第20話 ヒーローメイカー

「はっははは!」

「何が面白い!」


 いきなり哄笑こうしょうをあげるガレスにシズハラがおこる。


「面白いじゃねーか、戦艦せんかん級――やるしかないよな!」

「どれだけ損害が出ているのかわかっているのか!」

「二人とも、落ち着きなさい」


 この状況じょうきょうでいがみ合う第二生徒会二人にカンラギ副会長は一喝いっかつして静かにさせる。


「ガレスくん、何か手があるのですか?」

「えぇ、カンラギ副会長――とても良い手がありますよ」


 ニタァといやらしい笑みをかべてガレスが口を開く。


「ヒーローメイカーの使用許可を」

「ふざけるな!」


 言うが早いかシズハラが秒で切れ、周囲の人間は顔をこわばらせ、怒りとまではいかないまでも、嫌悪けんお感をあらわにする。


 ヒーローメイカー――いわゆる危険薬物である。中毒性、凶暴きょうぼう性、幻覚げんかく症状しょうじょうがあらわれる廃人はいじん直行の薬物であるが、利点がないわけではない。

 正しい使い方をすれば、おとろえた五感を回復させる感覚増強ざいとして使えるが、普通ふつうの人が大量に摂取せっしゅすれと、ちょう人的な感覚を得ることができるのである。


 それこそ――まさにヒーローのような能力。


 恐怖きょうふを感じることなく敵に立ち向かい、まされた感覚でワームビーストを簡単にけるようになる。

 通常とは比較ひかくにならないほどの実力を簡単に手に入れることができるクスリであった。

 もっとも、代償だいしょうとも言うべき副作用はとてもヒーローにはとても見えない悲惨ひさんな末路に送ることになるが。


「そんなこと、認められるわけがないだろ!」

「認められるわけがない? 他の手段もないのに? 馬鹿ばかみたいに特攻とっこうして死ねってか!」

「そうは言ってない!」

「そう言ってんだよ!」

「やめないか」


 すぐにめる二人を今度はヒヤマ会長が静止をかける。

 この仲の悪さこそ、彼がナルギ=シェーンに代理をけ、シズハラもそれを認める理由であった。


「でも……他に方法はないですよね」


 ボソッとナルギが想いを溢す。

 仲が良い方ではあるが、彼女も決して、シズハラのイエスマンではない。

 命令には従うが、意見がないわけではなく、そしてシズハラはその言葉に目を見張る。


「そんな……ことはない。みんなでやれば――」

「みんなでやつらのえさになろうぜ。ってか? それともいっそのことげるか?」


 ガレスの意見に全員がかたふるわせるしかなかった。

 餌になれとは言えずとも武術科が逃げたら、それはコロニーの終わり。

 そして、そんなことをすれば、一体何のための武術科であるかもわからなくなる。


 進むも地獄じごく、退くも地獄。


 それは、ガレスとて状況的に同じだが、ヒーローメイカーが意味する重みは少しばかりちがう。

 基本的には違法――非常時にのみ使用される危険薬物であっても、コロニーごとによって法やルールに違いはある。

 彼のコロニーは合法とまでは言えずとも、他コロニーより、使用に対する制限の範囲はんいゆるい。


 その分、独自の治療ちりょう法も進んでおり、副作用を大幅おおはばおさえることが可能である。

 だが、人間というの生き物は肉体だけでなく心も弱い。副作用が抑えられると、今度はヒーローメイカーが持つ魅力みりょくそのものに取りかれてしまう。


 そして、その薬を使用するには彼のコロニーで生きていくしかない――ガレスにとってはヒーローメイカーの使用は自コロニーの人材補強にもつながる。

 であればこその提案――彼にとってこの状況は商売の一部でもあった。


 個人の思惑おもわくにほいほい乗せられるわけにいかなければ、武術科の未来のためにも使うべきではない―だが、使わなければ、命が消えていく。

 ガレスを除く全員が、苦しそうな顔でこれからの選択せんたくをどうするか頭をなやませる。


「……カンラギ?」


 みな真剣しんけんに悩む中、どこか別の場所を見つめるカンラギが、先程までかけていなかった眼鏡をかけている事にヒヤマは気づく。

 眼鏡型携帯けいたいとも言われる多機能眼鏡だが、明らかに会議ではなく眼鏡しに表示している何かに気を取られている。


「えぇ……なに?」

「なにって……」


 外からでは映像を表示させていることがわかりにくいタイプということもあり、ヒヤマ以外はカンラギがかけている眼鏡が、どう言ったものであるかはわかっていない。

 その事について、指摘してきしていいのかどうかでヒヤマは悩む。


「おい会長さんよぉ。ヒーローメイカーの使用を許可してくれるよなぁ?」


 第一、第二と付くように、生徒会としての権限は第一の会長が一番高い。当然、緊急きんきゅう時のヒーローメイカーの使用許可は彼が出さなければ服用は犯罪でしかなかった。


「戦艦級との戦域範囲にはいつころの予定かしら?」

「えっと……三時間以内かと」


 カンラギは観測班に予定を聞く。


 ちなみに光速航行の準備にはワームビーストは約一日かかり、救援きゅうえんも一日以内となっている。

 もっとも、光速航行の予測自体も絶えず行われているので、実際一日を持ちこたえたところで来てくれるとは限らない。


 退治、ないしは討伐とうばつをしなければ……


「そう。だったら、二時間ほど休憩きゅうけいね」

「……はっ?」


 カンラギの意見に全員絶句する。


「いや、まだ敵はビュンビュン飛んでいますが?」


 ガレスがあわてて現状の説明――動揺どうようしすぎて、若干言語に支障をきたしながら言う。


「そんなことをしている場合か?」


 シズハラもまゆをひそめて聞く。


「もちろん、全員じゃないわ。一番隊と五番隊、七から十一番から半数以上を出撃しゅつげきさせるわ」

「……過半数以上の隊ではないか?」


 計算弱めのシズハラさんがおずおずとたずねる。


「隊数はね、でも隊員の半分は残ってもらうわ。あと防衛部隊も三分の一までけずって補修と休養に当たらせましょう」

「ふーん」


 ガレスはカンラギ副会長からゆっくりとシズハラ会長へと目を移し、再度カンラギ副会長へと目を向ける。


「おやさしいこって」


 相変わらず皮肉げに言うと、ガレスはふぅーっと一息つく。


「まぁいいさ。ヒーローメイカーの許可をしてくれるんならそれでもかまわねぇよ」

「そうは言ってないわ」

「なに!?」

「今言ったのは、あくまで今すべきことよ。ヒーローメイカーの使用自体、二時間後に決めて問題ないでしょ」


 ピシャリと言ってのけるカンラギ副会長の意図を理解しかねるガレスは、だまって考え始める。


 効果の都合上、三十分前には飲む必要があるとはいえ、その決議をわざわざ先延ばしにする事は彼の性に合わない――それはカンラギにしても同じことであるとガレスは見ていた。

 口先では否定しながらも、しれっとたぶらかして飲ませるといった、悪女の一面は確実に存在する。だと言うのに――


「また、無駄むだな決議をするつもりか?」

「大事な話よ」


 口先だけの綺麗事きれいごとか、それとも――


「何か手段があるのか?」


 そんなのは絶対にない。そう言うつもりでの質問であったが、カンラギ副会長は肩をすくめながらも肯定こうていしてのける。


「保証はないけど、二時間以内に交渉こうしょうは終えてみせる――そんなわけで、申し訳ないけど一旦いったんお開きね。ヒヤマくん、あとはよろしく」

「わかったよ」


 カンラギ副会長を信用するヒヤマはあっさりと受け入れるが、ガレスの方はそうはいかない。


「待てよ」

「時間がないんだけど?」

「何するつもりか知らねーが、三回目の出撃からは十番隊を外せ」

「……なんで?」

「当然、ヒーローメイカーの服用候補だからだ」

「……なんで?」


 疑問に苛立いらだちを混ぜて、カンラギは聞き返すが、ガレス副会長はきっぱりと言い放つ。


「こちらこそがなんで? って話だ」


 ガレスがくちびるげながら、面白がる。


「リーフに使わせてるあれを、薬の力で底上げしてやれば……お前も内心思ったことがあるんじゃねーのか?」

「そんなことないわ」


 素っ気なく即答そくとうするカンラギであるが、ガレスはそんなことを気にする玉ではない。


「一番隊の出撃には賛成してやる。だが、いくら使用を許可された所で、戦艦級をたおしに行く時にまともな乗り手がいませんでしたじゃ話にならない。だから、リーフの出撃はもちろん、メンバーの説得もしろ」

「ありえないわ。そもそもヒーローメイカーの使用を仮に許可したとしても、強制はしないわ――もちろん説得もね」

「やれやれ、いくら子飼いの隊が可愛いからと過保護はいかがなものかと」


 ガレスはあきれたように首をる。


「まぁ……だとしても邪魔じゃまはしねぇよな?」

「っ――」


 回りくどい言い回しに、カンラギはガレスのねらいにようやく気づく。


 だらだらとくだらない、こちらがやるはずもないことを抜かし続けたのは、この本命を通すため――リーフ=アルビデのヒーローメイカー服用を邪魔させないためである。

 何を言われたとしても、カンラギはリーフへ薬を飲ませるつもりなどなかった


 しかし、誠実さが災いして、飲んでくれとたのまれると――だれが頼もうとも、責任感の強いリーフは服用を躊躇ためらわない……やめるように言えばやめてくれたかもしれないが、それをふうじることがガレスの目的。


 カンラギとガレスはにらいながら、時間だけが過ぎていき、そうしてカンラギは首元のヘッドフォンをさすりながら考えるふりをする。


 つけているメガネに表示されている画像は、視線誘導ゆうどうなどで表示のえが可能であるが、目線の動きが明らかに不審ふしんになるので、今この状況で気をらせているように見せるわけにはいかない。


 そして、このどこかミスマッチなヘッドフォンは、音質を上げる努力を放棄ほうきした代わりに、耳側の側面部――ハウジングがタッチパッドになっており、接続している機器の操作を可能にしている。

 ガレスに目線を固定した視界のはしたで、ヘッドフォンの側面をこすりながら、メガネ型のディスプレイに表示される画面を切り替えていく。


「そう……ね……」


 これから、ガレス副会長をまるむ算段を立てながら、予想があっているかどうかの答え合わせのために、時間をつぶしながら、間延びした返事をする。

 そして――


「邪魔はしないわ。リーフくんが飲むっていうのなら……その覚悟かくごあまえるしかないわ」


 覚悟を決めた表情で言うカンラギに、ガレスは喜色満面の笑みを浮かべていく。


「それでも、二時間後の決議までは、まだ決まってないからね」


 しっかりとくぎされてしまった、ガリスは呆れた顔になりながら答える。


「手があるってのならやってみるといい。おれらだって別に命はしいしな」


 思い通りになることを、確信しているガレスを尻目しりめに、ヒヤマ会長に今後のお願いを礼儀れいぎ正しくすると、カンラギはこことは反対の地下にある第三倉庫へと向かう。

 その道中、彼女が歓喜かんきに身を震わせていることに、誰も気付くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る