第25話 ヴォルフコルデー

「やべぇな……」

「でしょ?」


 ラスターのうめきに、カンラギはうれしそうに答える。

 このコロニー最高のReX……のことではない。


 パルストランスシステム――これにより、手をれることなくドアが開き、電気が付き、まさに王の凱旋がいせんとでも言うべきか、行く先々さきざきの関門が、全て自動で処理される。


 未だ欠陥けっかん品と言われる最新技術を使いこなすのはすごいが、それ以上に凄まじいのは、副会長としての権限の乱用っぷり。

 赤外線リモコンで操作できるのは、赤外線で操作できるように予めまれた機械のみである。


 決して、魔法まほうの力で外的要因を加えているわけではない。対応したシステムの部品を、事前に仕込んであるのだ。

 しかも、本人の弁によれば、汎用はんよう性を投げ捨てて、カンラギのみが使いこなせる調整をしているわけであった。


(ヤベェな……)


 センスと思考と行動力が一級品といったレベルでイカれている。

 こんなチンケな倉庫だからこそのお試しセットなのか、それとも……


「ここよ!」


 ラスターがあきかえる中、案内されたドア――ReX第三整備場と書かれたドアの先には、紫色むらさきいろのReXが鎮座ちんざしていた。


「どう?」

「どうって言われてもなぁ……」


 本音を言っていいなら、乗りたくないなぁ。としか言えない。


なつかしい?」


 カンラギの質問に、小さく息をむ。


「別に……」


 懐かしいなんて思うはずがなく、つい素っ気なく言い返す。


 先程まで乗っていた機体とは明らかにちがうもの――見た目も、性能も、他とは一線を画すことをわからせる機体。

 全長が20mにまで届くかと思えるほど大きく、記憶きおくの中の機体より、さらにシャープで洗練されたフォルムになっている。


「これ、さらに改造してるよね?」


 くだらない感傷にひたるのをやめて、これからに向けて質問する。


「まぁね。わかるものなの?」

「どこを改造したかまではわからないけど」


 そもそも、このReX最大の特徴とくちょうであるヘッジハームと呼ばれる外装――全方位に向けてハリネズミのようになって、ビームをち続けるよろいが装備されていない。


 そして、その中身にしてもここまでスリムではなかったはず……か?


「内装自体はあまり変えてないわ――ヘッジハームは付けてないけど、代わりの武装はちゃんと用意してるから」

「それなら構わんが」


 切り込み隊長として、先陣せんじんを切るための鎧――至近距離きょりにおいて、物量による圧倒的あっとうてき攻撃こうげきを持ってして防御ぼうぎょを行い、敵の数を減らした後に武装解除して、機動力を持ってして殲滅せんめつを行う。


 鎧の回収ができないことが多く、コストパフォーマンスが非常に悪いのだが、それでもワームビーストに立ち向かう勇気が学べる――らしい。

 ラスターにはよくわからない感覚なのだが、これはラスターがめずらしいだけであった。


「しかし、よく直そうと思ったな……」


 よりにもよって、スペックを限界ギリギリまで引き上げたせいで、乗れる人がいないのはもはや努力の方向性を間違えている。


「次は……だれも死なないようにしたくて……」

「乗れないから、死なない的な?」

「違うわよ! ……結果的にそうなったけど」


 真面目な話を茶化すラスターに、カンラギは声を上げるが、その後にボソボソと言い訳をしていく。


「だって良くしたのなら……良くなるはずでしょ?」

「スペックの高い部品だけを集めて、パソコンを組み立てたところで……」

「ごめん、全部私が悪いからやめて!」


 部品同士に相性というものがあるように、人間にもある――性能は高ければ良いというわけではない。

 とはいえ、一般いっぱん論としてはわかっていても、エース機の調整といったものは難しい。なんせサンプルが一人だったりするので、なにが良くてなにが悪いかが分かりづらい――らしい、全部かじりであるが。


「でも! これなら、機敏きびんに動けるはずよ! あなたに使いこなせるかは、わからないけど」

「問題ないだろ。もし無理なら、役立たずとガラクタがまとめてスクラップになるだけだ」

「っ……そ、そうね。でも、そうならないことをいのっているわ」

「時間はいいのか?」


 真摯しんしに想いを込めた言葉を、ラスターは無碍むげに返す。

 カンラギはキョトンとした様子の後、意味を理解してあわてて時計の確認をする。


「作戦予定時間まで、一時間半といったところね」


 ここに来てから、随分ずいぶんと時間を無駄むだに――マジで無駄な時間がちらほらあったが、思いの外に余裕よゆうがあることにラスターはおどろく。


「ラスター=ブレイズ――いえ、夜明けの騎士きし。あなたにお願いがあります」


 真剣しんけんな表情をしたカンラギが、ラスターをしっかりと見据みすえる。


「我々と協力して、強敵――戦艦せんかん級とまでなったワームビーストとの討伐とうばつをお願いします!」

「断る」

「ありがとう……はっ?」


 真剣な表情から一転、愕然がくぜんとした顔へと変わる。


「えっ? な、なんで……」


 信じられないとばかりに目を見開き、動揺どうようおさえきれないカンラギは狼狽うろたえながら聞く。


「それと、これに乗るには条件がある」

「えっ? えぇ、もちろん! 必要なことがあれば、こちらで用意するわ!」


 言いたいことを好き勝手に言うラスターの全くつながらない会話に難儀なんぎしながらも、カンラギはできるだけ話を聞いていく。


「条件だが――」


 ラスターが出した条件を出し、それをカンラギの顔には恍惚こうこつにも似た笑みがかんでいたのだが……必要な条件を並べるに必死のラスターが気づくことはなかった。



 準備を終え、戦闘せんとうのために廊下ろうかを歩いていくのだが、ラスターが心配そうに顔をしかめる。


大丈夫だいじょうぶか? これ」

「大丈夫、大丈夫。かっこいいわよ!」

「そういう意味で大丈夫か聞いたわけじゃないが……」


 困惑こんわくするラスターの姿だが、これまでとは装いがかなり違う。


 ラスターの出した機体に乗る条件――その一つは正体がバレないことであった。


 そのための変装ととして、ウェーブのかかった金髪きんぱつのウィッグに、青いひとみのカラーコンタクト。そして身長を誤魔かすための厚底ブーツと、それ自体を誤魔かすための長いローブ。

 口元をおおう黒いマスクの中には変声機が仕込んであり、初見でラスターと見抜みぬくのは難しい……もっとも、不審ふしん者と見抜くことが容易くなってしまっており、目下もっかの頭痛の種となっている。


 そんなずかしい姿のまま、ラスターは出撃ひかえ所へと引っ張られて入った。

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