第32話 雑魚狩り

「静かだ……」


 ラスターの横暴な意見により、管制室は大れの模様だが、空気のない宇宙は静かである。

 無音というわけではなく、ReXの駆動くどうモーター音などは聞こえるが、それでも静かである――誤算によって、体のふるえる音がひびいていたとしても。


「まさか……まさか、ここまでとは」


 当時からすでに五年以上経っていることを思えば、ありえない話ではないかもしれない。

 この機体が――当時乗っていたシュバルツクロスと同等の出力を備えたハイスペック機だなんて……


「ありえないだろ」


 大は小をねるというべきか、性能をしばりながら使えば、この機体はだれであっても使うことはできるだろう。

 しかし、十全に使おうとすれば、このヴォルフコルデーを使いこなせるものなどまずいない。


 才能を秘めたものならどこかにいるのかも知れないが、その才能を開花させたものは片手の指どころか、うでで数えていいぐらいである。


「なんで、専用機の性能をパクるかな……」


 あの手のマッドなやつらが考えている事は大体わかる。

 この感触かんしょくから見るに、どうせ能力を上げるなら、現存最高峰さいこうほうのReXを参考にしようとか思ったのだろう。

 だとしても、それを実行できてしまうあたり、とんでもない奴らだが……


「はぁ……」


 これからを思えば、嫌気いやけがさす――恐怖きょうふに震える男が乗ったReXに二体のワームビーストがやってくる。


「ちっ、来るなよ!」


 殺気を混ぜて威圧いあつするが、生身ならまだしも、ReXしでは意味がない。

 ワームビーストは乗っている機体がどんな形であるかなどを気にしたりはしてくれないのだ。


 シャープに作られたかっこいいフォルム――隊長機やエース機の見栄えが、特に良く作られる理由は、鼓舞こぶする時の士気を上げるためである。

 それに隊長機を一箇所かしょに集めた出撃しゅつげき場所で、ミーティングを行うのには、こんな機体に乗ってみたいと思いや、あこがれによるやる気を引き出すためだと知った時は、不覚にも苦笑した。


 元は量産機ながらも、頭のネジがぶっ飛んだ奴らによって、中身も、側も大幅おおはばな修正――ないしは自己満足によって大きく生まれ変わっている。

 しかしながら、そんな努力も人間の感情を動かすかてにはなっても、ワームビーストから見れば、等しくえさに見えるようである。


「雑魚のくせに……」


 アクセルをみ、レバーを引いて機体をひねる。

 ぐるりと周る無軌道むきどうな動きに、中にいる人間の存在を考えないGが容赦ようしゃなくかかるが、ラスターは気にする事なくけんっていく。


 手をばすように向けた剣先に、やってきたワームビーストは二体とも、あっけなくバラバラにかれる。


「あぁ、ホントイヤダ」


 この感触、この気持ち。


「雑魚りなんてさせるなよ――」


 そのせいで――ReXには乗りたくない。


「ほんと気分悪いなぁ!」


 雑魚を切り刻む、快楽と興奮。戦いけの日々ひびの中――とあるきっかけで目覚めてしまったこの喜び。


「なんで、そんな弱いんだよ!」


 せまり来るワームビーストを切り落とす悦楽えつらく


「弱いものイジメみたいじゃないか……」


 不満をつぶやく口振りの割に、ラスターは自分が心の底からき上がる愉悦ゆえつに、まれていくのを感じる。


「だからほんと……戦いたくなんかなかったのにいいいい!」


 こちらに向けて飛んでくるエネルギーだんをひらひらとかわしながら、わらわらウジャウジャと現れるワームビーストをバッサバッサと切り落とし、それにきると、合間をうようにして飛んでいく。


「だから――死ね!」


 四方八方にワームだらけといった恐怖体験の有り様であるが、そんなことを感じるわけもなく、ラスターはヴォルフコルデーをその場で一回転させながら剣を振る。


 ビームソードの軌跡きせきがドーナツのような円をえがいてらぐ。


 音のない空間でまばたく間にワームを切り裂き、死骸しがいに変えた空間から離脱りだつする。

 そして、別のところでたむろする雑魚共の密集地帯を見つけると、そこへ向かって飛んでいく。


 けの駄賃だちんとばかりに道中のワームを切り飛ばし、さらには実体剣で切った時の反動や、敵を踏み台にすることで推力へと変えながら、目的の場所へと向かう。


 次から次へと補充ほじゅうされるワームビーストを躊躇ためらうことなく殺しくす。


おれの戦場に――雑魚はいらねぇ!」


 そのまま飛び込んだ密集地帯の雑魚を五十体――喜びに身を震わしたまま、あっさりと虐殺ぎゃくさつひろげるのであった。



「さてと、どうなってるのかしら……」


 るんるん気分のハイテンションで、カンラギは生徒会室へと向かう。


 技術家と操縦士のはしとしての役割を担うことが多い顔の広いカンラギは、そのおかげでどこにいても不自然ではなく、そして……どこにいなくても不自然ではない。


 ヘッドフォンをかけたまま生徒会室に近づくと、自動でとびらが開く――どちらかと言えば、脳動ともいうべきか、脳波による操作によって動いているのだが、はたから見れば自動みたいなもんである。


 そして、中に入ると当たり前のようにドアが閉まっていく。


 生徒会室の中は、これまでと様相が少しちがい、かべに見えていたドアが開いており、となり仮眠かみん室へ行けるようになっている。


 生徒会メンバーのみが入れる場所。


 ドアが開いているのは、カンラギの仕業だが、流石にこの部屋を作ったのはカンラギではなく、代々多忙たぼうな生徒会が過去に用意したものである。

 かくされている理由は、秘密基地みたいな感じが楽しいというお馬鹿ばかな考えと、仮眠室が必要なほど多忙であると周りにさとらせないためであったりする。


「ぷはぁ~」


 冷蔵庫から取り出したペットボトル入りの安物の紅茶を、ごくりと飲み干し一息つける。

 そして、ロックグラスを取り出すと、氷生成機の前へと置く。自動で氷が投入されると、そこに紅茶を注ぎ込む。

 さながらウイスキーみたいな色合いであるが、完全に好みと気分の問題である。


「しかし、暑いわね」


 気温は24℃ぐらいであり、暑くも寒くもたいしてない。

 空調はコロニー全体に聞いており、朝と夜で気温差こそあれど激しくはなく、大体19℃から26℃を推移している。

 それでも、元来暑がりに加えて、ラスターが行った第三倉庫ではあまり使っていないため気温はかなり低く――カンラギ的には適温であった。


 ばさっと服を脱ぎ捨てて下着姿になり、エアコンからの冷気に身を当てて、じんわりとていたあせる。

 ほんとはシャワーなんてことをしてみたくもあるが、今は休み時間ではない。

 バレなきゃ問題ないだけで、バレたら普通ふつう面倒めんどうである――そしてなにより、そんなひまもない。


「揺らりねぇ……」


 あられもない姿のまま、先程見送った男のことを思い出す。

 一振りで、あっさりと散らす実力。


 しかも――それは力の一端いったんでしかない。


 他には一体どんな力を秘めているのか……


 カンラギは胸をおどらせながら、PCを開き、仮眠室に備えたテレビ画面の電源をつける。

 シズハラに対して、手を出さないという協力をするように言ったが、ラスターがしてきたのは、当然ながらというべきか協力の拒否きょひである。

 他の条件としては、一切の通信遮断しゃだん、戦いの様子の確認禁止、他には――というより、あらゆる干渉かんしょうの禁止であった。


 もちろんカンラギはこれを拒否。


 レーダーによる探知を認めさせてもらわなければ、万が一ラスターが戦闘せんとう不能になった場合、ワームビーストにおそわれるまで、異常に気づけないということである。


 たがいの譲歩じょうほの結果、コロニーのメインカメラの遮断および、通信回線の拒絶許可。


 どちらも普通は行えない二つのことをする代わり、レーダーによる探知の使用許可だけカンラギは引き出した。と、ラスター=ブレイズは思っている。

 カンラギはキーボードをはたき、近くにある衛生サーバーにハッキングを行って、設置されているカメラ映像をテレビ画面へと出力する。そしてヘッドフォンからはヴォルフコルデーのヘッドレスト――座席の頭部分に仕込んである盗聴とうちょう機へと接続していく。

 画面や音声にザーッとノイズが走り、数秒後になんとかねらいをとらえた。


『俺の戦場に、雑魚はいらねぇ!』


 残虐性に満ちた、楽しそうな声が広がり、映像では敵を一網打尽いちもうだじんにしている。

 情報のえは大罪だが、衛星サーバーのシステムにアクセスするぐらい――あるいは、位置管理のためにあるカメラをのぞき込む程度であれば、ばっせられることはまずない。

 ラスターは衛生サーバーのカメラによって捉えられていることや、盗聴器のことなど知る由もないが彼と交わした約束の範囲はんいとして、問題はなかった。


 もしバレたらおこられるではすまないが、バレなきゃいい話――ではなく、伝えるような話ではない。


 なんせ、何も悪いことはしていないのだから……ほんとか?


 約束遵守じゅんしゅちかいの下、常識と約束理由をぶん投げた行為こういを平然とおこなう。それでいて素知らぬ顔で常識人を気取って見せる女こそカンラギ=アマネである。


 テレビ画面に流れる映像を見ながら、ちろりと舌を出して氷に混ざる紅茶をめていく。


「ふふっ、そっか――両方とも雑魚なのか」


 目の前のテレビ画面ではラスターの無双むそう劇が繰り広げられているが、その隣のPCのモニターでも無双劇が繰り広げられている。


『俺の戦場に雑魚はいらねぇ!』


 にくしみと苛立いらだちのこもった声が響き、ラスターの乗っている機体――シュバルツクロスは十五M級ReXの手を切り飛ばしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る