第22話 暴かれた過去

「なんでここに」

「少し野暮用があってね」


 ツンとました顔をして――は、いない。

 あらい呼吸をかくすように、息をおさえながらの澄まし顔は、どこか苦しそうに見える。


「走ってきました?」

「えぇ、マークちゃんを押しのけて、出撃しゅつげきしたらどうしようかと冷や冷やしたわ」


 乱れたかみをさらっと直し、優雅ゆうがに話し始める姿は美しい。しかし、彼女の息遣いきづかいはまだ少し荒い。


 それはさながら湖の上を優雅に泳ぎながら、ばたあし頑張がんばる白鳥のようであった。

 白鳥なんてこの世にいるかもわからなければ、そんなことよりも、気になることはごまんとあるが――いやほんと、なんでヘッドフォンをしている?


「……声、聞こえます?」


 最初に気になるのはこれであった。


 これまでの会話から、聞こえているのだろうと察しはつくが、いかんせん今の状態はなんのことやら。

 ヘッドフォンを首ではなく耳にかけるのは普通ふつうかもしれないが、そのヘッドフォンのイヤーカップ側面部が青色に光っている。


 それはおしゃれ……かなぁ?


 しかも、どうしてメガネまでかけているのか? 目が悪いのか、それともファッションなのか……後者だとしたら属性てんこ盛りを目指したやみなべ感しかない。


「青い光の時は、ちゃんと聞こえてるわよ!」

「青以外もあるんか……」


 小声のツッコミだが、本当にちゃんと聞こえているらしく、こくりとうなずくとヘッドフォンにれて、赤色へと色を変えていく。


「この時は聞こえないわ」


 あっさりそう言うと、青色に変える。


「このヘッドフォンは赤色の時が音声遮断しゃだん機能。そして、青色の時は外音み機能でちゃんと聞こえるのよ」

「へー」


 ――外せば良くね? ってツッコミは野暮ってものだろうか? 常識といった気もするが。


「何しに来たんです?」


 つかれとか、あきれとか、色々いろいろごちゃ混ぜになりながらラスターは聞く。


「それは、あなたこそ」


 ――確かに。

 真っ当な切り返しにひるんでいると、カンラギ副会長は真面目な様子になって謝罪する。


「いえ、ちがうわ。ごめんなさい。私はあなたに――夜明けの騎士きしに用があって来ました」


 真面目な顔で彼女の口から出た言葉が、想像だにしない内容のせいで、ラスターは思いっきり顔をしかめてしまう。


「……なんの話だ?」

「あなたが、夜明けの騎士よね?」


 疑問系を装っているが、本人は確信しているだろう。


「それは……」


 しどろもどろの言い訳は、肯定こうていにも等しい。

 だが、そんな様子のラスターに、カンラギは別の名前まで出してくる。


「じゃあ……リトルナイト?」

「それはやめろ! マ! ジ! で! やめろおおお!」


 隠すことを放棄ほうきしてラスターは怒鳴どなる。


 当時は存在すらしなかった呼び名――十年も前の出来事をほじくり返して、クソずかしい題名をつけて、あらゆるコロニーに公開するなど本当に許されない。

 無邪気むじゃきに笑って内容を話すルーナに対し、あれほど苛立いらだつのは、後にも先にもこれだけである。


「やっぱり、あなただったのね」


 正解を知ったカンラギはうれしそうに言う。


 ――やっぱりっておい!


 ハッタリ迷惑めいわくな女に見破られたのはかなりしゃくに触るが、隠す意思のろくにない自身の対応もかなり悪い。

 それでも、認める訳にはいかないラスターは全力であらがう。


「いや、お前の言い分は間違っている!」

「間違い?」


 どこか理解しかねる顔をして、カンラギが聞く。

 自白したも同然の反応をしながら、何をもって否定するのか……カンラギにはわけがわからなかった。


「そうだ、おれが夜明けの騎士だ! だからバレた時は恥ずかしかった。だがしかし、それが正解とは限らない!」


 支離滅裂しりめつれつとしか思えない発言に、カンラギは困惑する。


「俺が、自分のことを夜明けの騎士だと思っている……ただの痛いやつだけの可能性があるからな!」

「えぇ……」


 この世で、これほど恥ずかしい内容を堂々と言い切れる人間性の持ち主が、いったいどれだけいるだろうか?


「えっと……つまり?」

「つまり? ……えっと、つまりだな……俺は夜明けの騎士だと主張するには、根拠こんきょが必要ってことだ! なぜなら俺が思っているだけで、実態は違うからな!」


 いたずらがばれた子供でも到底とうてい言わないような屁理屈へりくつを展開して、ラスターは身の潔白をうったえる――とんでもないけがれを代わりに背負いかねないが。


 100%の根拠はカンラギとて持っていない。


 もしかして? の推論から、導き出した答えな訳であるが、この手の説得には滅法強い女であるカンラギは、ラスターの目をしっかりと見つめて答えていく。


「最初に言うとね……ちょっとだけ、知っていたの」

「何を?」

「リトルナイト――あのお話に出てくる騎士が実在したこと、そして、年齢ねんれいは私の一個下であること」

「……あんな与太よた話を信じたのか?」


 二けたにも満たないひめと騎士が、苦難苦境をえる話である――うわさ程度でなら流れているが、信じているものは少ない。


「えぇ、フォビルくんが言ってたから――何十回も戦ったけど、小隊を率いて、なんとか一度だけ勝てたことがほこりだって」

「へー……だれ?」


 過去に負けた記憶きおくを探し出すも、いまいちピンとこない名前にラスターはすっとぼけるのではなく、本気で首をかしげる。


「えっと、昨日話したでしょ? 元一番隊隊長で、その――半年前に亡くなった……」

「あぁ!」


 確か昨日の雑談中に同じコロニー出身であったと言っていたことを思い出す。

 大多数コロニーではただの創作物でも、同じコロニーなら元ネタが本当であることぐらいはわかるのだろう。


「そして、昨日見たのよ」

「……なにを?」

「私と別れた後、真っ直ぐに帰らずに、ここに寄って来ていたのを」

「うっ……」


 正確には、寄っていた所そのものではなく、そこから帰る場面を見たのである。

 それから、カンラギは何をしていたのか調べ、ReXの充電じゅうでんがされていることをめたのであった。


「まぁ、確かに寄ったけど、それは証明にならんだろ」


 勝手な行為こういの数々は証明というより問題となり得るのだが、そこから目をらしてラスターは言い返す。


「ここにはいろんな機体があるわ――その中で普通これを選ぶ?」

「……あぁ! もちろん?」


 言葉にまりながらも、堂々とした態度のまま、疑問系で聞き返してしまう。

 射撃を基本とするワームビーストの戦闘せんとうに際し、KATANAと名前の付けられた、悪ふざけの賜物たまものである武器を手に持っていくのは無謀むぼう以外のなにものでもない。


 しかし、決して変ではないのだ。自分のことを騎士と勘違かんちがいしたイカれポンチなら十分あり得る――とまで言えるほど割り切れてはおらず、態度と主張が乖離かいりする羽目になった。


「昨日の話と行動で、まさか? と思っていたのよ」

「そうか?」


 そうなるもんか? とラスターは首を傾げるが、カンラギがそう思うにも理由があった。

 それこそ、ラスター相手にフォビルのことを話していたからである。

 リトルナイトのことについて教えてくれたフォビルのことを思い出す最中、見事に特徴とくちょう合致がっちする男。

 さらには、ここにあるReXの中から、この機体を選ぶ意味に、カンラギは胸をおどらせたものである。


「あとは実戦の様子ね」

「へー」


 何か問題が? みたいな顔をするラスターに、演技なのか素なのかでカンラギはなやむ――ちなみに後者である。


「ワームビースト相手に無茶苦茶な位置取りで戦ったり、わざと主電源を落として見せたり?」

「うっ……」


 気付かれていた事にラスターはうめくが、カンラギとしてもこれ以上の言及げんきゅうをするつもりはない。


 前者はとぼけられると面倒めんどうな上に、後者に関しても気付いたのではなく、彼が夜明けの騎士であるならば――という前提の逆算で推測しただけであるからだ。


 そして何よりも、フランを助けてくれたお礼を言うべきところであって、ほぼ探しの材料にするところではない。


「そもそも、今回のことはあなたに任せるべきじゃないことは、重々承知しているわ――あなたのおかげで、戦艦せんかん級の存在に気付けたのよ。それだけでも本当は十分なのだから……」

「俺のおかげ?」


 ラスターは思い出そうとかえるが、結局心当たりはない。


「どこから聞いていたか知らないけど……あなたが最初に『敵の数が多い』って言ったでしょ? 事は予定通りに進んでいて、討伐とうばつ数は一回目の出撃で二百体を越えていたのに――そしたら、げていく個体を確認して、戦艦級を見つけたわ」

「それ……で?」


 ラスターはワームビーストとの戦闘に際しての常識は知らないが、生態にはちゃんとくわしい。

 観測していない戦艦級の群れの一部が、今回の相手に合流したため、予定よりも敵の数が多くなったのだろう。


 そして、ラスラーがらした言葉を元に調査した結果、戦艦級を見つけ出す事に成功した――

 よくぞ気付いたと称賛しょうさんすべきところである。


 しかしながら――


 どこかおかしな、言い知れぬ違和感。

 はっきり言って戦場に放り込まれた素人が言っていてもおかしくない――いや、さらにおかしいことは……


 のどおくまで出てくる違和感は言葉にならず、なによりカンラギが全てのことを妄想もうそうという形で見抜みぬいていた事に、おどろきのあまり理解が追いついていない。


「それにね? あなたが夜明けの騎士かどうかは実のところ、問題ではないの」

「あぁ……おぉ、そうか、そうなのか?」

「えぇ、そうよ。あなたが自分の意思で、ここに来てくれるのが一番重要だもの」


 ラスターの両手をつかんで指をからめると、感涙かんるい極まる上擦うわずった声で話し続ける。


「あなたは保健室に行ったってよかったのに……それなのに、こちらへ来てくれた」

「……!?」


 ようやく気付く違和感。こいつは、いつから――


「な、なぁ……」

「なに?」

「お前が戦艦級の存在を知ったのはいつだ?」

「あなたが戦っている最中よ」


 驚きながら聞くラスターに対して、カンラギはあっさりと答える。


「それはどう言う……ことだ」


 ラスターは……ラスターは、カンラギの戦艦級に驚く悲鳴が聞こえたからここに来たのである。


「戦艦級の存在を知ってから、私はあなたにいに行ったわ。そして、休養届けを出すのを条件について来てもらった――いや、ついて来させたが正解ね」


 そして、悲鳴を聞いたラスターは彼女の思惑通りに、ここにやってきたわけである。


「不快にさせたなら、ごめんなさい。でも、私達はあなたに力を貸して欲しいの。そのためにはどうしてもあなたの意思が必要よ。うでも、心も……両方がなきゃ意味ないわ」


 ――お願いではなく、自分の意思で選ばせる。

 これは戦いをこばむラスターに対する、彼女なりの誠意なのかもしれない。


「それに――あなたの武功を武術科のみんなが評価しているわ。そんなあなただからこそ――」

うそだな」

「えっ?」


 どこか遠くを見つめながら、はっきりとされる否定に、カンラギは戸惑い……そして、受け入れた。


「そう……ね。信じていない人もいるわ」


 夜明けの騎士という存在――つまりは、リトルナイトの登場人物が実在していると信じる人なんているはずもなく、発祥はっしょうの地であるトリヴァスにおいても、夜明けにかんしては懐疑かいぎ的な意見が存在する。


 夜明けとは――文字通り夜が明けること。


 人類の生活が地球からコロニーへと変わったことで、消えていった言葉がある。

『陽はまたのぼる』他にも『止まない雨はない』いわゆる、地球独特の現象に由来する言葉が消えていった。


 雨を降らせるには特殊とくしゅな構造か、何かしらの欠陥けっかんがあるため、止まない場合は本当に止まない――そして、それ以上に降らない。

 また、陽はまた昇るに関しては少し違い、確かに事象としては存在する。


 コロニーの進行方向から見て、左側から太陽に相当する光が差し込んで、右側へ移り消えていく。

 コロニーによって差異はあるが、このスーデンイリアでは六時から二十時までの十四時間が光の差している時間である。


 しかし、それはただの事象。


 希望を太陽の光と解き、絶望を夜の暗闇と暗示した場合――明けない夜がある。

 一番ありきたりな話が、ワームビーストにおそわれたコロニー。

 エネルギーを吸いくされたコロニーに日が昇ること――正確には、天井てんじょうに光が灯ることはない。


 そんなはずの世界で、当時八才の騎士は、コロニーに巣食うワームビーストを、72時間かけて全て倒し、コロニーに光をつけた――まさしく夜明けを行ったためについた名前が夜明けの騎士――ちなみにリトルナイトとは、そんな夜明けの騎士を元に製作された作品の名前だったりする。

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