3-2 フォウタ湖の霧
文武と真琴は武器の訓練をはじめた。
武器を使わずに済めばそれに越したことはないが、転移者たちは城を与えられた時に参戦の義務も負っていた。一年以内に元の世界に戻れないなら再び戦場に立つ羽目になるだろう。そうでなくても日常的に自分の力で我が身と仲間と領民を守る必要があった。
この世界に助けてくれる警察はいないのである。かろうじて王が裁判をしてくれることがある――それも公平とは限らない――だけだ。
転移者たちはいきなり自力救済の世界に放り出されることの恐ろしさをひしひしと感じていた。領民も庇護が本当に期待できるのか、不安でしょうがないはずだ。
ともかく二人は身体を資本とするべく鍛錬に励む。残りの二人もたまに参加した。
文武は槍を、真琴は剣道の心得が少しあったので剣と弓の腕を磨くことにした。だが、困ったことに師になれる人材がハティエ城にいなかった。実戦経験のある兵士はいても体系的に武術を学んだわけではないから、彼らの教えられることは限られていたのだ。
それでも初級者の転移者には非常に参考になったのだが、同時に素人であることが知られて領民の不安を増大させてもいた……。なんとしても早急に師となる人材を見つける必要があった。ついでに言えば戦場で使える
前の城主が乗っていた軍馬は主と運命を共にした。行軍用の
まぁ、いきなり甲冑に身を固めての
「だから槍より剣を覚えたほうがいいんじゃない?」
真琴は汗を流しながら文武に話しかけた。剣なら敵の攻撃を受けられるし、狭い場所でも使える。殺傷力は必ずしも高くないが、自衛している間に仲間が駆けつけるはずだ。
「いや、時間稼ぎをしても助けに来てくれる当てがないから……」
文武は厳しい現実を指摘した。彼らには生まれついての大名みたいに忠実な家臣がたくさんいるわけじゃない。ハティエの兵士に期待するにしても、彼らは十人に満たない。それならば近づいてくる敵を次々に倒して自らの血路を切り開いた方がいい。彼はそう考えた。槍で突くことに限定した方が習得が早そうだったこともある。
真琴は素振りの手を止めた。木剣を杖にする。
「ふーん、なるほど……いろいろ考えているのね。私も槍にしとけば良かったかしら?」
「剣道の基礎があるなら剣でいいんじゃないか」
彼女は大した基礎じゃないと苦笑した。けっきょく実戦で身体が動くこと人が斬れることが大前提になる。
「まぁ……誰もあんたを助けに来ないなんてことはないよ。私は助けに行くからね」
ちょっとキザなセリフも性別のおかげか、性格のおかげか、彼女が言うと嫌味にならなかった。文武がシスコンでなければキュンとしているシーンかもしれない。
「……お、俺も助けに行くよ」
「お姉さんの次にね」
姉の弟は言葉に詰まった。指摘された通り、いざとなれば自分は肉親を優先させるだろう。守るものがハッキリしているからこそ、槍で人を突き殺すイメージを許容できている。
真琴や司も守るべき大事な存在にすればいいし、実際に仲間として大事に思ってはいるのだが、真琴の様子をみると守られるのは自分のほうかもしれなかった。
資金がない中で転移者たちは武術の師となり来年までの安全を保証してくれる傭兵を求めた。普通なら戦争のない季節、職にあぶれている傭兵が捕まるはずだった。通年傭兵を雇っているのはリンウのような経済的に豊かな都市くらいである。
しかし、現在はソラト総督が壊滅した手勢を立て直そうと躍起になっている関係で、傭兵の働き口がソラトに吸収されていた。
実は転移者たちをハティエに送り届けたあと、ゴッズバラ軍の別働隊はマクィン軍に散々打ち破られ壊滅的な打撃を受けていた。ソラト総督自身も捕虜になる寸前でからくも逃れたという噂だった。
年度内のオシナ攻略は困難とみたマクィン軍のコルディエ近衛隊長は代わりになる手柄を求め、あわてて戦場に舞い戻ってきたソラト軍に目をつけた。戦いの前半ではゴッズバラ軍の別働隊に小勢をあてて本隊を狙ったが、後半では正反対にゴッズバラ本隊に小勢をあてて全力で別働隊を狩りに行ったのであった。
不可思議な現象に守られた本隊ではない方を狙うならマクィン軍の兵士も心理的に従いやすかった。もっとも司令官は仮に再び鉄の箱が降ってきても数に任せて押し切る覚悟であった。
こうしてゴッズバラ軍の別働隊は大破し、オシナを囲む陣地も北半分は維持されたままで、戦争は自然休戦の期間に入っていた。互いに翌年の戦争に備え、力を蓄えていたのである。
オシナの戦い終盤の戦況図を近況ノートにアップしました https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330653471752362
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