第14話 決戦前の準備

「おっそーい!」


 ユリウスの家のドアを開けると同時にタックルしてきた少女をきとめる。


「何すんだお前」

「あのね、あのね。こっちきて! こっち!」


 ガタガタの語彙ごい力で部屋へときずりむルーナに引っ張られて、ラスターは中へと入っていく。

 リビングを開けるといいにおいが部屋一面に広がっており、テーブルの上には数々かずかずの美味しそうな料理が並んでいた。


「いよいよ、明日ね」

「だなー……まぁなんとかなるだろ――ぐはっ」


 びをしているラスターにルーナが後ろから飛びついてくる。


「いてぇよ」

「……なんとかしなさい」

「え?」

「なんとかするの! わかった?」

「わかったわかった」


 おこっているルーナをあやして頭をでると、不服げな表情はそのままながらも、納得した様子ではなれていく。


「さ、ご飯にしよう」


 ユリウスの言葉に異論のない三人は素直に従ってテーブルを囲む。

 ラスターのとなりにルーナが、正面にユリウス、対角にミレアが座って食事を始める。

 用意された料理は……どれもこれもびっくりするほど美味しい。


「これいいな」


 パクリと食べたとうげの非常に美味なこと――何気なしにらした感想だが、ラスターは異質な雰囲気ふんいきを感じ顔を上げると、周りの連中はどこかニヤニヤと、そしてルーナはふにゃふにゃと笑顔と言っていいのか力がけた顔をしていた。


「どーかしたか?」

「はにゃ!」


 ラスターに声をかけられたルーナは、ぶんぶんと首をって何もないと主張する。


「そかそか、美味しいからお前も食べてみろ」


 ルーナからスプーンをうばり、唐揚げを乗せると口元へと持っていく。


「あわあわ、あーん……はふっ!」


 小さい口を頑張がんばって広げて唐揚げを半分ほど食べる。


「美味しいな」

「うん……まぁ……」


 微妙びみょうな顔をしながらルーナがうなずく。

 もし、作ったのがミレアならそく絶賛するだろう――つまり、


「作ってくれてありがとうな。美味しいよ」

「はわあああああ」


 自分が作った料理をめられたルーナはこわれたように声を漏らし続ける。


「ほらほら、私たちが作った料理も食べてね」


 ミレアがサラダとピラフもラスターの目の前に置いて食べるようにうながす。


「よかったね」


 ルーナに言った小声を、ラスターは聞こえなかった振りをしながら食べていく。


「これもいいな」


 ルーナはガクガクと首を縦に動かして、激しく同意する。


 自分のことだとずかしがるくせに、他人のだと素直に認められるようである――本当に美味しいと言うのもあるだろうが。

 たわいもない話で盛り上がり、作ってもらった料理に舌鼓したつづみを打っていると、時間はあっという間に過ぎていく。


 ペコペコの腹も大きくふくらみ始めると、食事よりも会話がはずむ。


「ReXは慣れました?」

「あぁ、問題ないよ」


 食事の手を止めて質問するミレアに、ラスターは気にすることなく平らげていきながらあっさりとしたようすで答える。


「結局どの大きさに乗るんだ?」

「一五M級だと思うよ……これまで乗ったのはだいたいそれだ」


 ReXにも種類があり、大きさでざっとした区分けがされている。

 予備兵だったり、小隊に入っていない武術科だったりする生徒は八M級のReXを動かし、ラスターのような小隊に所属していると一五M級、隊長格や一部のエース機であれば一八M級となる。


 もっとも各種装備や、機体次第で大きさが異なるが、おおむねそのような感じである。


「小隊で大丈夫だいじょうぶ?」


 隣で心配そうな様子を見せるルーナの頭を撫でてあげる。


「八M級に乗るよりむしろ安全だと思うよ」


 後ろでガヤ要因として、弾幕を張るのが仕事の八M級の仕事であり、隊長の近くでふらふらと飛んで、ワームビーストをとすのが、小隊員の仕事であった。


「だといいけど……」


 心配そうな表情のままルーナは、はむっとご飯をつまんで食べる。


「そういや、明日の移動の準備は終わったのか?」

「うん、大体は終わってるよ」


 ユリウスはおだやかな笑みをうかべて答えると周りもうなずいていく。

 作戦の予定時間は大体8時間――決着は明日中に着く予定であり、その間、武術科以外の人たちはシェルター内で過ごすことになる。


「あとはつかれを残さないようにゆっくり休めるだけね。ごちそうさま」

「「「ごちそうさま」」」


 食べ終わった食器を流しへと持っていくと、ミレアとルーナは一緒いっしょにお風呂ふろへ入りにいった。

 小学生にしか見えない見た目とはいえ、自分で風呂にも入れないお子様というわけではない。単純に仲の良さが理由である。


 ひまになったラスターは、ユリウスが食器を洗う中、椅子いすに座ってボケーッとする。

 手伝えと言われたら手伝うが、逆に言えば言われなきゃ手伝わない――だが、暇ではあった。


「そういや……ここに来る前、カンラギさんが告白されてた」

「へー」


 ガチャガチャと食器を鳴らしながら、ユリウスは洗い物を片付けていく。


「で? 君らはいつになったら付き合うんだ?」

「……」


 沈黙ちんもくを守るユリウスだが、ガチャンと食器を鳴らし、わかりやすく動揺どうようする。


「そう言うお前らはどうなんだよ」


 ヤケクソの反論に、ラスターは落ち着いて返す。


「どう見ても犯罪しゅうがやばすぎるだろ」

「……本人には言ってやるなよ」


 中学からの知り合いだけに、たがいの変化にあまり気づかないものだが、それでも過去の写真や、ちょっとしたきっかけで案外ちがいを感じるものである。が……


「成長止まってるやん」

ぼくは何も言ってないからね」


 気まずそうに目をらして、洗い物を再開していく。


「で? なんで付き合ってないの?」


 ラスターの質問にユリウスは口を真一文字に結び言いたくなさそうにする。


 気になると言えば気になるが、意外な頑なさにラスターはおどろき、これ以上は聞くのはあきらめようと冷蔵庫からジュースを取り出す。

 めるのをやめると、やはり少なからず聞いて欲しかったのか、ユリウスは食器を洗う手を止めてボソリと口を開き始める。


「別れることを前提にして付き合うなんて……それに、迷惑めいわくにもなりたくない」

「ん? 別れる?」

「僕と彼女じゃ身分が違いすぎる」

「あー、知っちゃったのか……」


 ユリウスはどちらかと言えば自己評価が低い男であるが、この場合はミレアの身分が本当に高い。


 この学園生活においては関係ないが、卒業して、元の住んでいたコロニーにもどれば彼女はユリウスでは手は届かないほどの身分の高い女性――王族に連なるむすめである。

 ちなみにラスターはミレアと小学六年生からの知り合いであり、彼女がどこの生まれであるのかを知っている――ラスター自身は普通ふつうに平民の出であるが。


「あぁ、中学の……いつかは忘れたけど、そのころに聞いた」

「それはなやましいねぇ」


 ユリウスは再度洗い物を始め、それを見ながらラスターはジュースを飲む。


「どうすればいいかわからんけど……そうだな、だれかにアドバイスでも聞くとか?」


 諦めろとアドバイスをされると困るが、そもそもそんなことを言われなくても、彼の心は諦めに向かっている。


「王族とか、そうだな大貴族の系譜けいふで、しかもそれを公表しているやつに聞くとか? ――誰かいるか?」


 心当たりのないラスターは首をかしげるが、ユリウスは「あっ!」と声を上げた。


「誰か心当たりが?」

「いや、確か副会長が貴族出身って聞いた覚えが」

「副会長って――カンラギ?」

「うん」

「あー、あり得そう」


 探せば案外わかるかもと、スマホを起動して名前を打ち込む。

 インターネット――かつては世界中とつながっているとまで言われた惑星をおおう規模の巨大きょだいなネットワークも、今では手軽に接続できるのはコロニー内のサーバーのみである。

 今日見学した研究所などであれば、近くの衛生サーバーを経由して、他コロニーの情報も手に入れれたりもするのだろうが、経済価値の低い情報はそんなに出回らない。


「おっ、あった」


 他コロニーの情報獲得かくとくは難しくても、このコロニー内で出回っているものであれば、調べれば割と出てくる。ましてや注目度の高い話題となれば、さらに容易い。


「へー、ディートリーク出身……って巨大コロニーじゃねーか」

「そこで……やっぱ貴族なの?」

「フレアエクリプスのご令嬢れいじょうらしいな。しかも他の家族は全員火事で死んでいるらしいぞ」

「……うわぁ」


 悲惨ひさんな情報までが記されている記事に、ユリウスは顔をしかめていく。

 ゴシップネタが好きな人間はどこにでもいる。


 この学園に存在するマスメディア部も、話題性の高い情報をあつかい、当然カンラギ副会長の情報も集めていた。


 悲惨な情報も知ってしまったが、それでも今回はありがたい。

 巨大コロニーの令嬢と、よくあるコロニーの王族の系譜――同じ存在ではないが、良いアドバイスをもらえる期待はできるかもしれない。


「機会があれば、聞いてみたら」

「……頑張るよ」


 ジュースを飲みながら、ユリウスの仕事ぶりをただただ見つめるくずスタイルをつらぬいていると、リビングへルーナが飛び出してきた。


「お風呂から出ました!」

「おぉ、どっち先にする?」


 目敏めざとくジュースを見つけたルーナは、即座に冷蔵庫に飛んでいくと、自分もジュースを飲み始める。


「お先にごめんね。洗い物は私がやっとくから、ユリウスくんとラスターくんも一緒にどうぞ」

「「それは断る!!」」


 ずれたことを言うお姫様ひめさまの親切をバッサリ断りながら、一緒に洗い物をする二人を置いとして、ラスターは風呂へと向かっていった。



 カタカタカタカタとひびくキーボード音。

 生徒会室で赤い光を灯すヘッドフォンをつけながら夜おそくまでキーボードをはたき、明日の準備に備えていく。


(なぜ? しかも――よりにもよって)


 モニターに表示される文字、画像、動画――様々な情報を表示しては消し、表示しては消して情報を集めていると、画面の上ににゅっと指が現れた。


「ヒヤマくん?」

「もうた方が良くない?」


 時間はまだ十時――であるが、明日の作戦開始にともない武術科以外の半数の人はすでにシェルターに入っている。

 第一生徒会のメンバーは、今回の作戦においての指揮もねているので避難ひなんはしないが、それでも明日に向けて寝るべきだろう。


「ねぇ、ヒヤマくん。ちょっとお願いがあるんだけど」

「……何?」

「調べたいことがあるから……アレ、貸してくれない?」


 しなっとびて言うと、ヒヤマ会長はわかりやすく鼻の下を伸ばす真似こそいないが、まゆをピクリと動かして、やれやれとあきれた様子でカードキーをわたす。


「これかい?」

「ありがと」

「あまり無茶しないで」

「えぇ、おやすみ」


 ニコッと笑うカンラギにヒヤマは一抹いちまつの不安を覚えていく。

 彼女が自己利益を常に優先して考えるかなりエゴイストであることは知っている。


 しかし、だからといって誰かをおとしいれることは少ない――シズハラにやったのも自己利益優先だが、からかいの範疇はんちゅうであろう。

 エゴイストであり、他人を手玉に取るが、その後の関係性も利益まで考えての行動していく。


 本人いわく、自己利益とは、まず他者の幸せを考えることであり、経済の本質でもある――だそうだ。

 おそろしくもあり、そして魅力みりょく的な女性のわがままを受け止める決意をしながら、ヒヤマは会長権限の行使可能なカードキーを渡すと生徒会室から出ていく。


「おやすみ、明日もよろしくね」


 にっこりと笑うカンラギの姿を心に残しながら、睡眠すいみんを取りに行くのであった。

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