4-1 四人の転移者と百人の野盗

 頼りになる傭兵は喉から手が出るほど欲しいが、問題もあった。いまのハティエは周りのどこがスパイを送り込んで来ても不思議はない状況だ。城を守るために傭兵を雇ったのに、その傭兵に寝首を掻かれたら、そこでゲームセットである。

 一方で簡単に断る余裕もないので、明らかに怪しい傭兵が仕官を求めてきたら、格安の賃金を提示して様子をみることになった。格安でもあえて引き受けるなら、ますます怪しいので警戒しながら用いることになる。

 まぁ、そこまでしてボロい城に入り込みたい傭兵はいないらしく、条件の合わない日々が続いていた。


 堀の浚渫は結局女性陣にも手伝ってもらう形になった。

「ペットの糞だと思えばへーき」と真琴は笑ったが、強がりだろう。足場のまともなところに板を敷いて無理のない範囲で掘ってもらう。同調圧力を感じているが、内心本気でやりたくなさそうな司には風呂の用意をしてもらった。

 掘り方にも労力を減らす工夫をした。障子堀の正方形の穴を掘る時、外側から城側に向けて段々と深くなるように掘るのだ。外側でも畝と堀底に段差ができる二十センチメートル程度は掘り下げている。これで掘る量を半分近く減らしながらも、攻める敵が畝を乗り越える時の高さは変わらないわけだ。

 進めば知らずに深くなる堀をみたアレンは「ホ!ホ!」と感心してくれた。

 逆に敵が逃げる場合に足止めをしての攻撃は難しいが、そんな殺戮を求めているわけでもない。考え方を変えれば出撃して追いかける場合には有利でもある。実際にやるかはともかく。

 悲しいことに転移者たちは、若さゆえの柔軟性で、この不潔な世界に慣れてきてしまっていた。この世界の人間を自分たちの価値観に従わせるのはとても難しく、この世界に自分たちが合わせるのは比較的容易である。自分たちの価値観の方が優れていると思っても、経済的な背景があったりして、少しでも油断すると長いものに巻かれそうになってしまう。

 元の世界に帰れた時に「まとも」でいたいものだった。



 ハティエ城の大きさは城の塔が建つ小山の主郭が、ふもとの大きさで直径三十メートル程度(現地の距離単位にはまだ慣れていない)。鍛冶屋や厩、石工所兼木工所や長屋がある副郭が直径五十メートル程度だ。堀の周長は比較的手入れされている郭同士の境界部分を除いて、二百数十メートル。

 一日五メートル進めれば一蝕(一触は天極月が春分と秋分に月蝕している期間の長さ、転じて一年を八等分した時の日数、約四十六日。一年は春分月蝕の終わりから始まる)で改善できそうだった。

 もちろん毎日堀普請ばっかりしているわけにはいかないが、作業に慣れてペースアップしてきたし、作業の一部なら手伝ってもいいと言う兵も出てきた。障子堀に興味をもったり、自分の命にも関わることを意識したらしい。

 湯子は「じんぼーだよ。じんぼー!」と偉そうだった。これは人望より同情だろうと弟は思った。


 城下町――にはささやかすぎる小さな農村は、副郭の北にある土橋周辺と主郭の西に面する裏街道沿いに展開していた。北沿いの家以外は堀から五十メートル以上離れていて、城が囲まれた場合に敵兵が隠れる場所としては、やや遠かった。

 城の周囲は元々広さのある沼地だったらしい。泥炭が堆積した酸性土壌で作物栽培には向かないため、牧草地として利用されていた。散在するベリーが実れば摘むこともできた。

 堀に近い北沿いの家は敵に利用される前に解体して、資材を城内に運び込んでしまうのが良いそうだ、もしその時間があるのなら。

 住民はすぐ城に逃げ込めるよう入り口の近くに住んでいるわけで、すぐに逃げ込む状況なら家を解体している猶予はなく、家が攻撃側の拠点になる問題も含めて、なにやら矛盾めいたものを感じる。いざとなったら焼き払ってしまうしかないだろう。


 補修工事を進め、赤イモ(海洋民が伝えたサツマイモみたいな味のジャガイモっぽいイモ)の収穫や冬小麦の種まきなどが始まるのを横目に見守り過ごしていると、待ちに待った本命の傭兵が来た。

 リンウからの紹介なので、わりかし信用できるだろう。十人ばかりのちょっとした傭兵団を率いる青年は戦士というより苦学生っぽい風貌をしていた。彼は慇懃に頭を下げる。

「ロレンツ・ゲーテと申します」

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