8-1 冬季攻勢

 ドウラスエの支配権を巡る自治都市フォウタと転移者の争いは、長期化の様相を呈してきた。それだけなら転移者側にも期待通りだが、フォウタは風雲島の大公に働きかけ、ドウラスエの返還を命じる毛側文書うらがみの提出を求めているらしい。

 このような搦め手の政治工作に対して転移者たちには対抗する伝手がなく――賄賂の資金もなく――ゴッズバラ王国に助けを求めるしかなかった。最悪の場合は文書が出されても無視して実効支配を続けることになるが、公儀の敵と認められれば王国から見放される展開もありえる。

 金やコネ次第で善悪が決まるなんて汚いと思っても、それを変えるだけの力が転移者たちにはなかった。ただ、フォウタに対する恨みは募ってしまう。

 それらもほとんど全てがゴッズバラ王国を通じた情報で、独自に状況を探ることができていない。頼りにしているリンウのツォイス商会もこの件に関しては疎かった。

 そのため難しい政治問題は王国への依存を強める結果に繋がってしまうのだった。


 重要な人質の一人を無償で解放するように王国から求められた時も、そのことがあって押し切られてしまった。理由の説明もない頭ごなしの命令だった。情報漏洩を案じているのだろうが、あまり面白い気分ではない。

 おそらく答えと思われるものが出たのは半触(約二十日)してから、南部ユートロ総督の軍勢二千がフォウタの領内を通過してドウラスエに来たことによってだった。軍勢や物資を妨害されずに通させてもらう交換条件に人質を返したものと思われる。


「いやぁ、ドウラスエからソラトまで船で行けるようになったのは助かるわい」

 ユートロ総督チャールズ・ショートはソラトから迎えに来た船に部下たちが乗る様子を見守りながら、そう語った。馬や軽装ならそれほどの距離でなくても、重装備で軍需物資がある状況での船上輸送は非常にありがたい。

 彼は温かい南の人間だからか、やたらと厚着をしていた。本人の顔まで髪と髭でモコモコな中年である。でも、髪質が良いのであまり不潔な感じはしない。湯子は「もふおじ」と影で呼んでいた。軽い身のこなしから輪郭のとおりに太っているわけではないらしい。

 ユートロ総督が転移者たちに会いに来たのは儀礼以外にも目的があった。なんと彼の家族が転移者たちがツォイス商会を通して出版している童話のファンなのだった。売り上げは微妙でも本のおかげで思わぬ縁ができた。司は戸惑いながら――本当は自分が創った作品じゃないので罪悪感を覚えながら――写本にサインをした。

 勝手にコピーしたものへのサインを求めてくるチャールズの神経も元の世界にはないものだが、無断コピーの方が挿絵も増えて圧倒的に豪華になっている事象もまれであろう。大きく描かれた最初の文字には金箔まで押されている。

 これではまるで「異世界で文庫を出版したらハードカバーに成長して帰ってきた件」だ。

(ほ、ほしい……!)

 『原作者』まで豪華すぎる海賊本を欲しくなってしまう始末だった。


「あのー、お願いがあるんですが……」

 そろりそろりと真琴がサインをもらってほくほく顔のユートロ総督に話しかけた。

(はっ!!真琴先輩もこの本が欲しくなったんですか!?)

 自分には図々しくてとても言えないことを言ってくれるのを期待した後輩には残念なことに、先輩のお願いは「自分たちをオシナまで同行させてほしい」というものだった。

「うーむ。新しい作品の取材とあれば否はないが、安全は保証できんぞ」

 変な勘違いをしている――真琴がさせた――もふおじは割とあっさり同行を許可してくれた。彼としてもドウラスエを落とした転移者の手並みが気になっていたし、少しでも戦力があるに越したことはないからだ。



「けっこうエンジョイしているように見えたけど、元の世界に帰ること忘れていなかったんだな」

 四人だけになってから、文武が真琴に軽口を叩いた。あの状況では完全に帰ることを忘れていた司は内心で大汗をかいた。

「私たちが若くて健康な内はいいけど、そのうち医者がいないことが致命的になるから……今でも虫歯は怖いっしょ?あっ、湯子先輩はまだ生え変わるかな?」

「誰が全部乳歯だっ!!」

(姉さん、全部とは言われてないよ……)


 帰るヒントが見つかるとすれば、やはり自分たちがやってきたオシナ周辺だろう。これまでは訪れる機会がなかったけれど、今回の遠征に加わればおそらく近くまで行くことができる。ただし、留守にしている間のドウラスエ防衛はかなり心配だった。

 住民の反乱やソラト総督の駐留部隊による町の横取りもありえる。別れて行動することも議論したが、それだと万が一帰れる場合に機会を逃すことになる。多少のリスクはあっても全員で行くことになった。

 遠征には主にゲーテ隊と人質にもなるドウラスエの兵を連れて、領地の支配は元野盗と女傭兵たちに任せる。女傭兵たちは転移者たちの元でなければ、今ほどの待遇は期待できないから、裏切る動機に乏しかった。クーデターを起こしてドウラスエ周辺だけで独立国家としてやっていけると考えるほど自信過剰なら別だが、彼女たちは転移者たちより遥かに辛酸を嘗めている。

 甘い考えはしないだろうとの読み――あるいは賭けだった。

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