第35話 バッテリーの受け渡し方

「いや、あれ? そんな……」


 本来、運んだエナジーバッテリーを、ワームビーストより早く気づいたラスターに回収してもらうつもりだった。

 だというのに――ラスターはワームビーストのふところもぐんで戦っており、今送り届けても、エナジーバッテリーがラスターの手に届く前に、ワームのえさになってしまう。


 当然、バッテリーの危機にラスターが距離きょりをとってげてくれたのなら、送れるわけだが……そんな気配はない。


「そうか!?」


 バッテリーの警告が20%で行われるのは、そのタイミングであれば、撤退てったいが可能だからである。

 一般いっぱん的にワームビーストとは距離をとって戦うものだが、ラスターは内部に深く潜り込み過ぎてる上に、どうせ救援きゅうえんがないのだから逃げて殺されるぐらいなら、最後まで戦って死ぬというスタンスを取っているため、助けることが出来ない。


 歯痒はがゆい思いにカンラギはくちびるめる。


「無理矢理コンタクトを取る?」


 手段はある。彼の動きは随時ずいじ監視かんししており、実際に内部でのキーボードの入力は、こちらからでも行える。


 そこで、救援があることを告げれば――


「告げたら約束をちがえたことになってしまう」


 手をにぎめ、カンラギはその考えを打ち消す。

 盗聴とうちょう盗撮とうさつも、バレなきゃいいの精神であり――バレたら駄目だめなのである。


「だったら、エナジーバッテリーをシズハラにでも運ばさせる? 馬鹿ばかな! そもそも約束違反じゃない」


 こちらは恩を作る立場である――あださらすわけにはいかない。


「じゃあ、見捨てる? それはいや……」


 せっかく見つけた手付かずの原石――いや、加工済みの宝石。あきらめるだなんて……


「そもそも、ジャックテイル……ってなに?」


 それ以前に、この状況じょうきょうをどうにかできる第十世代ReXというのが意味不明である。

 カタカタとキーボードをたたいて、過去に参照したシュバルツクロスの情報を引き出す。


「これって……こんなの使えるものなの?」


 当時は気にも留めていなかった部分が、わかりやすくまとめているレポートを見つける。

 理論上、エネルギー切れが起こらない永久機関――たおしたワームビーストのエネルギーコアに、プラグを直接差し込んでエネルギーを吸い取る方式。


 そんなことを戦場でやる余裕よゆうがどこにあるのか? そもそもエネルギーコアをこわさないように倒すことって可能なのか?

 いや、可能だからこそ使っているのだろうし、そもそも武術科を殺さずにReXを破壊してのける技量があることは確認済みである。


「これが三日三晩にわたって、夜明けの騎士きしがワームビーストを討伐とうばつできたカラクリってわけね……」


 信用していると口では言いながらも、それでも心の底からとは言い難かった。

 相手の力量を正確に理解しているわけでもなく、どれだけ勘違かんちがいがあったとしても、自分ははじをかくだけで済むように――命でつぐなうことがないように立ち回っていた。


 けれど――今回の戦いで実力を知ってしまった。


「ここで、諦めるなんて……」


 自分の物にしたいのであれば。決して失うわけにはいかない。

 命も――そして、信頼しんらいも。

 この二つを守りながら、彼の手助けをする――その方法がわからない。


「どうすればいい? スカイミュールを二機用意して時間差で突撃とつげきさせる?」


 そうすれば……彼の実力なら二個目を手に取れる。

 だが、ここまでの独断を不信感をいだかせずにできるか? ラスターから見ても、整備班から見ても不自然さが残る。


「どうすれば……」


 カンラギが苦悩くのうらしていると、ヘッドフォンからは同じく悩みを――ラスターがあっけらかんとした様子でつぶやいているのが聞こえる。

『どうしよう?』と言いながら、敵をスパスパと切り続けているReX――同じ仲間であるはずの武術科を、敵認定してりかかるくせに、なんだかんだで命は取らない。


 そんな、超絶ちょうぜつ技巧ぎこうほこ行為こういよりも、さらに異質な行為に思える。


「悩みながらだというのに、当たり前のように戦えるのね……」


 消費電力をおさえてどうすれば助かるのかと考えながら、バッサバッサ倒し続ける実力があることにこれからの願望が漏れる。


「欲しい……」


 助ける方法はまだある。

 だが、それをしてしまえば信頼を失う――それでも。


「ごめんなさい」


 論点をすりえて行う卑怯ひきょうな監視行為。


 バレないために見殺しにして、今回のことをだれにも言わない――それこそがラスターとの約束であり、願いである。


「今度は十世代に改造してみせるから……だから……許して」


 勝手に作った借りを返すという……身勝手な懺悔ざんげをしながら、携帯けいたいに手をばす。

 ゆっくり一呼吸入れて、カンラギは救援のために武術科へ連絡れんらくを入れようとする。


「ん?」


 なぜかUIに文句を言い始めたラスターに、カンラギは手を止める。


「なにを……探しているの?」


 ヴォルフコルデーと同期したPC画面が、メニューを開き、そして閉じるをかえす。

 意図が分からずテレビ画面に目を移せば、ヴォルフコルデーも不自然に止まっては動いてを繰り返している。

 動く理由はワームビーストがおそってくるから、止まる理由は――


「メニュー画面を操作したいの?」


 だったら代わりに自分が――と考えてやめる。

 結局見ていることがバレることには変わらない。

 そして……


「ヘルプ? ヘルプが見たいの?」


 たまにヘルプを開くのだが、やはり閉じる。

 操縦をすると同時に、メニュー画面がデフォルトのレーダーへともどることを思い出す。


 メニューをいじっている最中に敵が近づき、画面を戻す余裕がないまま、事故になることが起きるための措置そちであるが……そもそもヘルプにしてもメニューにしても、本来戦闘せんとう中に見るものではない。


 しかし、事前にReXの勉強をいくらしていたところで限界があり、一番多い例では、戦い終わった後にコックピットの開け方を迷う人が多かったりする。

 緊張きんちょうけると同時に、記憶きおくも抜けてしまうのか、そういう時にヘルプに沿って操作することで落ち着くのだとか。


変更へんこうする?」


 ここからでもUIに手を加えることなど造作もない……が、不信感を持たれかねない。


「落ち着きなさい――なぜヘルプを見たいの?」


 それはラスターが、そこに解決策を見出したから――か?

 いや、きっとそうである。というか、この状況で違う場合まで考慮こうりょしていられない。


「ヘルプを見れば問題が解決する。なら、どうやって見せる?」


 操縦しながらではメニュー画面にれられないのなら、操縦せずに触らさせればいい――が、ワームビーストがやってくるせいでそれもままならない。


「だったら……操縦しながらメニューを触らせる?」


 自分でも何言っているのか分からない疑問――ではなかった。


「あるんじゃない?」


 だって――なぜならあれは、カンラギが望む全ての技術をんだ逸品いっぴん


 十世代型といった極一部の天才にしか、乗る価値を見出せないReXではないが。改造されくしたヴォルフコルデーも、違うベクトルで中身はやりたい放題している。


「ねぇ、あなたの力、余すとこなく全て教えて」


 もし使いこなせないのなら、その時はその時、期待外れということである。

 どこまでも我儘わがままで身勝手なことを考えながら、妖艶ようえんな笑みをかべていく。


「じゃあ……いや、その前に」


 いそいそと制服を着て、ピシッと決める。


「ヨシ!」


 ヨシ! ではない。

 上半身は完璧かんぺきな美人だが、下半身が下着丸見えのままである。

 もっとも、本人以外に見れる人はいないのだが、バレなきゃヨシ! の精神を遺憾いかんなく発揮しながら、ヘッドフォンをかける。


「期待してるわよ? ――私の愛しい騎士様」

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