第41話 夜明けまでの日々

きらいだ」


 あいつらは嫌いだ。


 ボーとしながら、ラスターはあふれる不満をらす。


 どちらが悪いのか?


 物事にははっきりとは言えないことがある。


 ラスターと武術科の折り合いは非常に悪いが、どちらに原因があるのか? ――たがいに相手が悪いと答えるだろう。

 入ってきて早々騎士きしだのなんだのと、自分たちより上の地位をあてがわれたラスターに、嫌悪するものはいたが、全ての人間に嫌悪されていたわけではない。


 お兄さんやお姉さんとして、中高生の武術科生徒達はラスターを可愛がっていた。


 くわしい事情はだれも知らなかったが、いきなり別コロニーから連れて来られた男の子が、姫様ひめさま我儘わがまままわされたであろうことは想像にかたくない。

 そうして、先輩せんぱいとしてReXについて色々教授し、実力を見るためにザファールに乗せた――乗せてしまった。


 ザファールとはReXのシミュレーターであるが、搭載とうさいされている設定に、つるぎ項目こうもくは存在しない。

 それに乗ったラスターを、彼ら武術科の人たちはとなえた――センスがあると。

 射撃しゃげきセンスは残念どころか壊滅的かいめつてきであったが、ReXの操作に関しては、武術科の中でも光るものがあった。


 それでも、スコアの算出方法はたおした数によって行われる。

 年齢差ねんれいさを考えればある意味必然で、くやしがるラスターのことを、向上心の高い子供ぐらいにしか見ていなかった。


 そうして、武術科の生徒はラスターに心を開いていき――ラスターは武術科の生徒を激しく嫌悪していく……

 当時六歳ろくさいのラスターは、姫からのお願いを一も二もなく了承りょうしょうし、誰の許可も――ワームビーストに襲われたどさくさに紛れて、親の了承すら得ないまま騎士になることを決めて、ホイホイと新天地に移り住んだ。


 ちょっとしたきっかけと、ラスターの暴走、そこに姫の独断が加わり、さらにはなぞに高い操作技術が、真っ当な大人の意見を全て遮断しゃだんしてしまった。


 つまるところ、この新天地――トリヴァスでは、彼の保護者と呼べるものは姫様しかいない。


 そして、その関係は騎士という地位によって成り立っている。

 ラスターの騎士たる条件は、若さと実力であった。


 血筋と実力によって選ばれていた騎士は、姫の父親より歳上のおじさんであり、当時の騎士並みの実力を見せた、同年齢のラスターへ姫は無邪気むじゃきにお願いしたのである。


 しかし、武術科の好意によってザファールに乗せられたことで、実力の低さを露呈ろていしてしまった。


 同年代というアドバンテージがあっても、実力が低いのであれば騎士の道は閉ざされる。

 幸か不幸か月日が一年も経たないうちに、ラスターはReXに乗って、剣による実力を披露ひろうする機会を手に入れた。


 つまり――それはこれまでの雪辱せつじょくを果たす機会を手に入れたわけでもある。


 これまで嫌がらせをしてきた雑魚VS自分より年下の生意気なくそ餓鬼がき


 そもそも、毎回毎回ザファールのスコアでマウントを取られた――見方の問題もあるが、雑魚風情に講釈こうしゃくをされるのは非常に不愉快ふゆかいである。

 それがたとえ親切心によるものだとしても、立場をなくす原因足り得るのだから当然であろう。


 これまでに受けた嫌がらせに対し、実力と一緒いっしょにくしみをす行動――生意気な餓鬼に、恩をあだで返されたように感じる武術科たちも嫌悪感を持ち始める。

 修正不可能な憎しみ合いの関係も、永遠には続かない。


 二年もすれば、進学や退学に加えて、学術科からの転向など、武術科と呼ばれた人は半分以上が代わっていく。

 そして、その間も実力を出し続けたラスターに対しての評価も、世代と共に移り変わる。


 ただ、それでもラスターは変わらない。


 時間が経っても、場所を変えても――武術科は嫌いであった。


「最悪だ……」


 そんな嫌いな武術科が、ワラワラといる場所に向かうなんて……

 なんのために戦ったのか? であれば、友のため。

 しかし、なんで戦ったのか? であれば、それは武術科の人間が弱いからである。

 あいつらが強かったのならば、こんな苦しい思いをする必要はなかった。


「くだらないことを考えてたら、腹減った……」


 手持ち無沙汰ぶさたのため、食欲が顔を出す。

 どれだけ考えようとも、夜明けの騎士と武術科は反りが合わない。

 すれちがいとか、勘違かんちがいの次元ではなく、今となっては武術科とは根底から考え方が違うのである。


「おっ、マジであった……」


 欲望に素直になりながら、現実逃避げんじつとうひねてコックピット左側に設置されているサリーボックス――ふた付きの小物入れの中を探ると、放置されていたお菓子かしを見つけ出す。


「水まで……って両方とも期限切れかよ。まぁいいか」


 お菓子をあけるとにおいをぎ――異常がないか確認するとかじる。


「美味いな」


 しっとりとしたチョコ生地が、すんなりと歯を受け止め、中に入ったウエハース――のような、違うような感じのする、パリッとした何かは程よくあまい。


 そして――のどかわく。


「ぷはぁ。ん?」


 味の保証されない水をありがたく飲むと、ReXの稼働かどうに変化が起きる。


「あぁ、待機モードか」


 消費エネルギーをおさえるため、モーターの回転がゆっくりとなる。

 戦闘せんとうをすぐに開始できる状態ではあるが、一定時間放置していると変わり、そして外を映していた一部モニターは待機画面へと変わっていく。


「へぇー」


 男と女の――カンラギと誰かが写ったツーショットが待機画面に表示される。

 この機体は改修されている――となれば、男側はヴォルフコルデーの乗り手であった元一番隊隊長……なんちゃらかんちゃらであろう。


「そういや、専用機か……」


 専用機の乗り手――トリヴァスでは、待機画面に好きな相手を設定するという習わしがある。

 守る必要などないが、ラスターも姫様の写真を選んでいたりしたものである。

 スライドショーのように何枚か画像が流れていき、部隊の集合写真などが表示されるが、全般的ぜんぱんてきにカンラギとの写真が表示された。


「好きなのか? ……いや、互いにか?」


 つやのある細長い指で、写真の男を愛おしそうにでていたことを思い出す。


「こいつに負けたのか……結局誰だ?」


 カンラギいわく、ラスターに勝ったことを自慢じまんしていたらしいが、あいにく心当たりがまったくない。

 負けた相手は大体覚えている――なのに思い出せないのは、本気で戦うに値しなかったからであろう。


 負けた言い訳としてはみにくいが、ブリュンセルとして次世代――相手は年上だが、そんな相手の育成も仕事である。

 本気出して、ぶちのめせば良いわけでもない。

 負けてやることはないし、見どころがある相手ならば、負ければ屈辱くつじょくを覚えるため忘れない――つまり、負かされるぐらいには強いが、簡単にねじれる程度なのだろう。


 覚えのない人の忘れ物を口へ運び、齧った中身は――


「なっ!? おえ、ゲホッゲホ」


 驚愕きょうがくと共に気管に入って、思いっきりむせる。


「うそ……だろ……」


 未だゲホゲホとせきをしながらも、食い入るように画面を見つめる。

 そこには、剣を下賜かしされている男――自分より弱い相手が姫から剣をわたされていた。


「どういうことだ!」


 見た目的に中学生ぐらいだろうか?


 あらい息を吐きながら、食い入るように見つめる。

 場所はトリヴァスの――ラスターにも馴染なじぶかい場所であった。


「そんなこと……そんなこと、あり得るものか!」


 激しい苛立いらだちが身をがし、いかりに体がふるえ始める。

 画面にかぶりつきそうなほど身を乗り出しながら、自身の想像は間違いである証拠しょうこを必死に探していく。

 

 そして――

 

「……違うか」


 その写真が、決して騎士の位を拝借している場面ではないことに気づく。


「よく見ればこれ……ただの授賞式か」


 嫉妬しっとつぶされそうな怒りは、なんとか落ち着いて呼吸ができるまで引いていく。

 しかし、冷静になった頭に、これまであえて考えないようにしていたことが――新たな騎士が任命されていてもおかしくはない現実に気づいてしまう。


「あぁ、くそ!」


 知ってはいたけど、目をらしていたことを強烈きょうれつに呼び覚まされて、さびしさがおそう。

 邪魔じゃまな敵――武術科をった時に、ラスターは気づいてしまった。雑魚を倒す快感と無駄むだ気遣きづかいによる制限が取っはらわれる快楽に……


 ReXの搭乗者を殺さないように倒すことなど、あれほどの弱者相手なら造作もないことである。

 遠慮えんりょ無用で邪魔する相手を、配慮をしながらでも破壊したい。目障りだし邪魔だし、なにより――楽しい。

 じゅうで撃つ程度なら、特に実感することなく撃てる。

 ザファールだと――一昨日のカンラギに無理矢理乗せられたシミュレーターなら、快楽におぼれるのをなんとか防げた。


 それでも直接攻撃ちょくせつこうげき――タックルやしたりすれば、雑魚をいたぶる快楽が脳を支配し、敵味方関係なく、おもむくままに雑魚りへとさそわれてしまう。


 そんな状態であることが嫌で――嫌だと思っているのに我慢できずに暴走する。

 敵が強かったり、手を出さずにすめば――あるいは、戦いに集中ができない状況じょうきょうならば、くるうことはなく戦えるが、だいたいどれにも当てはまらないことの方が多い。

 武術科の連中が、みんな一騎当千の強者であれば問題ないのに――元とはいえ、トップがこれでは駄目そうである。


「そういや、死んだのって半年前だっけ?」


 ――なんかそんなことを言っていたような?

 カンラギから聞いた曖昧あいまいな話が、ラスターの記憶きおくを刺激する。


「思い……出した!」


 戦った記憶など全くないが、半年前に死んだ武術科となれば、心当たりがある。

 当時、死んだ仲間のためにと、武術科が見舞金みまいきん徴収ちょうしゅう躍起やっきになり、やけに強い当たりで金を巻き上げられたことは未だに覚えている。


「一生忘れていたかった……」


 あまりに横暴な、それでいてめずらしい出来事ではあったため、完全に忘れることはできない。

 額の問題――というより、あれほどの嫌がらせをしておいて、ワームビースト相手に自分が出張る羽目になったというのが相当キツい。


 いや、そもそも本当に自分が出る必要があったのだろうか?


 乗りたいだけ――ただずかしい自惚うぬぼれれの可能性に背筋がこおる。


 ブラックホールランチャーと二十機ほどの肉壁にくへきがあれば問題ないのでは?


 一発で倒せなくとも、自爆装置じばくそうちあたりを使って採算度外視の運用をすればどうにでもなるのでは? 人類の兵器は日々進歩しているのだ!


「もしかして――早まった!?」


 全滅して対処法がなくなるのは困るため、しゃしゃり出た真似を決意したのだが……


 いやはや、採算度外視のツケは、いたいけな学術科を搾取さくしゅすることによって成り立つのである。


 それを回避するために! ……だとしても、その程度のことに自分の命を散らす可能性に身を投じべきなのだろうか?

 武術科の仕事では? なんで自分が? という心からき上がるツッコミに必死こいて目を逸らす。


 ピー


 幸にして、計器が音を鳴らしたおいんで、気づいてはいけない内容に向き合わずにすんだ。……か?

 計器音がひびく理由を調べると、光源がチカチカと当たっていることだと表示される。


「……モールス信号か」


 くだらないことでもだえている間に、コロニー近くまで飛んでいた。

 宇宙で音は通じない――そのため、連絡れんらくは電波か光になる。

 基本は電波による音声通信だが、ReX乗りとしては一応優秀ゆうしゅうであるラスターは、機械を通すことなく、内容を理解できる。


「つ――う――し……通信ねぇ」


 もっとも、機械の方が早く正確に読み取り、すでには答えが表示されているわけだが。

 このままうだうだとしていても意味はない。

 コロニーにもどる以外の選択肢せんたくしがない以上、ラスターは渋々しぶしぶと通信機のスイッチを入れる。


「こちら、ラ――」

「ラスターくん、大丈夫だいじょうぶ?」

「あぁ。いやっ、おまえ! 誰が、なんだって!」


 いきなりされた名前呼びに、ラスターが焦りながら怒鳴る。

 もし三秒ぐらいカンラギの反応がおそければ、自分でラスターだと漏らしていたことを棚上たなあげにしているのは置いといて。


「ふふっ、大丈夫よ」

「あっ?」

「今ここには、私以外誰もいないから」

「……うそだろ?」


 未だ戦闘態勢のはずであり――そんなことがあるのかと驚く。


「ごめんね? 申し訳ないとは思ったのだけど、戦いが終わってみんなつかれてたし――それに、あなたのためにもその方がいいかな? って思って」

「いや、うん。ありがとう」


 申し訳なさなどカンラギ側にありはしないが、後者の言い分はもっともである。

 ラスターとてありがたいため、矛先ほこさきを収めて感謝する。


「ハッチ、開けとくから来てね?」

「う、うん――はい」


 優しい物言いに間抜まぬけな返事をしてしまったラスターは、なんとか取りつくろうと開いたハッチへ帰投した。

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