4-番外編 姉の甘言

 文武と湯子の間には寝る前にその日にあったことを話す習慣が生まれていった。シスコンの弟にとっては話の内容に意識を集中していた方が気が楽だった。おかげでお互いが経験したことは自分が経験したように共有できているし、整理して話すことで自分の記憶も強化された。

 中世の人間は文字を知らないゆえに記憶力に優れている。これくらいしないと対抗できない。頭の造りが並じゃない真琴と司はわりと天然に対抗できるらしかったが。

 夜遅くにごそごと話しているのを真琴に怒られてから、姉弟は更に近づいて小声で話していた。年頃の女子は血縁者のニオイを嫌うようになると言うが、湯子はあまり気にならないらしかった。

 彼女の成長が悪いせいか、中世生活のもたらす別の悪臭が強すぎるせいか。


「ふーくんはハーレムを作りたいとは思わないの?」

 余計なことを考えていたら思わぬ質問をされてしまった。異世界転生した男のロマンであるところのハーレム……小さくても一城の主になった文武が望めば作れないことはない。だが……

「そんなことをしたら刺されるだろ……」

「そりゃまあね」

 経験不足の弟に一夫多妻の家庭を円満に運営する甲斐性はない。姉はあっさり同意した。

「姉さんに」

「刺さないよっ!!――なんで残念そうな顔をするの!?」

 声が大きくなってしまったので、彼女はあわてて潜める。文武もトーンを変えて真面目に答えた。

「元の世界に帰りたいのに子供ができたら、連れて帰っても置いていっても可哀想だよ。そもそも連れて行けるかも分からないし……奥さんも。あと、言っちゃ悪いけど病気をもらいたくないからね」

 ちょっと偏見入っているんじゃないの?と湯子は不満に思った。そういえば、この世界の人間との間に子供ができるかも分かったものではない。姿はとても良く似ているけれど。

「まったく……しない理由を探すのは上手ね」

「おかげさまで」

「?周りの人はハーレムとは言わないけど、文くんに政略結婚してほしいみたいよ。私達にはこの世界に身寄りがないから、せめて結婚して頼りになる親戚を作ってほしいんだって」

「……」


 下手をすれば金の力よりも地縁血縁が利く時代において、それは大きな問題だった。そもそも金もたくさんあるわけじゃない。親戚として援軍を出してくれる有力者がいれば、どんなに頼りになるだろう。

 それでも文武は突っぱねた。

「お断りだね。そんなの結婚相手だって可哀想じゃないか。さっき行った通り別れることになるかもしれないのに。未来の知識に下駄を履いているのに、それで意地の一つも通せないなんて情けないよ」

「……姉としてはその態度を褒めてあげたいけれど、後悔する結果にならないことを祈るわ。それとも、私が政略結婚した方がマシかな?」

 文武は一瞬意識が遠くなった。そんな二者択一はしたくない。そもそも例え話でも聞きたくなかった。なんとか気を持ち直して言い返す。


「……やけに俺を結婚させたがるじゃん。あ、もしかして俺を刺す理由をどうしても作りたいの?」

「刺さないって!でも……そのしつこさに、刺す理由なら十分もらったかな?」

 至近距離の強張った笑顔が怖かった。幼心おさなごころに植え付けられた抵抗できない顔だ。文武は寝たフリに逃げることにした。



(なんか……お姉さんの方が挿すとか……まさか姉弟で攻め受け逆転!?)

 離れたところで地獄耳を立てていた司の入眠が最も遅れた。

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