第28話 誰にも乗れない最高傑作

「まさか、もう!?」


 となりの部屋からひびく音にガレスがおどろき、漠然ばくぜんとした不安が伝播でんぱしていく。


「落ち着きなさい」


 ざわめく武術科の生徒に、ラスターからはなれたカンラギが声を張り上げる。


「ハイハイ、問題はないわよ。くわしい説明は今からするわ」


 手をパンパンとたたいて注目を集め、詳しい説明をするために周りを静かにさせた。


「まず、ガレスくんの言った通り、近くに戦艦せんかん級であるワームビーストがめてきているわ」


 ざわり――と空気がうごめき、喧騒けんそうち始めるが、


「そして――」


 と、カンラギが言えば、話の続きを聞こうと、らぐ喧騒は次第に収まっていく。


「ここにいる夜明けの騎士きしが、戦艦級との先陣せんじんを切ってくれるわ」

「まさか!?」


 カンラギの主張にガレスが一番驚き、周りの者たちも周りと目配せして、どういう意味なのかを理解しようとする――意味は理解できるのだが、本当にそんな事をしてくれるのかが理解できていない。


「で、結局なんの音なんだ?」


 いまだ響くブザー音――邂逅かいこうまで30分はあるはずの猶予ゆうよがなくなったわけではない。


「ふっ、それはね――」


 ニヤリと笑ったカンラギがくるりとき、ラスターを指差す。


「あなたが乗る機体が、こちらにはこまれた音よ!」


 ――あぁ、運搬うんぱんの警告音だったのか。


うそ……だろ……」


 ラスターが納得している間に、ガレスが驚きながら、部屋から出ていく。

 げたわけではなく、この部屋の隣にある出撃しゅつげき場――隊長クラスが乗るReXが出撃する場所へと向かう。


「まさか……ほんとに……」


 動揺をかくせずに驚くガレスが出撃場へと行き、他の部下達もそれに続き、顔を見合わせたラスターとカンラギも後を追うのであった。


 隊長用のReXが置いてある広大な出撃場――今回のように、大量の人材を投入する場合は、倉庫から直接出したりもするが、基本的に出撃前は一度ここに持ってくる。

 そして、各隊長機――何機かは隊長同士で使い回しており、最大九機の隊長機が集う場所では、六機が鎮座ちんざしていた。


 新たに一機、修理後は戦闘せんとう経験がないため、傷一つない綺麗きれい薄紫うすむらさき色のボディをした、どの機体よりも細身な仕上がりの十八M級ReXがこの場所に入ってくる。


「これに……乗る?」


 ガレスは目の前にやってきた機体――ヴォルフコルデーを見て動揺する。

 元第一番隊の隊長――フォビル=マックアランが死んでから、くるったように改修された機体はカタログスペックだけなら類を見ない最高峰さいこうほうの性能をほこる――それをガレスは体で知っていた。


 近接戦における小回りが利くようにと、機体の反応速度から移動速度といった、あらゆる面の機動力が大幅おおはばに上がっているせいで、乗り手がその性能に振り回されるのだ。


「悪いか?」


 動揺しまくりのガレスに、ラスターが聞く。


「そうは言ってないでしょ。驚いてるだけよ」


 先程まで見せられ過ぎた敵愾心てきがいしんのせいで、警戒けいかいを強めているラスターをカンラギが笑ってたしなめる。

『古い手を――』と言った時点で、ガレスがどういう風に考えているのか、カンラギは分かっていた。


 だからこそ、ラスターが静かにしていれば、彼を出撃させると言った時点で、信用はなくとも無闇むやみな疑いもされなかったのである。


「そうでしょ?」

「あ、あぁ……」


 ガレスは動揺したままあやふやにうなずいて返事をする。

 出撃させることはないと思っていた――それがよりにもよってこの機体。

 人類で射撃のみが発展しているのは、それなりの理由がある。


 敵との距離きょりが近いほど必要な判断はよりシビアになり、その上で適切に機体を乗り回すのは難しい。

 当然というべきか、この機体で射撃をするという選択肢せんたくしはある。


 しかし、夜明けの騎士とでも名乗った男が、射撃のみにてっして入れば、周りは嫌疑けんぎの目で見る事になり、モチベーションに……


「そういや、武装はどうするんだ?」

「さぁ? けんがあるみたいだが?」

「……そうか、あるのか」

「もちろん!」


 にっこりと笑って答えるカンラギに、ガレスは冷たい眼差しを向ける。

 もちろん! ではない。ほんとうに何故あるのか……

 それがなければ、仕方ないと大手を振って射撃手させてあげれたというのに……


「これで戦うのか……」


 ここまで来たら本物――あくまで犬死にをしないのであれば、本物と認めざるを得ない。

 この機体を乗りこなせるものなど、彼の知り合いの中には、一人としていないのだから。


「あぁ、任せろ。あとの残飯処理はお前らがやれよ」


 そう言って機体の元へとラスターは歩いていく。

 白いローブをひるがえし、美女から認証キーとヘルメットをもらう姿はどこかお話のようで――

 成り行きを見守っていた周りも期待と不安混じりで、ReXへと乗りに行く男を見送る。


 ――その中で、何人かは異様な様子でガレスを見ている。


 どうかしたのかとガレスは不思議に思い、ふと我に返って思い出す。


 ――あれ? いや、あいつおれになんつった?


 ガレスの頭に先程スルーした数秒前の出来事がよみがえる。


 ――残飯処理だと?


 ガレス自身の戦い方でもあるように、大打撃をあたえた後、仕留め損ねた相手を残飯と呼んだりする。

 その処理はえらそうに命令してやらせることではない。


 もっとも、偉そうという点において、ガレスもあまり人のことは言えないが、救世主たる夜明けの騎士と副隊長のガレスでは立場がちがう。


「あいつのどこが夜明けの騎士なんだよ」


 ちょくちょく身ける明らかに餓鬼がきっぽい未熟な行動。

 リトルナイトとは似ても似つかぬ態度に、ガレスは苛立いらだちでこぶしを振り上げる。


「ったく……死ぬなよ」


 そして、振り下ろす先がない拳を引っ込めながら、苦々にがにがしげにつぶやくのであった。

 

 ガシャーン、ウィーン

 

 ラスターがReXに乗り込もうとすると、出撃場所に穴ができ、そこから機体が登ってくる。


「あれは……」


 名前は知らない。だが色あざやかな青の二丁拳銃けんじゅうスタイルのReXは見覚えがある――第一番隊隊長、シズハラの乗っている機体であった。


「どういうことだ!」


 降下用ロープを使い、見事に飛び降りてきたシズハラは驚いた声を上げながらやってくる。


だれだ貴様!」


 ハッと目を見開いてラスターをとらえた彼女は、ずんずんと近づいてくる。


(うわぁ、めんどくせぇ……)


 武術科で会いたくない人間No.2である第二生徒会長シズハラに、マスクの下の口をへの字に曲げる――No.1は副会長のガレスである。


「夜明けの騎士――そう言えば分かるか?」


 つい先程体験したひたすら面倒めんどうなやり取りをまたもや再現する可能性にふるえながら、ラスターはっきりと告げる。


「夜明けの騎士!?」


 シズハラは大変思い込みの激しい性であり、脳内ですでに決まっている結論はなかなかくつがえらない。


「そうか……まさか、本当にいたとはな」

「嘘だろ!? 信じるのか!?」


 だが、特に決まっていない事柄ことがらであれば話は別――案外容易く信じる。

 驚きながらも受け入れたシズハラに、なによりもガレスが驚く。


「そしてそれに乗るんだな。整備班! ヘッジハームを用意しろ!」

「いや、ちょっとそれいらないから。やめてよね! 思いつきで好き勝手言うの」


 ヴォルフコルデー専用の強化外装武装。

 圧倒的火力を持って防御ぼうぎょを行うよろい――ヘッジハームを要求するシズハラに、カンラギが頭痛をおさえながらおこる。


「一番隊隊長――シズハラ=テンキだ。私も同乗させてもらう」

「いや、ちょ、邪魔じゃまだから来ないで」


 二人乗りのReXは一人で問題なく動かせるが、火器制御や一部の操作などの補助をしてもらえる利点がある――が、ラスターにはいらない。


「おいおい、来るな!」

遠慮えんりょするな」


 しているのは遠慮ではなく嫌悪である。

 やってきてろくに時間がたってもいないと言うのに、先程まで言い争いの渦中かちゅうにいた三人は、心を一つにしてため息をつく。


「お馬鹿ばかな真似はやめなさい。いったん管制室に行くわよ」

「な、なぜだ!」


 シズハラの片腕かたうでをとったカンラギは、搭乗とうじょうの邪魔をする。


「ヒヤマ会長がお呼びよ」

「なに!? 何の要件だ。後回しにさせろ」


 もがくシズハラをカンラギの力で止め切れるはずもなく、片腕を取られたまま、ずんずんと前進を続ける。


「会長が呼んでるなら俺らは行かなきゃなぁ」


 副会長‘sは片腕ずつつかむと、なんとかシズハラをさえつけ、ずりずりと引っ張っていく。


「この緊急きんきゅう事態にいったい何の要件だというのだ!」

「馬鹿の暴走を止めろって言ってたぜ――五分後に」


 言っていたのではなく言わすのだが、問題はない。

 第二生徒会長と違って、第一生徒会長はしっかりと話を聞いて考えてくれるタイプである。


「危機は去った」


 ほっと胸をなでおろしたラスターは、改修されたヴォルフコルデーに乗り込む。


「……なつかしいな」


 一人乗りのReXでは思い出さなかった感触かんしょくが、ふとき上がる。

 思い返せば複座式のReXしか乗っていなかったので、当然と言えば当然である。

 一人乗り用とは違う、十人ぐらいでも乗れそうな幅広い空間を懐かしく思いながら、深呼吸をして気をめていった。

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