第27話 カメラマン

(……なんでないんだっけ?)


 気にもとめていないことを、いきなり指摘してきされても困るが、当時のことを忘れたわけではない。


 ――そして、原因を思い出す。


「そうか……カメラマンがいなかったからだ」

「はっ?」


 なぜ写真が、動画がないのか……それは、カメラマンが居なかったから。


 馬鹿ばかにしているとしか思えない返答に、ガレスは相手をギリッとにらみ、先程までの笑い顔からは想像できないほどの殺気を放ち、ラスターぬきしめられているカンラギが恐怖きょうふふるえる。


「ほぉおおお」


 笑おうとした顔をらせたまま、ガレスは大仰おおぎょうに首を縦にり、ギリギリとめられた奥歯おくばの音が、ラスターの元まで聞こえてくる。


「ぞうが、ガメラマンが……」


 いかりのあまりにいがんだ声は、恐ろしく聞き取りにくく、周りの観客も何人かげていく。


「だから……証拠しょうこが……ないんだな?」

「あぁ!」


 ――ぎいいいいいい


 歯の間かられる音に、血走り始めた目。

 カンラギですら外聞をかなぐり捨てて、ラスターの胸元で震えている。


 もっとも、その男こそが、爆発ばくはつしそうな爆弾ばくだんに、せっせと火薬をめている犯人みたいなものだが……


「お前らのコロニーでは、だれもカメラを持てないぐらいの原始人しかいなかったわけか!」

「そんな訳ないだろ……」


 他人の持ち物は把握はあくしていない――が、携帯けいたい普及ふきゅう率は子供と老人を除けば9割はいっている。

 夜明け後にきた政治家やらなんやらは、まず間違まちがいなく携帯電話を持っている――というか、ラスターも持っていた。


 ちなみに携帯を持つ=カメラを持つである。


 一眼レフのような話になると、それこそカメラマンですら持たない人がちらほらいるほどには需要じゅようが低い。


 まぁ、昨今のカメラ事情なんてのは非常にどうでもいい話である。

 今すべき話は……カメラマンがいなかったから、証拠なんてのはないといった話である。


 ――めんどくせぇ


 なんだかんだ言っても、そもそもラスターはなんでここまでからまれているのか、たいして理解していない。せいぜいカンラギがモテ過ぎて、自分が嫉妬しっとされてしまっているといった感じであった。


 相手の怒りになんとか納得――思いっきり誤解すると、会話することが間違いだと判断し、一人語り大好き研究者さながら、言いたいことをとおすスタイルへと移行する。


「お前はカメラマンって見たことあるか?」

「はぁ?」

おれはある。といっても一人だけだし、一般いっぱん的なカメラマンであるのか、特別に頭がおかしいのかは知らないがな」

「……」


 完全に本題さよならの話が始まったことに対してガレスはなやむが、不用意にばらいた殺気こそ、モチベを下げる大きな原因になってしまっているのでだまって話を聞いておく。


「俺が、病院で見たカメラマンは、難病をわずらっていた――病名は知らない。ただ一つ言えるのは、足がくさっていて、非常にきたならしい。そんなとこだ」


 当時を思い出したラスターは苦そうな顔をする。


「そいつは、そんな汚い足を毎日毎日、そして何回にも分けて、写真に収めていった。やろうと思えば、同じ病気にかかったものなら誰にでもできるのかもしれないが……もし俺がなったらと思えば、写真にるどころか、直視もしたくなかったよ」

 

 ……意外と静かだなぁ。

 

 観客はもちろん目の前のガレスまで、普通に聞くため、どこか居心地を悪く感じながらも話を続ける。


「当時は子供だったからな。今思えばかなり失礼な質問だが『なんでそんなことするのか?』って聞いたもんさ。色々いろいろ言われたが、簡単にまとめてしまうと、カメラマンだからだそうだ。誰もが目を背けたくなる気持ちの悪いものでも、誰も彼もが目を背けていいわけではないってな」


 これは別に、カメラマンってスゲーという話より、その道のプロってすごい! そのようにラスターが初めて思った話である。


「その人は別に、自分の足が腐っていくのを楽しくって撮っているわけではない。気持ち悪くて、つらくて苦しく悲しかっただろうさ。それでも、ここで記録に残しておけば、次の誰かの役立つかもしれないから撮っている――だとさ」


 カメラマンというより、ジャーナリストと言った方が正解かもしれない。

 ラスターの知るジャーナリストは基本的にわずらわしいものであったが、おだやかに話すその人との会話は楽しいものであった。


「どんなに気持ちの悪い、目の背けたい光景であっても、それを直視して、写真に収める――それは、存外難しいことで、プロだからこそできるものなんだなぁって」


 そして――ラスターの話は終わる。


 当然だが、こんな所で終わっても、誰も意味がわからない。

 夜明けの騎士きしの思い出話を聞きにきたわけではなく、証拠が知りたいのだ。


 しかし、なつかしい思いにひたるラスターは本題を完全に忘れ去ってしまっていた。

 ほんの少しの沈黙ちんもくが場を包み、これがめなどではなく話が終わったのであると、いの一番に気づいたカンラギは、引っ付けた体をはなして続きをうながす。


「……つまりは?」

「つまりって言われても……」


 すごいなぁと言った話である。


 言いたいことを言い終えたラスターは困惑こんわくする。

 それから病院に行く理由はなくなったこともあり、カメラマンがどうなったのかは知らない。そして、今周りにいる人たちはそんな部分はたいして気にしていない。


(あれ? そもそもなんでこんな話を?)


 ようやく正気をもどしたラスターは、コホンと咳払せきばらいをして気を取り直すと話し始める。


「つまりは、そういうことなんだよ」

「あぁ?」


 いつになったら本題に入るのかと聞き流していたガレスは不快そうに聞き返すが、そんな様子を気にすることなくラスターは続ける。


「言っただろ? どんなに気持ちの悪い光景であっても、そんな写真や動画――つまり、カメラを向けることができるのはね? プロだからこそできる技なんだよ」


 まだイマイチピンときていないガレスを見て、ひっそりと笑い――そして、周りどころか、カンラギですら、この言葉の意味を理解できていないことに気づいて少しおどろく。


「夜明け、つまり俺がおこなったのは、ワームビーストが繁殖はんしょくしたコロニーで、徹底的てっていてきにワームビーストを殺しくすことだ。そのついでに色々とこわしたさ、家とか、ビルとか――そして人とかな」


 ひっという悲鳴がどこからか漏れる。


 戦争や紛争ふんそうがないわけではないが、ここにいるのは基本的に人の死に自らの手で関わることは少ない。


 せいぜい、喧嘩けんかして人を傷つけることぐらいである。


「誤解しないで欲しいのは、そもそも救助活動の一環いっかんだったし、殺すつもりなんてない――だが、ワームビーストをたおさなければ、救助なんてできるはずがない。そして、一番の悲劇はそのコロニーのシェルターにワームビーストがはいんだことだろうな」


 これは後からわかったことだけど、ラスターが付け加える。


 シェルターとはすなわち、民間人にとっての最終防衛ラインであり、ワームビーストにとって最高のえさ場である。

 シェルターにいた人は、どこへ逃げるのか――ワームビーストが繁殖し始めている一般市街へ飛び出したであろうことは、誰もが簡単に想像できてしまう。


「その中には、うまく建物の中にかくれた人もいただろうし、体だけ食われて、死体として転がっているものもいたさ」


 そしてそのものたちが――どうなったのか。


 光が消えて、何も見えない真っ暗闇くらやみの中で、必死に隠れてうずくまりながら見たものは、希望の光なんかではない。

 それが実際どう見えたのかはわからない――なぜなら、その場にいたものはラスターを除いて全員死んだのだから。


「そうして周りにあるもの全部壊してから、コロニーに灯りをつけたんだよ。それが終わってやってきた人達の中には……多分、夜明けの写真を撮るつもりがあったものもいたと思うよ?」


 証拠なんてものが必要でもなければ、興味がないラスターは撮ろうとは思わなかったが。


「だが、その中にカメラマンいなかった。いたら撮ってくれたのかな? ワームビーストの死骸しがいが転がり、瓦礫がれきの山があふれて――ReXで引いた赤い線のあととかを……」


 宇宙初であるコロニーの救済。結局、情報が隠されなかったのは、実態を知らない人達が大喜びしたからである。

 夜明けを直接見た人の中には、死者をいたんで、気をつけて操縦しろと説教をする者もいたぐらいであった。


 残酷ざんこくで非道な、そんな夜明けに関する証拠の隠滅いんめつ――あるいは、可及的速やかに行われた掃除そうじ

 それらの後に取られた写真からは夜明けの面影おもかげはなく、新規製造にしか見えなかったという。


「夜明けをおこなえる者は正直俺以外にもいるよ。だが……夜明けをおこなったものは俺以外にはいない。なぜなら、夜明けとは単なるエコロジーでしかないからさ」


 宇宙環境――というのは少なからず大事であるが、それでも千年も前に言われていた地球環境とは規模が違う。


 そもそも、『ワームビーストに侵食しんしょくされたコロニーはいて破壊しろ』これが常識である。

 三日三晩もかけてワームビーストを殺し続け、人が再度住める状況じょうきょう――には、そもそもなっていないが、大量の物資を獲得かくとくするより、失う人材の変えが効かないといった問題の方が重視される。


 それでも――ひめの願い、ラスターの覚悟かくご、上層部の思惑と様々なものが交じり合って、夜明けは実行された。


「夜明けをうそだという割に、くだらないとは言わなかったな――なんでだ? 知らなかったのか? さっきまでくわしそうに話していたのに」


 そもそもの目的は、姫の願いをかなえるためにコロニーの救済を行い、ワームビーストにおそわれている友達を救って欲しい――そんなお願いのためにおこなったのである。目的に関して言えば、むしろ失敗とすらいえよう。


「そんなちょっとしたエコ活動のおかげで夜明けの騎士と呼ばれるようになっただけだよ」

「そう……か」


 かたをすくめて話を終えるラスターに、ガレスは周りの様子を静かにうかがいながらうなずく。


 結局、証明そのものはされなかったが、語られた内容を周りの部下たちは受け入れ始めていた。


 人類が宇宙で暮らし、ワームビーストと戦い続けて約500年。


 数多の伝説が生まれ、今世代にとってはリトルナイト――つまりは夜明けの騎士こそが一番注目を集めている伝説といえよう。


(そんな伝説をあえてけがすことで、リアリティを持たせたわけか。武術科じゃないからこそ出来ることだよな……)


 神聖視していたが故に、それが間違いだと告げられると、事象そのものにまで嘘のように感じてしまう。

 伝説が嘘――すなわち、逆説的に夜明けそのものは本当に起こったと錯覚さっかくさせるのが目的であったのだと悟る。


(だからこそ、冷静にさせてはならないわけか)


 こんなくだらない話を入念に打ち合わせでもしていたのかと考えると、ガレスは心の底からあきれる。


 当然と言えば当然だが、彼は知る由もない。

 時間のかかった原因が打ち合わせなどではなく、

『俺は自分のことを夜明けの騎士と思っているだけのただの偽物にせもの!』

『あなたが本物か偽物でも問題ないわ! 協力して欲しい!』


 などという、誰が見ても意味不明な内容でめていたとは思っていなかった。


「それなら――エコなんかではなく、このコロニーを本当に救ってくれないか? 俺達は今、危機にひんしている」


 そう言ってガレスは手を差し出す。

 中途半端ちゅうとはんぱに見せた希望の光の責任はとってもらわなければならない。カンラギの思惑にまんまと乗せられるのはしゃくだが、あとは任せるしかない。


「あぁ、そのために来た」

「今、戦艦せんかん級が近づいている。出撃しろとは言わない――こちらも貴殿きでんに用意するReXはないからな。だが、それでも知恵ちえを貸して欲しい」

「知恵……ねぇ」


 戦艦級に関する知識なら、ラスターはそこらの他人より多く持っているつもりだが、それにしてもなぜ戦わせたがらないのか?


 自他ともに認めるリアリストのガレスだが、それは、冷静な思考から来るものではなく、ロマンに対するあきらめの思想こそが由縁ゆえんである。

 そのため、目の前にいる相手が夜明けの騎士でありという事実に結びつける事ができず、カンラギの操り人形ないしは優秀ゆうしゅうな指揮官であると見当付けているためである。


 そんな思考を理解できないラスターはどうすれば良いのか悩んでいると、ブザー音がひびいた。

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