4-3 四人の転移者と百人の野盗
こちらから野盗の砦に先制攻撃を仕掛ける。話を聞いた直後は名案に思えたことが時間が経つほど文武の意識に重く伸し掛かってきた。
それはつまり自分から積極的に他人を殺すことだ。攻め込まれて正当防衛で殺すのではなく、先手を打って殺すのだから責任は一層重い。だが向こうが確実にやる気の時に、ただ攻められるのをじっと待っていて良いのか。それで助かる可能性が下がるとしても待たねばならないのか。
彼は久しぶりに眠れなくなってしまった。それが一番不健康で生きるためにマイナスだったとしても。
寝返りをして姉の顔を盗み見る。最近は暖炉で火を焚きはじめたので、その光に照らされて微かに顔の輪郭を捉えることができた。最優先で守るべき存在を確認して、他のものを切り捨てる覚悟がしたかった。
「眠れないの?」
寝返りで刺激してしまったのか、湯子が目を開けて話しかけてきた。
「うん、ちょっとね……」
弟は言葉を濁した。姉は「ふぅん」と呟いて目をつぶってから言った。
「余計なこと考えなくて良いからね。みんなを守るのは年上の私の役割なんだから、文くんは自分の身を守ることだけ考えて」
(う、うーん……?)
普段のやっていることが大言壮語に合っていない気がした。天然で言っているのか、昼行灯のつもりなのか。余計に自分がやらなきゃいけない気がしてしまう。そりゃまったく頼りにしていないわけでもないが……。
思い悩むことが変わったので何とか寝れたのは確かだった。
野盗の砦に奇襲攻撃を仕掛けると言っても、既に一度フォウタに問い合わせをしてしまっている。完全には敵が油断をしていない可能性を考えて、弓矢による遠距離攻撃を選択することになった。野盗を討伐するとの通告も攻撃と時をほぼ同じくしてドウラスエに伝える手筈だ。
最悪の場合、領土侵犯を理由に表立っての戦争になるが、敵も大事にしたがらないと読んでの作戦だ。そもそも、自分が野盗に手出しをできないのでハティエが討伐してくれたことを恨んで戦争になったという話が広がれば、向こうも面目を失う。
砦の普請はほぼ終わっていた。土塁の上に歩哨が立ってやる気なさそうに周囲を見回している。ハティエ勢は木陰や草むらに隠れて砦を囲むように展開し、攻撃開始の合図を待っていた。
わざと地味な色に染めたマントを着て木の枝で輪郭を曖昧にすることまでしているから、どちらが野盗か分からない。
「これじゃあ、騎士道精神の欠片もない」とのゲーテのボヤきに、
「それって「勝たなければ犬畜生も同じ」ってやつだっけ?」と真琴が返していた。ゲーテも傭兵なのでボヤきはするが、作戦参加を拒否したりはしない。
この世界の騎士道は宗教の影響を受けておらず、元々は大陸における「元老院資格をもった人物の尊敬されるべき振る舞い」と言った意味合いに留まっている。司は「御大尽道」だと表現していた。
時代が進むにつれて実権の持ち主が下位にくだる歴史の必然的現象が起きて、今は騎士階級こそが「御大尽道」の主たる実行者である。
転移者たちの戦い方は更に実権の所属を引き下げる方向性のものだ。由緒正しい武士ではなく、悪党や足軽のやり口と言えるかもしれない。
弓や弩で敵を挑発したら一目散に逃げる。経路は事前に決めてあった。そして敵が追撃に使いそうな道には罠が仕掛けてあった。野盗は百人、こちらは二十人だ。まずは敵の数を減らして差を縮めることだった。
敵が強引に追ってくれば大きな打撃を受けるし、途中で追跡を諦めれば再度の狙撃ができる。二度とハティエを攻めたくなくなる痛みを与えてやる……!
文武は
この鏑矢の音を合図に弓や弩が得意な十人の兵が一斉に攻撃を開始する。護衛役も入れればハティエのほぼ全力が出撃していて、いま別の勢力から城が攻撃を受けたらひとたまりもないほどだった。
空き城を攻められる微かな不安、自分の合図で戦闘が始まる緊張感。すべてを振り払う気持ちで文武は引き絞った弦から指を離した。
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