4-2 四人の転移者と百人の野盗
ゲーテの傭兵団を雇ったことでハティエ城の陣容は一応の形になった。転移者の四人に元からの兵士で動ける者六人、傭兵十人で合計二十人である。城壁にまんべんなく配置すれば十メートルごとに一人になるが、昼夜をわけて戦うことを考えれば二交代制で二十メートルごとに一人が限度だろう。
そもそも戦力として期待できない転移者――長所は夜に強いことくらい――もいるが、逆に自衛したい領民の協力はあてにできる。それでも本格的な戦争を単独で戦うことは難しく援軍の入城を計算に入れたいところだ。
ソラト総督はもちろん周りの小規模領主とも仲良くしておくに越したことはない。
しかし、文武が手紙を送ったり直接出向いてあいさつしても近隣領主の反応は冷ややかであった。経歴不明な若者がいきなり領地を与えられたのだから嫉妬を買うのも当然であった。人材不足は分かるとしても、血筋が確かな人間ならたくさんいる。ジョージ黄太子が戦時のドサクサに紛れて押し込んだから反対の機会を逃したというのが近隣領主の偽ざる気持ちだった。
転移者たちの経歴に多少の好奇心を向けて来てくれれば上等な方である。
それでも顔だけは覚えてもらおうと文武は狩りや巡回を兼ねて周辺に顔を出すようにしていた。いざという時に危険に晒されるのは自分の命だけじゃないので必死になってしまう。むしろソラト総督以外の近隣領主が現状に対して割りと平然として見えることが不思議だった。正常性バイアスあるいは慣れというものだろうか。
現代的な国家間の戦争のイメージを持っている転移者たちは、小規模領主たちが弱者の処世術でいざとなればゴッズバラからマクィンに乗り換えるつもりだといまいち気づけていなかった。
巡回を繰り返しているうちに文武は森の炭焼きから不審な話を耳にした。領地の南側で何者かが砦を建設していると言うのだった。もちろん、挨拶をした領主たちの誰からも、そのような話は入っていない。
「その辺りはフォウタが支配するドウラスエの領地ですな」
城の三階で話を聞いた家宰のアレンが通常時でも深い顔のシワを更に深くして言った。ドウラスエはフォウタ湖沿岸の港町でハティエから南東にあった。そこから最も内陸に入って最も北の部分に砦は築かれているようだった。
湯子が踏み台の上に立って地図に指を滑らせ指摘する。
「陸上でも南との連絡を遮断するつもりかな?」
ハティエからみて西も北もそこそこ険しい山地である。東からマクィンが攻めてきている現状では西のリンウに行くにも、南のゴッズバラ領の中心地に行くにも、南を通らなければならない。現状のフォウタは表向き中立なのでフォウタ湖の水上交通も沿岸の街道も利用可能であったが、彼らが形勢をゴッズバラの敗北と見極めたら敵に回ってソラト領周辺を味方の領土から切り離すことは十分にありえる。
その下準備をはじめたのではないか。
だが、敵意をもって新しい砦を築くことは挑発行為。ゴッズバラが先に攻撃を仕掛ける大義名分にもなる――おそらく攻める余力はないが。転移者たちは情報をソラト総督を通して王国に上げると共に警戒を強めることにした。
「俺、工事現場に潜り込んで来ようか?」
「あれだけ歩き回っていたら顔知られてるんじゃないの?」
文武の危なっかしい提案は、真琴にダメだしされた。彼は頭をかく。
「そうか、しまったな……」
結局、まだ顔を知られていそうにない傭兵の中から偵察の人間を出すことになった。うまく工事現場に潜り込むことができなくても、物資や人員の移動を追えば砦建設の狙いを推測できるだろう。
領民にも南の方には近づかないよう注意を促すことになった。また、防御施設の補修工事を急ぐ。近くに正体不明の男たちが集まっている時点でかなり物騒である。
おかげで目先のことに手一杯で、元の世界に帰る方法を探す時間もなかなか取れなくなってしまった。
偵察に行った傭兵はなかなか良く働いてくれた。砦工事の人員が密かにドウラスエから出ていることを突き止めるのみならず、エール一杯一
仕事場の危険を察知して、そのまま逃げなかったのも大したものだ。
時間差で事実と矛盾する話もソラト経由で入ってきた。
フォウタは「砦については仕事にあぶれた傭兵団らしき野盗が勝手に建てたもので、我々も対応に苦慮している」と、いけしゃあしゃあと嘘の回答をしてきたのであった。そもそもことは衛星都市であるドウラスエの自治問題で、対応の責任はまずドウラスエにあるとたらい回しの構えまで見せてきた。
現実的に考えてソラトが大規模に傭兵を募集しているのに、こんなに近くであぶれている奴らがいるだろうか。しかも、一人や二人じゃなくて数十人から百人の単位なのだ。
「つまり野盗が勝手にやったことにしてウチを攻めて、後で自分たちの物にするつもりなのか……。ゴッズバラ王国もずいぶん足元を見られたものだな」
戦争で人員を失い代替わりをした直後のハティエは確かに狙い目だろう。しかも周囲から浮いていると来た。翌年の戦争に引っ張り出される前に滅びそうになってきた。
「こうなると秋の蝕が始まるころが危ないでしょう」
今回は話し合いの席に呼ばれたゲーテ隊長が指摘した。詳しく聞くと、月蝕が起こって夜がいつもの明るさ――この世界ではいつも月がある。新月の時間帯はあるが――じゃなくなる時期は、夜襲の効果が上がるからとのことだった。
ちなみに人々が冬を越して食糧の不足しているうえに傭兵が夏に得た賃金を使い果たしている春の蝕はもっと危険らしい。この世界では狼男は満月の日じゃなくて月蝕の時期に出るようだ。
「秋の蝕が始まるまで、もう半蝕(二十二日)もないですよ……」
司が顔を青ざめさせて指摘した。その頃には砦も完成しているだろう。いくら不仲でも近隣領主が援軍を出してくれると思いたいが、わざわざ砦まで造って攻めるのは自信があるからではないか。何らかの根回しをしているのかもしれない。
陰気な雰囲気が漂う中で、真琴が素っ頓狂にも聞こえる明るい声をあげた。
「そうだ!砦にいるのが野盗だって言うなら、先制攻撃で退治しちゃってもいいんじゃない!?」
「それは……ドウラスエの土地ですからねぇ」
過激な「名案」にアレンだけが渋い顔をした。
ドウラスエと砦の位置図を近況ノートに追加しました https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330654830711893
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