第18話 帰投

「最悪だ」


 くさったえさにたかるハエのように、弱ったフラン機へ防衛もうをくぐりけてきたワームビーストがおそいかかる。

 コロニー下側部のハッチから帰投するわけだが、四体だけともいえどワームビーストが近くにいる状態では開けてもらうわけにはいかない。


 それどころか、フラン機が動かないせいでハッチを開け続ける時間の確保に対する難易度は非常に高かった。

 泣き言を言おうにも、前線にはワームが来続けているため救援きゅうえんは不可能、こちらはこれ以上増えないことをいのるしかない。


「なんでこんなに残ってるんだ?」


 確認した中では四体ほど――たかが四体、されど四体……一人二体の計算でいかなければならない中、ワームビーストだけでなく、宇宙のゴミ――デブリまでがんがん流れてくるせいで、ラスターはうまくたおしきれずに防衛網へ悪態をつく。


「うっ……悪いな」


 ラスターの愚痴ぐちに、ケニスが何故か申し訳無さそうに謝る。


「いや、別に……」


 ケニスが悪いわけではないだろうにと、ラスターは曖昧あいまいにごす。


「一応、ちゃんと倒したんだけど、心配で確認をおろかにしてしまったから……」


 しゅーんと低めのテンションでケニスが申し訳無さそうに言う。


 そういえば、おれが倒せる敵を横取りしてくれましたね――とは言えない。

 結局、その後にもやってきた敵もケニスは見事に倒しており、下手すればフラン機の状態は機能停止ではなく大破――フランが死んでいた可能性だって十分にある。

 あとは、これから死ぬ羽目になるのを防ぐだけ。


「ちょこまかちょこまかと!」


 ビームをワームビーストにねらってつが、デブリにはばまれて霧散むさんする。

 照準補正はあくまで、ワームビーストの行動予測しかしていないので、せるデブリに対しては無力であった。

 それでもケニスはちょくちょく当てているあたり、パイロットのうでに問題があるのも事実だが。


「クソッ」


 フランを背負っているケニスが冷静に敵を撃墜げきついする中、ラスターは自らの不甲斐ふがいなさにイライラとする。


「落ち着けって」

「おま、うっ……」


 出撃前にあんなボロボロに腐ってたやつに言われたくねぇ! と言う暴言がかぶ時点で、自分がもう正気とは程遠い――とまでは言わないが、落ち着けと言われて当然の状態である事を察してしまう。


「ぶっちゃけ、結構ありがたいぜ。この状況じょうきょうでぎゃあぎゃあおびえないってのは」

「悪いな」


 さすが経験豊富と言うべきか。フォローまでされたら、これ以上はじをかく真似をするわけにはいかない。

 さらにはたくみにデブリを回避かいひして、二体目の討伐とうばつにまでかり始める。


「そもそも、お前が牽制けんせいしてくれるおかげで安心してめられるんだぜ!」

「そうか……ん?」


 それって――


「その一体は任せた」

「おう、任された!」


 交戦中の一体を完全に任せると、ラスターは二体に向けて適当に撃つ。

 倒すと言う意味では、欠片の役にも立っていないが、相手も距離きょりめることができずに、確かに牽制となっている。


 これを続けていればいずれエネルギーを吸収したワームビーストに反撃されるが、ケニスが敵を倒す時間の確保はできていた。


「残りも任せろ!」

「いや、これ以上は敵が増えるリスクが高い!」


 フランのバッテリー放電が相変わらずひどく、下側からせまるワームビーストはまだ防衛網を突破とっぱしていないが、これ以上増えたらキャパオーバーである。


「ハッチを開けてもらえ」

「いや、でも……」


 リーフ隊長が言えばまたちがっただろうが、このセリフをラスターが言っても、じゃあ開けようとはならない。


 ハッチ内もワームビーストの侵攻しんこう対策の一つや二つはあるだろうが、だからといってラスターごときの意見では無視されてしまう。

 開けさせたいのならのなら、開けて良い状況であると示す必要が――せめて一体はほうむらなければならない。


 ラスターはブースターをかして、巨大きょだいなデブリ――どこかのコロニーから流れてきたであろう装甲の一部に近づくと、足を乗せて両足りを放つ。

 ほんのかすかにデブリが動き、それ以上のスピードでラスターの機体はワームビーストに向かって飛んでいく。


「ラスター!」


 ワームビーストに向かってんでいくラスターに対して、ケニスの悲鳴のような呼び声が通信機から聞こえてくるが、彼にやってもらうべきは一刻も早い帰投である。

 突進を狙う機体のスピードはビームよりおそくはあるが、ビームとの違いってブースターによる方向変更へんこうが可能であった。


 デブリを間にはさんでかくれるワームビーストに対し、ラスターはななめに移動してそれを避けると、更に加速してワームビーストに体当たりをかます。

 ガチャーンとコックピット内に音がひびいてワームビーストとぶつかると、れい距離からのワームビースト特有の気持ち悪い音が聞こえる。


大丈夫だいじょうぶか!」


 ケニスの心配そうな声が通信庫から流れるが、現在は非常に危険な状態。

 体当たりをかましたところで、ワームビーストからすれば獲物えものを手に入れたも同然であった。

 高速で動き、ワームビーストと接触せっしょくしているラスターに対して、援護をできる者はおらず、そしてラスター自身に倒す術はすでにないので、あとは餌となるしかない。


 ――このまま、宇宙デートを楽しむつもりならの話であるが。

 

 グチャ!

 

 高速で突っ込むReXと、周りのデブリ――今回は隕石のため、正確にはデブリではないのだが、その間に挟んでつぶす。

 ギシャリといやな音が鳴るものの、クッションワームビーストのおかげで問題はない。


 幸いな事に、ワームビーストの血でれたReXも、カメラの部分には付着せずに済んでいた。


「さっさと行け!」


 一体倒したからといって、喜んでいるひまはない。


 残りの一体が、だれを標的にするかなんて分かりきっている。

 ケニスはコロニーへ連絡れんらくを取りながら、ビームを撃って、安全確保を狙う。


 ラスターもなんとか飛んでいくと、同じく牽制を放つ。


 二機しかいない中で、ワームビースト四体相手にハッチを開くわけにはいかないが、現状でなら開いてもらえる。


「ラスター、援護はいるか?」


 フラン機の収納を始めたケニスが聞いてくるが、ラスターは大丈夫だと断る。


「さっさと、倒して俺も帰投する」


 幸いにも減ってきたデブリに、牽制射撃のお陰で取れた距離。

 12m程のワームビースが残り一体であれば、対処可能な範囲はんいであった。

 

 スカッスカッスカッ

 

「……」


 対処可能な範囲のはずである。

 射撃が得意ではないのはすでに理解していても、当てるつもりで撃ったビームが当たらないのは、どうしようもなく恥ずかしい。


「というかビームがずれてるように見えるんだが!」


 コロニー近くとは言え、高速で飛ぶビームが重力発生装置の影響えいきょうをたいして受けるはずはないのだが、現実と向き合う余裕よゆうが今はない。


「おい、待て。まだ――」


 誰かと話していた、ケニスの声が通信機から消える。

 閉まったハッチに、見捨てられたと言うつもりはない。コロニー側からしてみれば、ここでラスターが臆病おくびょう風に吹かれて、コロニー内にやって来る事の方がこわいだろう。

 帰投したければ倒せ。簡単なことである――簡単なことであるはずだった。


 ギリッ


 撃てども外れ、敵を倒したいのか強化したいのか、よくわからない状況になってしまっている。

 冷静なんて状態から程遠い苛立いらだちを感じていることはわかるが、自身の感情を持て余し、ただただ苛立ちはつのっていく。


 一体ごとき、問題なく倒せるはずなのにうまくいかない。


 相手の攻撃は回避しているのだが、このままだと殺されかねない状況に歯をめながら、ビームを撃ち続けていくと警告音が響いた。


「はっ? 焼けつき注意?」


 警告理由はビームライフルの銃身じゅうしんの温度上昇じょうしょうによる焼け付きの警告。

 冷静さを失っているとはいえ、やけくそになっていたつもりはない。だというのに……


「っつかおい、曲がってねぇかこれ?」


 よく見れば銃身が曲がっているように見える。そして、よくよく思い出せば押しつぶした時に、銃身が少しばかり曲がってもおかしくない。

 曲がりすぎて暴発しなかったのは非常にありがたいことであるが、曲がった銃身によってビームが曲げられるのは非常に問題であった。


 AIの補助は、当然ながら想定した飛び方をするビームに対しての補助であり、独特のくせがついた武器であれば、事前に設定していない限り、それを考慮こうりょして飛んでいくことは絶対にない。

 曲がることをまえた上で、AIの補助なしに敵に数発当てる実力をラスターは持ち合わせていなかった。


 近づいてくるワームビーストにラスターは腹をくくり、ブーストを全力で吹かして近づいていく。

 距離を取れ――それが、ワームビーストを相手にした戦いの基本。

 そのために、銃の腕をみがき、多くの技術もその戦い方を前提として進化している。


 それでも――


「死ねや雑魚がぁああ!」


 エネルギーだんをひらりとかわすと、銃口をワームビーストの体へと突っ込む。


「ここまで来れば、どんな下手くそでも外さねぇっての!」


 連射モードにえて、銃が焼き付くことを気にすることなくビームをぶっ放す。

 撃ち続けるビームはつい貫通かんつうし、断末魔だんまつまのようにばしてきた前足の動きは止まる。


 さらには、銃身が曲がった上で無茶をし続けた銃までが暴発した。


 それなりに時間がかかってしまい、新たなワームビーストが近づいてくるが、爆発ばくはつの反動と、出口であるハッチから出ようとしたケニスのおかげで、ラスターの帰投はつつがなく行えるのであった。

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