第13話 ブリュンセル

「いたことないわよ」

「えっ? ほんと!?」


 あっさりと告げられる想像していないオチにおどろく。

 気になる事と言われて、告白の光景が思いかんだために聞いてしまったのだが、周りの雰囲気ふんいきは異様な雰囲気に変わった気がする――まぁこんな人当たりのいい美人が出入りしていればそうなるわなと言った感じでもあるが、それはそれとして。


「それは……意外でした」


 てっきりうそでもホントでもいると返って来るとばかり思っての質問であり、それどころか、いたことがないのは正直予想外である。


「はぁ……まぁいいわ。そう思われるのは慣れてるし」


 ふんっと少しばかり不機嫌きげんそうにそして、どこか可愛らしく言う。


 ――かなわぬこいでもしてるのか?


 ふと、思い浮かんだ疑問を口に出すのはやめる。まかり間違まちがってもこんな所で恋バナなんてしようものなら阿鼻叫喚あびきょうかん地獄じごく絵図になる未来しか見えない。


「えっと……他にも色々いろいろあるんですね」


 くだらない質問をしてしまった事を後悔こうかいしながら、別の資料に手をばして何もわからぬままながめていく。


「これは……」


 恋愛脳におかされたままである――というのは言い訳かもしれないが、カンラギ副会長と日に焼けたりの深いイケメンとのツーショットが目に入る。


なつかしいわね――これ、何かわかる?」


 一緒いっしょに写っている男……ではなく、背景と化しているReXを指差してカンラギが聞く。

 知らない男の解説なら困ってしまうが、知っている機体ならば答えられる。


「この特徴とくちょう的な外装はヴォルフコルデーですかね? かなり改造が加わっているように見えますが――」

「わかります? 六世代型量産機だったこれを我々が第七世代のエース仕様へと改造したんですよ!」

「七世代?」

「えぇ、元の六世代型と違い

 エネルギーコアにあるエネルギーを直接! 使うことが可能なんで、すぐに戦場へともどることが可能になります!」

「へー……」


 必要も興味もない説明に、ラスターは曖昧あいまいな投げやり気味にうなずく。

 ワームビーストのエネルギーコアから取り出した生体電流は、運用しやすいように一度変換へんかんしてから使うのが基本である。


 しかし、ReXは七世代型からは機体側で直接稼働かどう電力として運用できるようになっているのであった。


 もっとも、ビーム兵器は電気エネルギーを変換して打ち出しているが、現在ではワームビーストから取り出したエネルギーを直接ち出すほうが、変換するより効率が良い……というのを活かしたのは八世代の話である。

 

「ちなみにOSが世代ごとに分かれていないのは何故だか知ってますか?」

「えっ……あぁ、まぁ」


 作られた機体はコロニー毎にどうしても差異は出るが、協力がしやすいOSに関しては、ネットをかいしてのアップデートが比較的ひかくてき容易であるため……のはず。

 もっとも、最新であれば使い手にとって、いかなる時も最高というわけではなく、わざと古いOSを入れたり、エースなどであれば専用のOSを使っていたりする。


「技術革新のためとはいえ、他のコロニーとの差をなくすべく――」


 熱い口調で、何故汎用はんようOSの進化が可能であったかを教えてくれるのだが……


 ――やばい、会話にきてきた。


 うろ覚えの過去の記憶きおくを思い出している間にも、目の前の研究員はひたすら話し続けているのだが、熱意が全くわない会話ほどめんどくさいものはない。

 幸いな事に、相手は言いたいことだけ言うタイプであると察したラスターは、完全にスルーの構えを取った。


「はは……ここにあるのって基本的に五世代や四世代の者が多い中、すごいんですね」


 心にもないことをいいながら、話が通じるカンラギ副会長へと話題をってみるが、なぜか不思議そうな顔をしたまま質問をしてくるのであった。


「――この機体知ってるの?」

「ん?」

「この機体を知っていたの?」

「えぇ……まぁ」


 探るような目つきで聞かれたラスターは、雑音に気を取られながら適当に首を振る。


「もしかして、君ってトリヴァス出身?」

「あー、暮らしてた事ならあります」

「そう……じゃあ、こいつは知ってる?」


 カンラギはいつくしむように、写真に写る男をでていく。

 ベラベラと未だうんちくを披露ひろうする男が鬱陶うっとうしいような、このあまく引き寄せられそうな雰囲気をぶちこわしてくれてありがたいような気持ちに板挟いたばさみになりながら、彼女の質問に答える。


「いえ、初めて見ました」

「かなりの実力者よ。確かビー……なんかに選ばれたとか」

「ビーサル?」

「そうそう! それそれ」

「へー……でも、それじゃあ、ちょっと知らなくてもしょうがないと言うか、なんというか……」


 ビーサル――であれば強いと言うのとは確実に違う。

 トリヴァスにおいて、最強の十人としての栄光にかがやく――ブリュンセルと呼ばれる者たちがおり、それらに選ばれた部下をビーサルと呼ぶ。

 ブリュンセルによって、選ぶ基準が人それぞれであるため、本当に強い者もいれば、ただ顔が良いってだけの場合もあるのでなんとも言えない。


「確か師匠ししょうは、そのコロニー内で一番強い人だって言ってたわ」

「一番強い?」


 トリヴァスで一番強いと言えば――


「ユードリッヒのビーサルなんです?」

「そうそう……そちらはちゃんと知ってるのね」

「まぁ……」


 うれしそうに微笑ほほえむミレアに曖昧に笑って誤魔化ごまかす。


 ユードリッヒ=マイザン――じゅう格戦技の使い手でありトリヴァレアにおいてまぎれもなく最強である壮年そうねんの男性である。


 基本的に無口で、日々鍛錬たんれんを行って過ごし、自身が強くなる事と、その片手間で教育をすることぐらいしか興味のない男であった。


 弟子や部下を取ることを関してはあまり躊躇ためらうことなく、彼の弟子けん部下を名乗る者は五十人ほどいる――部下であるとしか言わない場合だと十名程である。

 弟子になろうとしても、適当に選ばれるわけではないので、彼に選ばれたとなれば、それなりに実力は秘めているのであろう。


「強いんですね」

「えぇ……強かったわ……」


 どこかがれる甘やかな声、ほっそりとした長い指で、写真の中の男に思いを届けるように優しく撫でていく。


「今は何を?」

「……死んだわ」

「あー、そうですか」


 会話選びを完全にしくじってしまったラスターは苦々しい顔をする。


「そうよ……あんな強い人でも、簡単に死んでしまう」


 カンラギは悲しそうに言うと、ラスターのかみへと手を伸ばして優しくれる。


「そうはならないようにみんな全力でくすけど、それでも何が起きるかはわからないわ」


 少し冷たくて、こそばゆい指――不安にふるえる感触を伝えながらほおへと移っていく。


「生き延びる事を考えなさい――そうすれば……大丈夫だいじょうぶよ。頑張がんばって」


 申し訳なさそうにカンラギ副会長が言う。

 どこまで介入したかは不明だが、不自然なまでの作戦への参加の流れは、人の意思を感じざるおえない。

 それでも――


だれかがやらないといけない事――でしょ? みんな大丈夫ですよ」


 頬に触れる手をつかんではなす。


 手を掴んで意思を伝えているのか――それとも美人の指に自分の指をからめるセクハラをしているのか、いまいち自分でもわからなくなるが、カンラギは両手でつつむと、「頑張って」と言って微笑む。


「ちなみにここには八世代までしかありませんが、ReXは何世代まであると思いますか?」

「……十世代」


 カンラギとの甘やかな時間を過ごす間、めげる事なくコロコロと話題を変えながら話していた男が質問してくる。


「正解は十一世代ですよ! 半年前に開発に成功しており、それによって――」

「では、おつかさまでした!」


 ありがたい薀蓄を垂れ流す男には目もくれず、カンラギだけに向かって手を振るとそそくさとした。


「意外と時間はつぶれたな」


 時計を見ながら、パーティーとやらの時間を思い出す。

 今から行っても間に合うが――寄り道をするぐらいの時間もある。


「頑張って……か」


 ありふれた言葉だし、誰にでも言っているのであろうが、そんな言葉をこれほどまでに真摯しんしに言ってのけるのもある意味才能だろう。

 このコロニーでNo.2、生徒会副会長として上に立つ者としてのカリスマ性。


「まっ、やれることだけやっときますか」


 そうしてラスターは――パーティーに少しおくれた。

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