第44話 二人だけの秘密

 時間はすでに夜の十時、危険域をだっしたことは告げているが、シェルターの開放はいまだされていない。

 カーナビの適切な指示と、人の居ない道路を止まることなく進めるおいんで、学園から遠い位置にあるラスターの家にスムーズに着く。


「どうもありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


 ニッコリと微笑ほほえんでたがいに礼を言い合う――と思っていると、言い終わると同時にカンラギが玄関前げんかんまえで飛びついてくる。

 人目につくことがないとはいえ、いきなりの行動に動揺どうようするラスターへ豊かな巨乳きょにゅうしげもなくけられる。


 これが高身長から見える景色なのかと、ラスターはどこかずれた感動を覚えながら――というよりも、なんとも言えない豊かな感触かんしょくから必死に気をらし、手なぐさみついでにかみをすいていく。


 綺麗きれいな髪を絹のようなと表現したりもするが、手をしずめれば指にからみつき、そのまますけば、さらさらと解けていき、水滴すいてきの残らない水のように――そして手櫛てぐしですくほど、シャンプーのあまにおいが鼻腔びこうをくすぐる。


「楽しい?」

「ぜ、全然!」


 ラスターはガバッと外れて、全力で否定する。


「そうなの?」


 およよ……と、どこか悲しそうに――悲しそうなフリをしてカンラギが聞く。完全に目が笑っている。


「どうだろうな! 想像に任せする」


 楽しかったと言えるはずもなく……さりとて、不満など欠片もおもかばなかったせいで、文句も同意もできない板はさみになる。


「なにかあったら言ってね? 私がどうにかしてあげる」

「副会長の力で?」

「そうね――でも、それだけじゃないかも」


 サッとはなれるとカンラギはぺろっと舌を出す。

 子供っぽい仕草ながら、思ったより似合っている――鏡を見ながら練習でもしていたりするのだろうか?


「そういや、オッドアイっぽくて、かっこいいから言ってなかったけど――」

「オッドアイ? あぁ、ちょっと待って」

「外せる?」


 青いひとみの右目――戦っている最中に、左目のカラーコンタクトは外れていたが、右目のは残っていることを忘れていた。

 ラスターは右目に手をばすと、そのままコンタクトを外す。


「そういや、ありがとう。これで面倒めんどう事が回避かいひできてよかった」

「どういたしまして。こちらこそどれだけお礼を言っても物足りないくらいよ。報酬ほうしゅうとしても、約束のもの以上がわたせなくて申し訳ないぐらいにあなたは貢献こうけんしてくれたわ」


 なまめかしく、人の心をとろけさすような熱い瞳で見つめながら、ラスターの手をぎゅっとにぎりしめる。


「とても、感謝してる」


 カンラギはゆっくりと近づくと、鼻先がふれあい、吐息といきが微かにあたる距離きょりまでめていく。

 一年の差があるだけでえらく色っぽい――カンラギが特別なだけであろうが、艶のある声に引き寄せられ、真摯しんしな眼差しに釘付くぎづけにされてしまう。


 だから――というのもおかしな話であるが、ラスターはいきなりほおに手を伸ばして、き寄せるのだが、カンラギはにこやかな笑みをくずさない。

 突然とつぜん凶行きょうこうにも、慣れていると言わんばかりのきもの座りよう――そのままくちびるが触れてしまいそうなまでに近づいていき、互いの視線は熱く絡み合う。


「なに……」


 平静を装う表情と裏腹に、動揺混じりの上さつった声は、理性を破壊はかいしかねない弱々しさがあふれている。

 それでも、ラスターは平常運転のまま手を頬から上側にずらしていき――そして、下瞼したまぶたを引っ張った。


「……君もカラーコンタクトしてるの?」


 眼球の上に乗ったうすまく。そしてほんの少しずれた場所から、別の色がしんんでいるように見える。


「……えぇ、ばれるとは思わなかったわ」


 知りたいことを知れたラスターは抱き寄せたカンラギを解放する。


「黒じゃないのか……」


 同じ黒髪黒目かと――ひっそりと抱いていた親近感だけに、思わず気になってしまった。


「そうだけど、もしかして気になる? 気になる?」


 鬱陶うっとうしい笑みを浮かべてにやにやとしながら、カンラギはからかうように聞く。


「全く!」


 黒か、それ以外か――そのどちらかにしか興味がないラスターは力強く否定する。


「そう……じゃあ、いつかは知って?」


 どこかさびしそうに――先程までのいやったらしい笑みをひそめてさらりと言う。


「おっ、おう……」


 ラスターは別にそこまでの興味はないのだが――先程の言動が、見事手玉に取られたのだけはわかってしまった。


「ところで……夜明けの騎士きしって他にだれか知っているの? 例えば――」

「いない」

「いない?」

「あぁ、誰も知らない。だから、絶対――誰にも言うなよ」


 バレたらろくな目に合わないことだけは、目に見えている。


『ワームビーストが来た! 君が前衛、我々が後衛』


 ――なーんて馬鹿ばかなことを言う相手が現れるに決まってる。


 前衛? 後衛? 戦場にあるのは前後ろではなく、殺せる敵と守るべき対象で構成されている。

 そんな中で、訳の分からない概念がいねんを持ち出して、殺してはまずい敵が戦場に混ざるのは、たのむからやめて欲しい――これこそがラスターの本音だ。


 そして――なによりも、騎士を辞めた時点でReXに乗らないと決めている。

 学術科に知られても、武術科に知られても――ついでに目の前にいる女に知られても、面倒事が増えるだけであり――だったら、せめて一つだけにしぼりたい。


「ミレアさんとかも知らないのね」

「あぁ、間違まちがってらすなよ」

「わかったわ。約束する」


 真剣しんけんな眼差しで見つめるカンラギに、ラスターは力をく。


「そりゃどうも――じゃあな」

「えぇ、じゃあね。おやすみ」


 そうしてカンラギは、脳波で運転する免許めんきょいらずの車へとんでいった――絶対に問題あるでしょ。それは……

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