第11話 ラスターの力

 演習中にするような話ではないこいバナをしている間にも、演習は順調に進んでいき、最終フェーズへと入っていく。


「まぁ、リーフくん以外も上々じょうじょうといった感じね。後は彼がどれだけ使い物になるか……本人の努力次第ね」


 うんうんとうなずいていると、何か言いたげな様子でおずおずとオペレーターが見てくることに、カンラギは気づく。


「なに? どうかした?」


 ニヤニヤとやらしい笑みをかべて聞くが、想像以上に真面目な顔をして話そうとするユズリハにカンラギも気をめる。


「あの――気のせいかもしれませんけど、ラスターさんの数値……なんか変なんです」

「変? 機械が?」


 当然、故障していれば機械の精度は悪くなるが、首をるユズリハはそうでないと言う。


じゅうの命中精度は低い――というより、どこか投げやりに感じます。あまりやる気がありそうに見えませんし、実際やる気がないのかと思われます。ほんとに上手いか下手かはよくわからないですが……」

「そう……」


 カンラギは自身の記憶きおくを探り、様子を探っていく――なんだかんだで素人にしては当たっている気もするが、やはり結果を見れば全体的に外れていた。


「一番不思議なのは――安定性の項目こうもくです」

「そうなの?」


 カンラギは表示されている数値を見ながら、首をかしげる――初心者ならこんなもんであろう。

 ReXを動かせる学術科生徒と言うのはめずらしくない。ゲームと同時に、この世界でくために必要な技能が手に入るザファールは、学術科の生徒にもよく遊ばれている。


 だが、ザファールで遊んでいれば実際のReXの乗りこなせるわけではない。

 ザファールとReXでの一番のちがいは重力である。

 基本的に重力発生装置の上で使うザファールと、宇宙に出て戦うReXとでは体にかかる重力の存在によって、おどろくほど大きく差が出てしまう。


 たとえザファールで安定した操縦が出来たとしても、実際に宇宙に出て動かすと、いびつな動きになることは多い――緊張きんちょうによる影響えいきょうや、使ったザファールの感触かんしょくが乗った機体とズレすぎている場合も勿論もちろんあるが。


「安定性の数値が悪い人たちはみな、乗っている挙動も不安定になりがちです――しかし」

「っ!? もしかして……ラスターくんの乗り方からはそうは感じない?」

「はい! それに……」


 言いづらそうによどむオペレーターは意を決して話す。


「その……フォビル先輩せんぱいも安定の数値は悪かったのです」

「えっ?」

「いえ、命中精度はそれはもう、ものすごく良かったですけど……他の項目は……試験中だと、わざとよくしてるけど、いつもは普通ふつうにやっているとおっしゃってました」

「へー……」


 カンラギは相槌あいづちを打ちながらなつかしい名前を思い出していく。

 フォビル=マックアラン――元一番隊隊長であり第二生徒会会長、当時副隊長であったシズハラと恋仲関係にあった男である。

 戦うスタイルは――銃格戦技。


「まさか……」


 数値という点では機械は人間の目視より、非常に正確である。

 だが、その数値が何をもって正確かといえば、標準化された範囲はんいに置いての話であり、もし、戦い方が一般いっぱん的からずれている場合、数値は正確であっても適切ではない。


「彼も銃格戦技を収めているというの?」


 銃格戦技――近接戦闘せんとうも視野に入れた考え方は一般的ではなかった。

 そのため、独特の乗りこなしをすることが多く、機械での判定が実際とズレることになる。


「どうでしょう……もしかしたら命中精度の悪さもそれが理由……? でも、フォビル先輩は別に問題なかったですし」

「あの手の天才と一緒いっしょにしちゃダメよ」


 やり方が違えど応用が利く――そんな異次元の存在を基準に持ってくるべきではない。


「とりあえず、ザファールの調整でもしてみますか」


 びをしながらカンラギは椅子いすから立つ。


「じゃあ、リーフくんへの報告はよろしくたのむわね。そして、ラスターくんにもミーティングルームに来るように伝えといて」

「わかりました」


 手駒てごまは多ければ多いほどいい。銃格戦技の設定をシミュレータに入力する準備をカンラギは始めるのであった。



「呼びましたか?」

「えぇ、元気そうね」

「そう見えますか?」


 にこやかに微笑ほほえみかけるカンラギ副会長に、ラスターは不服げに返す。

 今更いまさらやめたいなど言わないが、面倒めんどう事の元凶げんきょうに言われてもなぁ……といった所である。


「ちょっとこれに乗ってもらえる?」

「はぁ……」


 シズハラ大隊長のお願いならお断りも視野に入るが、カンラギ副会長と仲違いするのは今後の関係上よろしくない。

 少なからず不服に思いながら、ラスターはめんどくさそうに返事をする。


「じゃあ、お願い。実際の雰囲気ふんいきねてヘルメットも頼むわ」


 いやならいいわ――と言ってもらえることを期待しながら嫌そうな態度で手を伸ばすが、カンラギは気にすることなくヘルメットをわたす。


「しかし、なんで?」


 ザファール――その中でも高級の部類に属する大型かたみ体をやる理由を聞く。

 すでに簡単な操作を終え、宇宙空間での練習も始めたと言うのに、そんなことをしなきゃならないのかわからなかった。


「あなたに銃格戦技を試してみて欲しいの」

「いや、なんで?」


 理由に心当たりのないラスターは不思議そうにするが、にっこりと微笑むその美貌びぼうから彼女の意図は読み取れない。


「はぁ~、下手くそでも文句言うなよ」


 中に入ると銃格戦技モードで起動し、ラスターは操縦を始めた。

 

「なんだこれは――」


 ザファールの中からラスターの嫌そうな声が響いてくる。

 近接戦を意識した上で、それなりの技量があることを前提にしたシチュエーション――大量のワームビーストがいる地域をけるミッションであった。

 両手の銃をたくみに操り、敵をほろぼす戦い方は、狙撃そげき手より射程圏内けんないが短く、危険であるが、一騎当千いっきとうせんの戦いが期待できる。

 

 スカッ!

 

 しかし、全部が全部ではないにしても、微妙びみょうな位置にいる敵相手にラスターはそこそこの確率で攻撃こうげきを外していた。


「上手いとは言いにくいけど、別に下手ってほどでもない感じか」


 苦手な人間なら、武術科であっても既に負けていてもおかしくはない。その点、ラスターは綺麗きれいに立ち回って破壊はかいけている。

 ミラクルアクロバティックがあるわけでもなく、射撃のうでもそこそこ。

 ワームビースト相手に平然と近接出来るのは、度胸があるのか、それとも恐怖きょうふを知らないだけなのかが分からない――ゲーム感覚で遊んでいるだけとも言える。

 つまるところ――


「よくわかんないわね」


 やれやれとため息をつきながら、現在の査定スコアを見ていく。


「安定性の項目は……微妙ね」


 高くはないが……それでも先程より上がっている――か?

 全体的に最悪ではないが――適切な言い方だと凡庸ぼんようとなるのだろうか?


「結果が似ているかと言っても、彼と同じ様に出来るわけでもないか……」


 フォビル=マックアランと比べるのは可哀想かわいそうだが、そもそも武術科クラスの順位においても、現状の結果は合格最低点と言ったところだろうか?

 銃格戦技を極めたいと目をキラキラさせて言う少年であれば一考の余地はあるが、本人にほとほとやる気が感じられないのであれば、要望どうり後方から安全に撃たせる現状の立ち位置を変えるべきではないだろう。


 意外と長い間、かわし、倒しで持ちこたえているが、体力ゲージがなくなり、戦闘シミュレーションが終わた。


「おつかれさま」


 出てきたラスターにカンラギは労うと、今回の結果を報告しようとして――やめる。

 悲鳴を上げなかったのは奇跡きせきか、それとも上げることすら出来なかったのか。

 ザファールから出たラスターは無言のまま出口へと向かい、その姿にカンラギは息をひそめて出ていくのを待つ。


「きゃっ――」


 進行方向をふさいでいるカンラギに向かってラスターは手を伸ばすと、かれるように距離きょりを取る。


「待っ……」


 すがるように手を伸ばすカンラギを、ラスターは意をかいすることなくこの部屋から出ていった。


「な……に?」


 一瞬いっしゅんの出来事は、気のせいかとも思わせるが、それでも感じたギュッと身をつかまれる恐怖、あれ以上口出ししていれば、こちらになぐりかかって来るかもしれないと思わせるほどの苛立いらだち。


「なん……だったの?」


 ワームビーストは人類の不倶戴天ふぐたいてんであり、あれほどの量におそわれるは、普通ではえきれない可能性がある――という考えは失念していた。


 いや、正確にはそんな様子を見せたら、やめさせればいい話であり、今回記録していた範囲で彼に異常は見受けられなかった。

 銃格戦技の使い手としての才能があるなら、それ専用の装備を取り付けることによって、仮に危機が訪れたとしても生存率を上げることができる。


 面倒事をけたいわけではなく――むしろ、ラスターのためを思った特別あつかいに近い。

 だからと言って、あなたのためを思ってやってあげた――なんてのは押し付けがましい言い分であることが想像出来るので言うつもりもないのだが……


 武術科でも――いや、だからこそ喧嘩けんかっ早い人達は多かったりする。

 下心混じりのいかりをぶつけて来るものなど、両手の数をえて経験してきた。

 それらを、華麗かれいに処理するなどわけない――かかってきたわけじゃないから、対処できなかったとも言えるが……


「さすが……ミレイ=フォードと言ったところかしら?」


 学術科の――しかも、あのミレイ=フォードと仲良しとくれば、少なからず借りを作っておけば便利であると言う考えの元、彼をんだと言う側面は実のところ多い。

 だからこそ全力で補佐ほさをする構えがあるし、その為に焼いたお節介である。


「面白いものをかかえているわね」


 これほどまでの恐怖を感じさせられたのは久しぶりであった。

 指でくるくると長いかみを巻きながら、動揺どうようを消していく。

 次期生徒会メンバーにからんでくるミレイ=フォード――仲良くするきっかけをどのように掴み取るか考えながら、カンラギは深呼吸をして明日の予定を組み立てていった。

 

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