8-2 冬季攻勢

 転移者たちはユートロ総督の軍勢を後から追いかけて出発した。残念ながらフォウタ湖の船旅はお預けで、ソラトにも入らず、その北方で軍勢と合流する。ソラト総督に不在をできるだけ知られないための小細工だった。

 彼の兵がドウラスエに駐留していることを思えば大した効果はなくて、隣人との相互不信を強めるだけかもしれない。それよりも真琴がソラト軍指揮官のヘンリー・テナントと将棋を途中にしてきたことの方が効果がありそうだった。彼が好きなボードゲームの続きをしたければドウラスエの横取りはできない。賭け試合でヘンリーが勝ちそうな流れで中断する手の込みようであった。

「こういうのもハスラーと言うんでしょうか」とは司の弁。

 ユートロ総督もソラトの同僚を信頼していないようで、ソラトを通過してからはオシナへの道を極力急いだ。フォウタにもマクィン王国の密偵はいるだろうし、敵が急報を受けて体制を整えたり援軍をえる前に都市の包囲網を破ってしまいたい考えとのことだった。


 急いでも徒歩の兵を連れた旅であり、道中の冬景色を観察する余裕は十分にあった。

 半年前も一度通った道ではあるのだが、あのときは戦場から追われる気持ちで疲れやハティエ兵の怪我を気にして道を急いでいた。今回は元気な部下に守られた馬上の旅なので気持ちが大分違う。

 もっとも、万が一ユートロ総督に悪意があれば危険には違いない。疑いすぎても神経がもたないので転移者の間で話し合って信じると決めた相手は信じることにしていたが。


 ソラトから北へ進んで一日行くと、軍勢は進路は東に変わって天極月を背にして進むようになる。

「やっぱり富士山に似ているな……」

 進路前方から左手に移動した山を見つめて、湯子が呟いた。同じ馬に相乗りしている文武が応えた。

「なんとか富士はあっちでも珍しくなかったからね。これは風雲島富士だな」

 右手にはフォウタ湖よりは小さな湖もあった。ウソトロ湖と呼ばれるこれを富士五湖に見立てればますます富士山に似ていた。

 ただし、風雲島富士の奥にも富士山似の山がみえていて、聞くところによれば間に隠れてもう一つ富士山似の山があるらしい。いわばオリオン座の三つ星みたいに並んだ三連の富士山だった。手前の山は山頂付近に白い雪を被っているのに、奥の霞む山は茶色い地肌を一部でみせていて白い雲――おそらく蒸気に包まれていた。

 ここらの火山活動が酷く活発なことを匂わせる。

 実際に進軍路も、溶岩流の斜面と湖面のはざまに出来た僅かな平地を進んでいる感じだった。湖の水位が下がって波打ち際が地上に現れたのかもしれない。ウソトロ湖の成因もカルデラ湖か溶岩が川を堰き止めてできた湖だとしてもおかしくなかった。


「ここに砦を造れば大軍を足止めできそう……」

 右手は湖、左手は斜面という地形をみて、真琴が物騒なことを述べる。一隊を率いる立場になったことを考えれば真面目とも言える。彼女はマクィン軍がさらに進んできた場合を考えて地形を観察していた。

 それに触発されたのか相乗りする司もせっせとスケッチを取っている。一度、検問のソラト兵に見咎められて破棄させられたがメガネの後輩には妙に図太いところがあって懲りてなかった。

 もちろん、真琴が考えるようなことは専門家たちも考えている。隘路に築かれた関所や溶岩台地の上に構えられた砦が進軍先で出迎えてくれた。もし、オシナが落ちても敵の刃が首元に迫る前に防戦する場所があるのだと少しだけ安心する。今回の攻撃で前線を北上させられれば、それが一番だったけど。

 兵士たちは休憩時などに「三連富士」へ向かって指を組んでお祈りをしていた。太陽や天極月と同じく見事な成層火山も風雲島人の崇拝対象であるらしかった。



 野営の際、天幕の中で転移者たちは帰還のことについて再確認をした。

 まずはエレベーターの痕跡を徹底的に調査する。エレベーターが出現した位置、動いた方向をできるだけ正確に突き止める。壊れた部品などが残っていれば拾い集める。

 うまくすれば逆方向に馬で駆けるだけでも戻れるかもしれないと淡い期待を抱いていた。

「戻れたとしてもそのままの勢いで床に衝突したら死ぬわけだけどね」

 湯子が注意を喚起した。その点を考えると非常に心が落ち着かない。エレベーターの箱をゴッズバラ王国から取り返して――そもそも転移者たちの物とも言い切れないが――なんとか動かすなら内部に緩衝材を充填することで、少しは安全が確保できるだろうか。

「浦島太郎みたいに向こうでは時間が経ってましたということも……?」

 司も嫌な可能性を指摘した。真琴が頭をかきむしる。

「ダーッ!今から悩んでもしょうがないでしょ!?まずは調査!難しいことはそれから考えよ!」

 雰囲気を暗くしないために頷いたものの、文武は楽観的にはなれなかった。あたりは自分たちの土地ではないから、何度もじっくり調査できる保証はない。マクィンにオシナが奪われれば二度と近づけない可能性すらある。

(マクィンもゴッズバラも倒して土地とエレベーターを手に入れればいいのか)

 文武は自らがした発想の不敵さに気が遠くなってしまった。いまの百倍の兵力があっても難しいことで何十年かかるか分からない。だが、何としても帰りたければ、それを目指すしかなくなる可能性はあった。

 ……そのために犠牲にする人間の数を思うと、文武だけの意志では出来ない真似だった。

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