第26話 夜明けの騎士の証明

「……何してたんだ?」

「ちょうど用事が終わったのよ」


 ヒーローメイカーの代替だいたい案としてやってきた不審ふしん者をガレスは不躾ぶしつけに観察する。


「これが?」


 190近くの長身で、黒色のマスクに真っ白なローブをした男。

 金髪きんぱつ碧眼へきがん程度ならこの学校にもいるが、その身長とマスクしの見える顔立ち――ついでに長いローブを羽織って喜ぶ痛い知り合いはガレスの周りには居ない。


だれだテメェ?」


 不審者丸出しの男を警戒けいかいするようにガレスが聞く。


「夜明けの騎士きし――と名乗れば伝わるか?」

「夜明けの騎士だぁあ?」


 いきなりやってきた男が、夜明けの騎士と名乗っていれば、それはまず間違まちがいなく不審者であろう。


「お前が?」


 侮蔑ぶべつするガレスの意思は、ラスターにもはっきりと伝わる。

 正体をかくすためにおこなった変装は、図らずともラスターが言っていた通り、自分のことを夜明けの騎士だと思っている痛いコスプレ野郎やろうにしか見えなかった。


古臭ふるくさい真似を……カンラギともあろう女が落ちたもんだな」


 昔の手法を思い出したガレスは、カンラギをあわれみの目で見る。


 過去の記録によると、今と同じ絶望的な状況じょうきょうの中、一人の救世主が現れたという。

 その男は当時有名なワームハンターで、ちょうどこわれたReXを修理しているところだった。

 直れば状況が好転するから、今だけは死力をくして欲しいとたのみこみ――その結果、甚大じんだい被害ひがいを出したものの、救世主の出る幕はないままに幕は閉じた。


 しかし、救世主が役立たずだったわけではない。

 むしろ、彼は自分の無力さをめながらも、常に兵士達をはげまし、士気を高めることに従事していたのであった。

 つまるところ、士気が高ければ危機は乗り越えられる……と言ってしまえばそれで終わりだが、この話には裏がある。


 そもそも、救世主や壊れたReXなんてのはでまかせだったのだ。

 彼らは存在しない希望を胸にいて、危機の立ち向かって乗り越えた。

 だまされていた――しかし、それ自体は悪いことではない。


 むしろ、いつわりの希望であったとしても、不可能に思えたことを心構え一つで乗り越えられることを示した重要な事例である。


 だが、その戦いでは多くの死者を出してしまった。


 絶望よりも希望を持って戦った方が、良い結果が得られるという好例であると同時に、どれだけ努力しても死という結果をくつがえすには至らないという、現実の無常さも教訓として学ぶことになった。

 武術科の生徒や、パイロットが日々ひび優遇ゆうぐうされているのは、この日、この時のために死ぬためである。


 それでも――


「お前、死に急がせる選択せんたくをさせる気か?」


 ヒーローメイカーを使えば、廃人はいじんになるリスクは高く、そうでなくても、絶対に勝てる最強薬でもない。


 しかし、死者は減らせるだろう。


 綺麗事きれいごとの死よりも、どろまみれた生――ガレス個人の思惑おもわくからんではいるが、それでも後で死ぬことはできても、生き返ることはできない。

 だったら、どんな手段を使ってでも生き延びることが重要であると考えていた。


「あんな、御伽おとぎはなしすがるようでは、カンラギとあろう女がちたな」

「御伽噺?」

「夜明けの騎士なんて――そんなもの証拠しょうこはどこにある? なぜこんなところにいる!」

「それは……」


 指摘してきされたカンラギは反論しようとして口かごもる。

 夜明けの騎士なんて証拠を持っていなければ、なぜここにいるかも知らない。


 あくまで、いまは亡き元一番隊隊長の話から推測を積み上げていっただけに過ぎず、正体の確信についてもかんによるところが大きかった。

 それでも、どうにか言いくるめなければならず、必死に頭を回しながらカンラギは口を開く。


「くだらない」


 カンラギが何か言うよりも早く、ラスターが上から目線で口をはさむ。


「安心しろよ。本物さ。だからおれに任せろ」


 副会長のガレスを一笑に付すと、カンラギのこしに手をばして、自身の元へと手繰たぐり寄せた。

 カンラギを抱きしめる夜明けの騎士――ラスターに対してガレスは血相を変える。


「てめぇ! 何してんだ!」


 学術科相手だとあまり知られていないカンラギ副会長であるが、武術科相手には抜群ばつぐんの知名度と人気をほこる。

 美人であるというのもさることながら、ReXに対する造詣ぞうけいが深く、相談相手としても非常に重宝されている。


 そんな武術科のアイドル的存在が、どこの馬の骨ともわからない男に、ベタベタとされているのを見過ごすわけにはいかない。


「お前ら、自分の立場分かってんのか?」


 今は戦闘せんとう準備前で、なによりもモチベーションが重要な状況。

 その中で、気になる女性が知らない男に抱きしめられていて『さぁ! 頑張がんばってワームをたおそう』とはならないのだから。

 なによりも、周りを鼓舞こぶするためにやってきたはずの男が、他人のモチベーションを下げるなど言語道断であった。


「あぁ、ちゃんとわかってるさ」


 ガレスの考えがわからないまま、ラスターは自信満々にうなずく。

 ラスターの目的は戦艦せんかん級を倒すことにある。

 つまり――だからこそ、カンラギを抱きしめているのであった。


(絶対にいやだ……)


 派手なマントにキザな話し方――誰かに見れたらずかしくて死んでしまいそうな状況。


 はだかで街を出歩くよりも恥ずかしい道化の騎士をやっている中で、カンラギにハシゴを外されでもしたら死んでも死にきれない。

 彼女だけは絶対にのがしてはならない。


 もし、ここで見捨てられでもしたら……

 

 ちょう! 痛いコスプレ野郎となってしまう!

 

 あまりの恐怖きょうふにカンラギをさらに深く抱きしめていく。

 見た目だけなら、美女を抱く騎士に見えなくもないが、精神的には見捨てないでくれと女に縋り付く男と言った方が正しい。


 そして――そんな内情をガレスが知る由もなく、たがいの苛立いらだちは加速していく。


「お前のどこがわかってると言うんだ!」

「むしろ、わかっていないのはお前だろ。この俺が来たんだ。早々そうそうに失せろ」

「なっ!? お前はなにを言っているんだ?」


 根本の認識からして違う二人の意見が噛み合うことはない。


「なにが夜明けの騎士だ――夜明けの騎士って言うのなら、その証明をしてみせろ!」


 ガレスは部下のモチベーションを心配しながら怒鳴どなっていく。

 今はまだ戸惑いの方が大きく、致命傷ちめいしょうになり得ないが、これから最後にして最大級の出撃しゅつげきが待っている。


 そんな中でモチベーションが下がってしまえば、ヒーローメイカーが認められたところで犬死にを量産しかねない。


「証明? そんなことできるわけないだろ」


 ラスターはやれやれと言った態度で、ガレスをあわれむ目つきで見つめる。


「こんなことになるとは思っていなかったからな。なんで証明の準備をしていると思ったんだ?」

「証明できなければ、誰がお前のことを信じるっていうんだ?」

「好きにすれば? 信じないなら、それでいい」

「だったらお前は何しにきたんだ! カンラギ! いったいどういうつもりだ! 答えろ!」


 これから一緒いっしょに戦う仲間に対し、信頼を積み重ねる努力を放棄ほうきしたラスターに切れると、抱きすくめられたまま口をつぐんでいるカンラギを怒鳴りつけた。

 

(……なんて言えばいいのかしら?)


 呼ばれたところで返す言葉を持ち合わせていないカンラギはなんと言うべきかなやむ。

 ガレス側の意図も言い分のわかるのだが、意向のすり合わせは非常に難しい。

 彼が求めるのはヒーローメイカーの使用。ただそれ一点に尽きるし、こちらとしては夜明けの騎士の投入をだまって受け入れて欲しいだけである。


(問題は、夜明けの騎士が入ればヒーローメイカーがいらないことね)


 本物であると納得したなら、ガレスとてほこを納めるであろう。

 だが、それ以外の場合において、認めてはくれない。

 副会長としての自覚ともいうべきか、周りのモチベーションまで気にしている彼からすれば、状況は刻一刻と悪くなっている。


「あなたは本当に夜明けの騎士?」


 カンラギはガレスではなくラスターに向かって声をかけた。


「はっっ……。そうだ!」


 ラスターは知らないふりをして逃げるか一瞬いっしゅん迷うものの、眼の前で否定できるほどではなく、なんとか同意する。

 しかし、証明能力ゼロの自称じしょう発言にガレスは素早く口を挟む。


「誰が信じるっていうんだ。そんなこと!」

「でしたら、あなたはどのような証明を求めているの?」

「なに?」


 カンラギはラスターの腰にうでを回しながら、ガレスに向かって問いかける。


「本人が名乗ったところで納得しないのはわかるけど、では、どのようにすれば納得していただけるのかしら?」

「それは……」


 思案するガレスを見て、カンラギはほっと一息つくとラスターに身を預けていく。


(しかし――意外としっかりしているのね)


 身長が5cm以上も変わる厚底ブーツをきながらだというのに、しなだれかかるカンラギをビクともせずに受け止められるのはさすが夜明けの騎士といったところか。

 そのまま、さらに体重を預けると、相手に聞こえない小さな声でラスターにささやく。


「あとはあなたに全部お任せするわ」

「なっ!?」


 あまりの投げっぱなしにラスターは言葉を失うが、カンラギがにっこりと笑って胸元へあまえるように顔を寄せる。


大丈夫だいじょうぶ、何があっても私はあなたの味方よ」

「そうかよ」


 うれしそうな声がひびき、ラスターはカンラギを思いっきり抱きしめた。

 

 ラスターはカンラギを思いっきり――

 

「ひゃぁぁん」


 力強く甘美な抱擁ほうように、カンラギは思わず嬌声きょうせいをあげてしまう。


(やらかした!)


 ラスターとベタベタすることを部下のためにもガレスが許せないことは知っている。

 集めていた注目はこれまで以上に増えていき、手に負えない可能性が見えるレベルにまで達していた。


(頑張って――夜明けの騎士様)


 本来は証明を要求するガレスを大人しくさせる予定であったが、なんとしてでもあらを見つけようとしてくるであろう。

 下手したら、団結なための生贄いけにえ――リンチ対象として選んでしまってもおかしくない。


 これからどのようになるのか、カンラギは特等席で高みの見物することに決めたのであった。


 ちなみに、一番心臓に悪い席なのは言うまでもない。

 

 ぎゅっと抱きついてくるカンラギを強く抱きしめ返したラスターは、ガレスの殺気が強まったことは理解していても、本質はなにも理解していない。


「お前のせいで死者が増えたら、お前が殺したようなもんだぞ……」

「死ぬ間抜けが悪いだろ」

「なっ!? てめぇは……てめぇは一体なんなんだよぉ!」

「あと何回同じやり取りをすれば気が済むんだ? 夜明けの騎士だ。もうこれ以上は流石に言う気はねーぞ?」

「お前の……お前のどこが夜明けの騎士なんだ……」


 ギリギリと奥歯おくばを噛み締めてガレスは怒りになんとかこらえようとする。

 謙虚けんきょさを持たない傲慢ごうまんな態度。

 状況判断に欠けた言動。


 リトルナイト――夜明けの騎士とは似ても似つかぬ人間性。


「お前みたいな騎士がいるかよ……」

「眼の前にいるだろ。あんたの見識がせまいだけじゃね?」


『そんな訳あるか!』とえそうになるガレスは怒鳴るのを必死でこらえていく。

 見識が広いとか狭いとかの範疇はんちゅうに収まらない態度の悪さを前に、ガレスはゆっくりと深呼吸をしてから、ラスターをにらみつける。


「本当に騎士だというのなら、答えろ――なぜ証拠がないんだ?」

「同じ話を何度も――」

「お前にではない! なぜ! この世に! 証拠がないんだ!」


 あきれた様子をかべるラスターに、淡々たんたんと――そしてだんだんと言葉に怒りがこもっていきながら、ガレスは話す。


「写真や! 動画が! それを示す証拠が! なに一つないのはどうしてだ!」


 夜明けをおこなったという伝説があり、リトルナイトに名前を変えて、コミカライズやノベライズ、映画化までおこなわれた夜明けの騎士だが、肝心かんじんの夜明けについて、本当におこなわれたと示す証拠は一切なかったりする。


 その証明力のなさが、伝説であり、ロマンであり――そして、誰も本気にしないうそである証拠であった。


 ――偽物の希望で、他者を地獄じごくむクズなんかいらない。


「本物だというのなら答えてみせろ! なぜ証拠がないんだ! ……いや、どこにならあるんだ?」

「んー?」


 目を血走らせたガレスとは撃って変わり、ラスターは遠い目をして首をひねる。

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