第36話 サブバッテリー

「よっと!」


 目の前の敵を切り飛ばしながら、メニュー画面に指をれる。


「クソが!」


 そのまま順調に慣性り――勢いに任せたまま敵を両断していたのだが、ヘルプに入る前に側面から敵がおそいかかり、それを返り討ちにする。


「んー、ReXや、燃料がなきゃ、ただの的」


 状況じょうきょうに反して余裕よゆうがあるラスターは、辞世の句をうたい始める。

 この界隈かいわいでは似たようなことがよく言われる上に、季語もないが――そもそもコロニーに季節感なんてものはない。


「あっ?」


 人生に見切りをつけ始めていると、ReXが勝手にインストールを始める。


「えっ? なになにどうした!?」


 普通ふつうそんなことはありえない。

 問題なく操縦はできるため、特筆して不都合なわけではないが、残りバッテリーがあやしい状況で一体何事かと警戒けいかいを強める。

 そして、数あるモニターの正面下側にひどくノイズが走ると、クスクスと言った笑い声がひびく。


「これ……は……?」


 まさにホラーといった感じであるが、ラスターは死の恐怖きょうふですら平然と受け入れる神経を持っている。幽霊ゆうれいごとき本当にいたところで怖くない。

 ザーッと走るノイズが引いていくと、ラスターは先程の恐怖体験より本当に恐ろしい――カンラギの姿に背筋がこおる。


「なっ、なんのつもりだ!」


 このタイミングで助けを求めるのではなく、約束違反いはんを責めるのは、かなりじ曲がった筋の入り方をしている。

 もっとも、自ら連絡れんらくを取ったのならいざ知らず、こちらの状況が分からないはずなのに連絡が来るのは、大概たいがいろくな要件ではない。

『はぁい』

 モニターに映るカンラギは、ラスターのいかりを意にかいすることなく、にこやかに笑って手をってみせる。

 優しい表情の中に、どこか他者を射抜いぬするどい眼差し。


「似合わんなぁ……」


 非常に美麗びれいな女性だと思うのだが、ピンクのヘッドフォンをしている姿は、どこかチグハグに感じる。


『見えてるってことはうまくいったようね』


 ニヤリとうれしそうに笑ってカンラギがそんなことを言う。


「それで、なんのようだ」


 こっちは大変だと言うのに、なんの要件があるのかと、不愉快ふゆかいな様子をかくすことなく聞く。


『あなたに新しい力を上げるわ』


「……はっ?」


 スパッと目の前のワームビーストは割り切れても、現状は割り切れない。


「どういうこと?」


 いきなり現れて意味の分からないことを言うカンラギに、ラスターは首をかしげる。


『あなたにはもう言ったかしら? パルストランスシステムのことを』


 したり顔でされる脈絡のわからない話に、ラスターは戸惑とまどう。


『同期が完了かんりょうしたの。ふふっ、これであなたも私と一緒いっしょね』


「どういう……意味だ?」


 ヘッドフォンをさすりながら、どこかつやかしく説明されるが、話の内容はさっぱりわからない。


 だが、困惑するラスターを置いてけぼりで、話は進んでいく。


『新たにできたパルスの項目こうもくすと、二つのコマンドがでるわ。フルパルスコネクト。そしてシンクロアシストよ』


 さらにたたみかけられる、訳の分からない単語の羅列られつに頭痛を感じるが、ようやく理解が追いつく。


 内容にではなく状況に。


「録画か?」


 こちらに対して反応らしい反応をせぬまま、一方的に話し続ける姿に加え、どこにいるのかもわからぬ背景である。

 録画らしく――録画かどうかの言及げんきゅうに、返事はないままカンラギからの話は進んでいく。


『フルパルスコネクトは脳波によってReXを自在にあつかえるようになるわ。本能的に、思うがままに戦って見せて。でも、脳を通さない反射的な行動には注意が必要よ』


「自在に……」


 脳波による操作――彼女いわく、パルストランスシステムとやらをラスターが見たのは、今日初めてのこと。

 まるで魔法まほうかと見紛みまがうほどの、万能感――そのために押し通したであろう多数の我儘わがままはドン引きであるが、それでも興味は引かれる。


 冥土めいどの土産とばかりに、フルパルスコネクトと書かれたボタンに触れていく。

『そして、シンクロアシストは――』

 ラスターの行動を気にすることなく、カンラギは説明を続けている。

 副会長であることを思えば、時間は取れてもひまとは思えない。

 そんなカンラギが話をしている場所――背景や音声からは、人の気配がなく、見覚えもない場所である。録画かどうか半信半疑だったのが確信へと変わた。


「たくっ、おれじゃなきゃ死んでるぞ?」


 レバーを引くことなく後ろに手を振ると、それに合わせてReXもけんを振り、背後へとせまってきていたワームビーストを切り飛ばす。

 脳波のみを特定の人物に限定することで、精度の高いシステム運用が可能……らしいことを言っていた気がする。


 くわしい原理は分からないが、脳波の個人データが読み取り――同期とやらが終わると、自動的にシステムが作動し、録画を再生するように設定してあるのだろう。

 相手の状況に関係なく勝手に再生して、気を散らさせてくるのは、わな以外の何物でもない。

『あなたの健闘けんとういのっているわ』

 録画しの画面からでもドキッとさせられる艶やかな名残りを残して消えていく。


「祈られてもなぁ……」


 ステップをむように前へと移動し、振り向きざまに敵を斬る。


「やばっ」


 ワームビースト相手に危機を覚えたことはない――だが、目下の危機であるバッテリー残量はさらに危険域へと達していた。

 20%からバッテリー消費に気を使い、つい先程まで14%だったというのに、フルパルスを使用してからすでに7%といった始末である。

 機能を止めるためにタッチパネルに手をばしながら、飛んでくるエネルギーだん回避かいひしていく。


「いや……そうか」


 カンラギがしていたように、歩きながらなんの素振りも見せずに脳波で操作するような器用な真似をラスターは出来ない。

 しかし、これを作ったのはそんな凡人ぼんじんを置いてけぼりにする天才である。


「これで!」


 右手でメニュー画面からヘルプへと移行しつつ、左手に構えた剣をそのままに動かさないようにして、ブーストによる移動を脳波によって行う。

 ReXは基本的に、やれることが増えるほどレバーなり操縦桿なりが増えるという、当たり前にして最大の欠点をかかえている。


 パイロットの力量は、その増えたレバーをいかに適切にさばき切るかが求められるのだが、フルパルスコネクトでは、動きたいと思う方向に動き、ちたいと思う方向へ銃口じゅうこうを向け、振りたいと思う通りに剣を振るうことが出来る。

 剣を振りながら、更にメニューを操作するといった芸当は不可能だが、そんな不可能を気にしない天才様の設計のおかげで、脳波によるReXの操作とメニューの操作を、同時並行することが可能な作りになっていた。


 メニューを操作することで、ReXの右手が不審ふしんに動くことになるのはシュールだが、迫りくる敵をブーストの慣性によって剣で切れば済むので、ラスターはなんとかヘルプ画面から目的の情報を見つけ出すことに成功する。


「残り4%……大丈夫だいじょうぶか?」


 フルパルスコネクトやらを解除して、レバーでの操作に変えると、戦艦せんかん級のワームビーストから距離きょりをとっていく。

 たおしても倒してもワームビーストを生成し続ける戦艦級の近くにいれば、これからやることに対して、危険が増えるだけである。


 もっとも、距離を取れば敵が居ないわけではなく……どれほどの知性が備わっているかは不明だが、ReXを見て強そうとは思わなくても、大量に殺された仲間を見て危険だと判断する知性ぐらいはあった。

 そうして距離を取っている団体に近づくと、ビームソードをらして一掃いっそうする。


「見つけた!」


 そのおくに隠れたワームビーストへ近づこうとすると、システムがダウンしてサブバッテリーが起動する。


「あっぶないな、おい」


 システムダウン――では厳密になく、サブバッテリーによる稼働かどう特有の制限が入る。

 つまりReXのてのひらから送電が出来ないので、ビームサーベルが起動しない。

 残り2%でサブバッテリーにわることなんて、ラスターは知らなかった。


 シュバルツクロスにはそもそもサブバッテリーを積んでおらず、移行するタイミング自体ReXによって様々さまざまである。

 てっきり0%での移行と思っていたが――どちらにしろ、目の前にいる残り一体を処理するのに、ビームが出なくても問題ない。


 ワームビーストが体を不気味に揺らして近づいてくるが、下手くそな銃では命の危機だが、剣であれば問題なかった。

 実体剣を振って見事バラバラに解体すると、向きを調整する。


「こっち来るなよ……」


 これ以上はもう対処しきれない状態である。

 そのことを理解できるワームビーストではないが、飛んでくるエネルギー弾はかなり恐怖であり、近づかれるとひとたまりもない。

 それでもエネルギー残量的に、どうしようもないラスターは当たらないことを前提に行動へと移す。


 ヘルプによって確認したバッテリーボックスの開け方に沿って、右側と左側の両方のレバーをゆっくりと内側に向けて倒してから中に押し込んでいく。

 電気で運用されている六世代型と違い、七世代型ではワームビーストのエネルギーコアにあるエネルギー――生体電流をそのまま利用して稼働している。


 七世代型に乗ったパイロットがバッテリー切れにおちいり、宇宙で彷徨ほうこうっていた時、偶然ぐうぜんあったワームビーストの死骸しがい――エネルギーコアが綺麗きれいに残っている体から、中身を引きずり出して給電したという武勇伝を聞いた覚えがある。

 現状、そこまでの余裕はないので、小刻みに動いてビームを回避しながら、腹のあたりにあるバッテリーボックスを開いて、エネルギーコアだけになったワームビーストを抱え込むように取り込んでいく。


 グジュリと響くなにかをつぶした音が響き、ジェル状の体液が箱かられ出しながらも、ふたを閉める。


「これで! どう……だ……めか?」


 相変わらずコックピット内部は暗く、充電じゅうでんができた様子はない。


「くそ! たのむぞ」


 機械の調子が悪い時は再起動という、電子機器が生まれてから現代にまで続く鉄則に従って再起動をすると、サブバッテリーからの給電が再度開始される。


「……もう一回」


 再度電源を落として、そして付ける。


「……ヤベェ」


 とうとうサブバッテリーからの起動すらしない。


(まぁサブバッテリーで起動していた所でどうしようもないから、被害ひがいとしては同じだな)


 意味のわからないポジティブ思考で現実逃避とうひをしていると、直撃コースにビームが飛んでくることをさとる。


「それはまずい!」


 コックピットから立ち上がるとかべに向かって突撃とつげきする。

 そして反動によって後ろに飛んでいくも、椅子いすに手をかけて体を捻って、別の場所へと体をぶつける。


「うおっ」


 エネルギー弾がReXにあたる衝撃しょうげきに、ラスターは動揺を漏らす。

 シートベルトをせずにエネルギー弾にあたると衝撃が大変なことになるが、内部で暴れたおかげで、コックピットに直撃するコースから少し外れることができていた。


 稼働していない状態で、そんなところに当たれば大ピンチ間違いなしだが、ReXの体の向きぐらいは変わったおかげで、足回りの損害だけで済んでいる。


「結果オーライってやつか?」


 衝撃によって、給電がうまくいったのだろうか?

 ふーふーと息をきかければどうにかなるカセット時代はとうに過ぎたというのに、ワームビーストからの熱烈ねつれつ吐息といきで、ReXが起動を果たしてくれた。


「これはあれか……中身を取り込むべきであって、皮ごと取り込んだのが失敗か」


 皮を取り込むことで、中のジェルがうまく取り込めなかったのであろう。

 では、中身だけを取り込むべきであったのか? と言われれば難しい所。

 生体電流を帯びたジェルは皮をげば飛び散るため、回収が難しいという点だけでなく、宇宙にただよちりほこりもばんばん回収してしまうことになる。


 ワームビーストから直接エネルギーを補充するというのは、第十世代における基本コンセプトであるが、そのためにジャックテイルが付いており、バッテリーボックスにそのままエネルギーコアを入れるわけではない。

 

 それはつまり――

 

「二回目同じ事はできない……それどころか……」


 ラスターは最初の段階で帰投しなかった罪の重さを理解してしまう。


「バッテリーボックスがここまでよごれてしまったのなら……次の給電にかかる時間はとんでもないことになるのでは?」


 七世代型の一番の利点は、エネルギーコアの中身を投入できるため、給電速度が速いことである。

 そんな利点も、バッテリーボックスを勝手に開いて、皮だの塵だの――そして、マイクロワームビーストの死骸だのをんでしまえば意味はない。

 

 バッテリー残量――68%

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