第43話 自動運転車

「ここどこだ?」


 エレベーターの降りた先は見覚えのない通路。

 てっきり一階に出ると思っていただけにラスターは首をかしげる。


「ここは地下一階の駐車場ちゅうしゃじょうよ」

「……じゃあさっきの場所は?」

「そんなの地下一階出撃しゅつげき場よ。実際は地下四階ぐらいに相当するかしら?」

「そりゃそうか」


 ReXの収納可能スペースと、普通ふつうの地下一階では大きさがちがう――駐車場ってことは車だし……車?


だれが運転するんだ?」


 ラスターは足を止めて聞く。

 法律には、コロニー毎に決められたものと、国際法という全コロニーが共通して守らなければならないものがある。


 国際法において車の免許めんきょは、十八歳じゅうろくさいになってから取得可能となっている。

 馬鹿ばかでかいコロニーであれば、特別な要項ようこうを作ることで、十八歳未満の運転も可能であったりするが、学生コロニー――スーデンイリアではそんな例外を認めてはいない。


「運転? 私よ?」

「……おいくつで?」

「あら? 年齢ねんれいなんて気安く聞くもんじゃないわ」


 くすくすと笑いながらカンラギがいう――留年していて十八歳と言われてもおどろくが、違うと言われても困る状況じょうきょうで、ラスターはなんと言えばいいのかがわからない。


「あなたの一歳年上よ――大丈夫だいじょうぶ。法律はちゃんと守っているわ」

「ほんとに?」

「私を誰だと思ってるの? 生徒会副会長よ!」

「そ、そうですよねー」


 それって高校二年生ですけど、大丈夫ですよねー。安心ですよねー……ほんとかー?


 き上がる不信感をし殺して、ラスターはカンラギの後ろについていくと、一台の車が置かれた駐車場へと着く。

 車に乗る生徒はもちろん、教職員ですら数名しか車に乗らないため、駐車場のスペースはせまい。


 ちなみにReXに乗れる教職員は、このコロニーに存在しない。


 引退した元パイロットなどはいるが――基本的に卒業すれば元のコロニーに帰る生徒が多いため、下手に粉をかけられるわけにはいかなかった。


 特に部下と上司という関係は、生徒と教師という関係より強大になりやすい傾向があるためパイロットの採用はけられる。

 それでも車ぐらいには乗れるわけだが。


「どう? 似合う?」


 ワインレッドのスポーツカー。

 その車のボンネットの上に乗りながら、カンラギが聞く。


「あぁ、まぁ似合ってますよ」


 ヘッドフォンだけは、どこか不いだが――美少女JKと車の組み合わせ、というより美女×美女車が驚くほど似合っている。


「どこに乗りたい?」

「えっ? えぇっと……」


 ――ボンネットの上はいやだなぁ。

 ラスターが困惑こんわくで返していると、カンラギはニヤリと笑う。


「助手席に乗る?」

「後部座席で」


 つややかで、あまひびくおさそい――を間髪かんぱつ入れずに断る。


「ふーん」


 カンラギはどこか不満そうな声をらすと、勝手に後部席のドアが上側へと開いていく。


「えぇ……」


 まさかのバタフライドア――正面から見ると、ドアを開けた姿がちょうの羽ばたく様子に見えることからついた名前の開閉式である。

 横開きのヒンジドアが一般的いっぱんてきなのは地球史から変わっていないが、どうも彼女はぱっと見普通に見えるが、めずらしいものを好む傾向があるようだ。


 ――いや、冷静に考えて女子高生が車を持っているのは見るからに普通ではない。


 もっと言えば、ヘッドフォンを常時首にかけている女子高生は変である。

 ラスターは内心あきれながら、後部席座に座って体を休めていく。

 肉体的にはそれほどでもないが、直接関係はなくとも――りゃくりすらしていない妄想もうそう産とはいえ、武術科ごときに責められるのは非常に不愉快ふゆかいである。


 まさかたおし切るとは思っておらず――さりとて、最後の技がどんな原理で起きたのか、相談できる相手もいないため、フラストレーションだけがまっていく。


「そういやラスターくんの家って、ここよね?」


 前座席の右側にんだカンラギが、カーナビを操作して、ラスターが答えるよりも早くに目的地の設定をする。


「いや、なんで知ってるんだ?」

「もちろん、私が副会長だからよ!」

「だったらなんだよ……。おれのプライバシーはいったいどこへ……」


 副会長なら何をしても許されると言わんばかりの様子に、思わずぼやいてしまう。


「大丈夫よ。役員以外の学生に住所が漏れることはないわ」

「役員なら知れて当然ってのはどうなんですかね?」


 疲弊ひへいしたメンタルがさらに疲れるのを感じ、ラスターは後部座席をフルに使って横に寝転ねころぶ。


「じゃあ、しゅっぱーつ」


 カーナビを設定し終えたカンラギが、楽しそうに言うと、車は勝手に動き始める。


「しかし――完全自動運転車なんてよく手に入りましたね」


 それもまさかスポーツカータイプとは――そんな車種があること自体驚きである。

 車には免許が必要だが、ハンドルすらついていない自動運転車であれば、無免許で乗ることが可能である。

 もっとも、非常に高額なお値段がかかるわけで――さすがお嬢様じょうさまといったところであろうか。


先輩せんぱいからゆずってもらったのよ」

「無料で!?」

「大体五十万だったかな?」

「それは――」


 譲ってもらったというのか? と思いつつも、完全自動運転車が五十万は破格である。


「留年していた先輩が、買ったものはいいけれど、女の子にられたショックで手放したのよ」


 ケラケラと笑いながらカンラギがいう。

 わけのわからない理由に、ラスターもつられて笑いそうになり――そして、脳内に一瞬いっしゅん残酷ざんこくなストーリーがかび上がる。


「振った女の子って……」


 じーっと半眼で見つめるラスターに、カンラギがあわてふためく。


「なっ! 違うわよ! 私じゃないわ! っていうか、あなたの中の私ってどうなってるの!?」


 抗議こうぎする動きを一つとっても、とても可愛らしいが――やはり、魔性ましょう的な魅惑みわくも秘めているように感じてしまう。


「……腹黒?」

「そんなこと! ……あるわね」

「あるのか~」


 ――知ってた。


「でもね? いっておくけど、これはお馬鹿さんが見栄で買った車で、私が買わせたわけではないのよ」

「そっか」


 ラスターは深く気にしないことにする。

 今の発言を疑っているわけではないが、そもそも私が買わせたわけではないという考え方が普通に出てくる時点で……やはり気にしてはいけない。


「見栄で買った車?」


 カンラギのおそるべき手練手管は一旦いったん置いとくとして、ラスターはふと疑問が思い浮かぶ。


 ……いったい何が、"見栄"なのだろうか?


 女の子にスポーツカーを自慢じまんするために買う男が――自動運転車なんて選ぶのだろうか?


 留年までするお馬鹿――であっても、免許取得は可能であると言えなくもない。

 そしてなによりも疑問は、先程の文句といい、会話といいカンラギは前を向きながら話しているのである。

 完全自動運転車であれば、そもそもカンラギがちゃんと運転席に座る理由もない。


「あの……つかぬことをうかがいますが……もしかしてこれ……脳波で操作とかしてませんよね?」

「? してるわよ?」


 ――だろうなこんちくしょう。


「思いっきり運転してるじゃん!」

「運転するって言わなかった?」


 ――言ってましたね。


「いや、法律は守るのでは?」

「守ってるわよ?」

「運転免許を持って……」

「ないわよ」


 うーん、このなんとも言えない支離滅裂しりめつれつさ。


「ラスターくんは法律を知らないの?」

「十八歳になるまで免許は持てないってことなら知ってますが……」


 実の所、ラスターは車の運転ぐらいならできる。

 緊急事態きんきゅうじたいに備えて、車ぐらい運転できないと騎士きしとして問題ということで、免許が取れるぐらいの操縦スキルと、知識は持っている――なんなら二輪車もあつかえる。

 それでも運転に関する法律の全てを網羅もうらして知っているわけではない。


「ハンドルがない自動で動く車に乗る場合、免許はいらないのよ!」

「そんなわけ……」


 あるかもしれない事にラスターは気付く。

 自動運転車の定義は厳密には決まっていない。いかんせんやっていることは同じでも、方式が様々あるのであった。


 たとえば、車自体に大量のセンサーを取り付けて、AIの自動制御じどうせいぎょによって動かす一台完結型もあれば、車自体を周りで観測することによって、外部からAIで操作するコロニー操作型と様々な種類が存在する。

 だからこそ……完璧かんぺきにこれと言った条件は決まっておらず、あまり厳密に決めてしまうと、新たな方法を模索もさくする弊害となってしまう。


 それでも――


「車検は通らないのでは?」

「意外と詳しいのね……」


 ラスターの指摘してきに、カンラギは呆れ半分、驚き半分といった様子で言う。

 車検とは、車に問題がないかどうか調べるだけでなく、加えられた改造が法律的にだけでなく、常識的にも問題がないかを調べるためにある。


「私は生徒会副会長よ?」

「だから?」

「ちなみに――法律的になんの問題もないわ!」


 ――あー、だめだこりゃ。


 肝心かんじんの常識が欠陥けっかんしている副会長の手にかかれば、直接操縦して運転することなく動き、さらにハンドルなしといった体面さえ取りぜんえていれば合法になるらしい――違法ではなくても悲報である。


「しかし――それでよく運転できますね」


 前を向いているが、運転の動作はしていない。

 ラスターとて、やらされればできるだろうが……子供の運転ごっこみたいな有様になるのは想像できる。


「こんなものは慣れよ――そう言えば、使ったのよね? フルパルスコネクトを。どうだった?」

「……使いやすかったですよ」


 自分の持つ操縦スキルからあっさりえる程ではないが……自分の体が巨大きょだいになったような感覚はなんとも言い難い高揚感こうようかんをもたらしていた。


「それに……」

「それに?」

「それのおかげで助かりました」

「良かった」


 バックミラーしにかがやく笑顔で返されたラスターは、直視できずに目をらした。

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