家とユートロ総督が連携していることは明らかだった。
先に切り取り次第を言い出したのは一時期劣勢だったマクィン王国の方で、これを利用して南部方面軍司令官とも言えるコルディエ近衛長官が力を蓄えたらしい。対抗してゴッズバラ王国も同じ餌で諸侯を釣ったまでは良かったが、夏の義務的動員には弱兵を当てて他の季節(大抵は秋や晩春)に自己の勢力拡大を図る諸侯が続出して、戦況の盛り返しは一時的なものに収まってしまったそうだ。
夏の戦いで前線を維持できないなら他の季節に領土をえても甲斐がないので、ユートロ総督の動きは近年では珍しいものだと言う。
オシナ解囲の作戦は一点集中攻撃だった。包囲陣の一番西に張り出した部分に向けて二千人のほとんどを集中させるのだ。狼煙で連絡を取り合った内側からの出撃も期待できる。防御側は他の場所を完全にがら空きにすることは難しいから局所的に人数で圧倒的な優勢を確保できるはずだった。
転移者たちも微力ながら包囲破りに協力する。特にハティエ防衛で成果をあげた弩を交換しての連続射撃には期すところがあった。
「あれれ?」
しかし、砦攻めに使ってみると思ったよりも都合よく行かなかった。敵は胸壁の裏に隠れているから、装填が終わってもすぐに的が見つかるとは限らない。射手が狙いがつけられないでいるうちに、他の弩が準備を終わってしまうと準備役は遊兵になってしまう。
それならば準備役にも狙いをつけさせて敵が見えた時に一斉に射た方がいい。だが、そこから分業に戻るのは混乱の元で射手が射たい時に使える弩がないことも起きる。
結局、城攻めでは個人個人で弩を使った方が良いのではないか。
「狙いをつけずに撃ちまくって頭を下げさせるなら別なんだけど、それなら弩より弓を使った方がいいよね……」
湯子は問題点を理解した。まぁ、百発百中の射手なら支援する意味があるのかもしれない。そうでない自分には過ぎた支援だった。戦場にいながらこんなに考え込んだのは現実逃避の側面もある。
自分の射た太矢が狙った兵士の喉に吸い込まれて、彼が後ろに倒れていく様子がみえてしまったのだ。自分の視力ではそんなに細かく見えないはずなのに、当たった瞬間に起きたことが分かってしまった。脳裏に再現映像が再生されるがごとく。
(あれは絶対に死んだ……)
殺したいほど憎い相手でも自分の命を明確に奪おうとした相手でもない普通の兵士が初めての殺害相手になってしまうとは。悩むなら最初から弩を取らなければよかったのだけど、それもまた悩む結果に繋がっただろう。
「姉さん!」
隣に控える弟が青ざめる姉に注意を喚起した。包囲陣の虎口から敵の騎兵が出撃するところだった。矢戦用の置き盾程度では彼らの突撃を止められない。三連発を出撃部隊に向けて放ち切るとハティエ勢はすばやく逃げ出した。
的が見えていれば、やはり早い。
朝日を背に始まった戦いは熱を帯び、敵も味方も地歩を固めようと必死だった。オシナからの出撃部隊が西門から出てくると、マクィン軍は両面作戦を強いられた。
しかし、コルディエ近衛長官が縄張りした陣地は即席とは思えないほど強靭で、内外からの攻撃を跳ね返し続けた。そもそも攻める側の兵力が十分とは言えず、凌ぐ側のマクィン軍には余裕があった。
その余裕は突如崩された。
オシナ南方から別の部隊が立ち上がり、一挙に攻めてきたからだ。彼らはそれまで戦いの焦点になっていた西側とは正反対の東側を狙った。東側には小川が流れ、起伏も西側より大きくて包囲陣にも乱れがあった。
ユートロ軍が来る前から伏せていた彼らは、そういう地形的な弱点を調べ尽くしており、徹底的に狙った。オシナからの出撃まで受けて西側以外の場所が手薄になっていたマクィン軍にはこれを凌ぐことができなかった。
ついに梯子で土塁を乗り越えられ、陣地の中に突入されてしまう。さっきまで有利な条件で戦っていたのが、互角の条件になってしまった心理的な衝撃は大きく、意志の弱い兵士から順番に持ち場を守りきれなくなった。だいたい真冬の野営生活は心身に堪えるのだ。彼らもベストのコンディションではなかった。
崩れたマクィン軍は北を目指して逃げていく。そこに誰よりも苛烈な追撃を加えたのはオシナの籠城部隊だった。ハティエ勢などはエレベーターの痕跡が気になって、それどころではない。
こうしてオシナの包囲は解かれた。だが、勝利をもたらしたのは翌年の力の前借りであり――ユートロ総督は勝利すれば来年の従軍は免除すると言われたと明かした。東側を攻めた部隊の指揮官も同様だろう――来夏の戦いは厳しい展開が予想された。
それでも毎年南下していた前線を押し止めわずかに一息つけたというのが、ゴッズバラ王国上層部――特に工作を主導したジョン王――の偽ざる本心だった。
参考図を近況ノートに上げました https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330656259218625
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