第4話 お昼ごはん

 対処すべきワームビーストの数は1体であったため、処理自体はすぐ終わった。

 しかし、避難ひなん所のシェルターがすぐに解放されるわけではない。

 まぎんだワームビーストがいないかの確認に始まり安全の確保ができてから解放される。


 とはいえ、一斉いっせいに解放するわけにもいかず、警戒けいかいレベルを徐々じょじょに下げていき、希望者から順に解放されていく。

 夜おそい時間帯で交通機関もほとんど止まっているため、ラスター達四人は仲良くかたを寄せ合い、シェルターで一晩過ごすのであった。



「なんで授業があるのやら」


 昼休み、食パンをかじりながらラスターが愚痴ぐちる。

 普段ふだん閉鎖へいさされているはずの屋上に四人で昼ごはんを食べられるのは天文学部の特権――またの名を職権濫用らんよう賜物たまものであった。


 なお、義務は何一つ果たしていない――彼らは天文学部所属の帰宅部員である。


 リンゴパーティーなる予定と共に、日曜日がつぶれた彼らは、朝には何事もなかったかのようにシェルターから解放され、家から遠いラスター以外は一度家に帰ってから学校に来る余裕よゆうまであった。


被害ひがいもたいしてなかったようね」


 ミレアは携帯けいたいで被害状況じょうきょうを調べながらしみじみと言う。

 重症じゅうしょう一名、軽症十五名。

 突然とつぜんたワームビースト相手に死者0名は奇跡きせきであり、他の軽症者は避難の際に少なからず起きる事故が原因であった。


 別の被害を関しても、ワームビーストを追った時や、討伐とうばつ時のながだまで建物が数けん損壊そんかいしたぐらいである。

 住居者などからすればでかい被害だが、それでも人類の長年の大敵を相手に死人が出ていないのは僥倖ぎょうこうであろう。


 食べれば食べるほど成長するのだが、うでを食べた時点で腹がふくれたのか、あれ以上人間を食い散らかすことはなかったらしい。


「それに、武術科の人達も事故はなかったみたいね」

「だから、平和に学校があるんだよね……授業が減るかと思ってたのに」


 ミレアが教えてくれる情報に、ルーナは幸せと不幸が入り混じった微妙びみょうな顔で答える。


「あいつらは一人や二人が死んだくらいでギャーギャーうるさいからな……」


 不快そうにラスターも続けていく。


 慣習的に武術科の生徒がワームビーストの被害で死者が出ると、自粛じしゅくムードという名の武術科による八つ当たりが始まる。

 始まりは学術科による武術科に対しての敬意による習慣だったが、積み重なった習慣は、いつしか既得きとく権益となっていた。


「あいつらは世界が自分達中心で回っていると思ってるからな。あーくっそ、今思い出しても、前の見舞みまい金の時のくだりはくっそ腹が立つ」


 不満をこぼしたラスターは、それを引き金にさらなる不満を思い出す。

 あれやこれや理由をつけて金をせびり、見舞金の値段にあーだこーだと口を出してきた苛立いらだちは消えていない。


 彼らがいなければ、自分達の安全は保証されない――しかしながら、その点を考慮こうりょして武術科たちは数多くの優遇ゆうぐう措置そちほどこされている。

 優遇措置自体は当然であるとラスターも考えているが、いかんせんそれらのおかげで武術科の生徒が増長しやすく、学術科生徒との確執かくしつはそれなりに多い。


「大事な仲間とやらが消えて、なんでおれらが一週間自粛せにゃならんのだ」


 そして彼らは邪気じゃきばらいなどとしょうしておまつさわぎ――ぶち殺すぞ。


「そんなことより! 映画行かない? リトルナイト絶対面白いって!」

「確か――子供の騎士きしのお話でしたっけ?」

「そうそう!」


 不穏ふおんなムードを壊すべくルーナが提案する――本心というのもあるだろうが。


「面白そうですわね」

「確か二週間後だっけ? 楽しみだね」

「お前なぁ」


 特に乗り気ではなかったはずのユリウスが、楽しそうなミレアを見てあっさりと手のひらをひるがえしたのをみて、ラスターは苦い顔をする。


「いくよね!」

「はぁぁああああ……」


 鼻がひっつきそうなほど顔を近づけて同意を求めるルーナに、ラスターは深いいきをついてしまう。

 この状況でも、お断りしたいぐらいには本気で行きたくないのだが、雰囲気ふんいきに絶対に流されないという鉄の意志は持ち合わせていない。


 長い溜息で時間をかせいで抵抗ていこうしながらも、渋々しぶしぶと同意を――言おうか言わまいかで迷い続ける。

 

 ピーンポーンパーンポーン

 

 チャイムではない音が学校にひびく。


「生徒会からのお知らせです。ラスター=ブレイズ、ルーナ=クララ、ミレア=フォード、ユリウス=シグナ。以下四名は放課後、生徒会室までお集まり下さい。もう一度いいます。ラスター=ブレイズ――」


 名前を読み上げられる中、彼らはたがいに顔を見合わせて首をかしげる。


「俺なんも悪い事……多分……きっと、してねえぞ?」

「まぁ君だけならともかく、ぼくらもだしねぇ」

「おいコラ、どう言う意味だ」


 不本意な事を言われたラスターはユリウスをにらむ。


「まぁまぁ、そもそもおこられると決まったわけじゃないでしょ?」

「じゃあ、逆になんで呼ばれるんだろ?」


 怒られる以外で呼ばれる事に心当たりのない可哀想かわいそうなルーナに、ミレアはうーんと腕を組んでなやみ始める。


「例えば、みんな仲良しでえらいね……とか?」

「かわいい」「ちょう可愛い」


 即座そくざちがうと分かることを、天然で言ってのけるミレアに、男二人は眼福と言った様子でうなずく。


「ミーちゃんちゅきー」

「きゃー」


 抱擁ほうようというより、むしろ攻撃こうげきに近い身のこなしで、ルーナはミレアにタックルをかまして愛情表現をおこなう。


「ちゅきちゅきー……えっ?」


 身をめて、体をこすり寄せていたルーナはパタリと動きを止めて、顔を上げる。


「ちょ、何するの! ひゃっ……やめ、やめて!」


 信じられないとばかりに目を見開いたルーナは、胸をじっと見つめながら手をばすと、おっぱいをひたすらみ始めた。


「デカく……なった!?」

「やっ……せ、成長期だからしょうが、ひゃん!」

「成……長期?」


 なんだそれはとばかりにうごめかしていた手を止めて、がっくりと項垂うなだれるように首を下に向ける。

 その真下に膨らみは欠片もなく、小学生のような体型だが――下手をすれば小学生の方が豊かかもしれない。


「……胸の成長に異常があるから呼ばれたのでは?」


 ルーナはとうとう正気どころか知性もばしてイカレタ事をのたまう。


「どちらかと言えば成長に問題があるのはお前だ!」


 目のやり場に困るやりとりをひろげるルーナに、ラスターは苦い顔で文句を言うと、無理やり引きがす。


「どうすれば……大きくなりますか?」

「……今日の帰り、牛乳でも飲むか」


 生徒会に呼び出されたせいで、場の空気が最悪にまで落ち込んでいく――いや、生徒会は何にも悪くないが。


「わかった、わかったから。映画一緒いっしょに見に行こうな! な!」

「ワー、ウレ……シ」


 ルーナはガクッとうなだれて精気のけた表情で喜ぶ。


「ミレアちゃん、大丈夫だいじょうぶ?」

「ま、まぁ……あはは」


 撃沈げきちんしたルーナを見ながらミレアは困ったように笑うしかなかった。



「ラスター=ブレイズ君はいる?」


 欠伸をしながら、家に帰ろうとしていた男――ラスター=ブレイズは唐突とうとつに名前を呼ばれておどろく。


「は、はぁ……居ますけど」

「もし良ければ呼んでくれるかしら」


 ふわり、とこしまで届くつやのある長い黒髪くろかみらしながら、切れ長の目をスッと細めて有無を言わせぬしの強さでお願いされてしまう。


「えっ……まぁ、わかりました」

「ありがとう」


 ラスター本人の返事に、りんとした力強さがスルリと抜けて、優しい雰囲気をまとわせる。


げるか)


 魅惑みわく的で魅力的な存在。人を強烈きょうれつに引き寄せる美しい笑顔を簡単に生み出してのけた女性に、ラスターは警戒心を引き上げて逃走を決意した。


「ラスター、だれかが呼んでるぞ」


 自分自身を教室で呼びかけるラスターに、クラスのみな不審ふしんな眼差しを向ける。


「じゃあ、これで」

「ありが……ちょっと待ちなさい」


 かかとを返して逃げようとするラスターの服を相手がつかむ。


「もしかして……あなたがラスター=ブレイズ?」


(……感のいいやっこ


 周りの不審な反応に即座に気付く洞察どうさつ力に内心舌打ちする。


「えぇ、まぁ、呼びました?」

「……」


 ジト目で見られる居心地の悪さに、ラスターは少しばかり身動ぎしながらも、呼んできた相手を観察していく。

 責めるような視線は整った顔立ちと相性がいいのか、被虐ひぎゃく趣味しゅみがないにもかかわらず少しばかりドキドキとさせられる。

 それに、腰まで届く長い髪はサラサラとして美しく、腕も足も細い肉体に、はっきりと主張する二つの豊かな膨らみは――多分ミレアよりも大きい。

 

 ただ――

 

「なんでヘッドフォン?」


 校則がどうなっているのかラスターは知らないし、悪いことをしているわけでもないが、ピンク色の可愛らしいヘッドフォンを首にかけているのは、艶やかな美女とあまりマッチしていない――似合うのはそでタレ目だと思うのは、一般いっぱん的なのかラスターの趣味なのかは置いといて。


「ふっ、似合うでしょ?」

「えぇ、……まぁ、はい」


 ジト目をやめてニコッと微笑むと、さっと耳にヘッドフォンをかけて同意を求めてくる――というより、背筋に悪寒が走ったラスターは無駄むだな抵抗をすることなく同意する。

 似合うかどうかはいまいちわからないが、美人はなにしたって美人であった。


「で、なんで帰ろうとしたの?」


 耳にかけたヘッドフォンを外すと、責めながらも揶揄やゆうような口調でめてくる。


「それは……」


 にやにやと攻め寄る美女に、ドギマギとさせられながらも、なんて言おうか考えていると邪魔じゃまが入った。


「ラスタァ……何してるの?」

「あなた、お名前は?」

「ルーナ=クララです!」


 ねこ目をさらに大きく見開いたルーナは力をしぼるように名前を言う。


「あ、あなたこそ!」

「私は生徒会副会長カンラギ=アマネ。よろしくね」

「生徒会?」


 何の用かと思いきや、昼に呼ばれていた事をラスターは思い出す――が、ラスターと違いルーナは完膚かんぷなきまでに忘れていた。

 いきなり現れた生徒会関係者の美女――それも、あのミレアよりも豊満な肉体とくれば、放送は忘れていても、トラウマは覚えているルーナは警戒心を剥き出しにして質問する。


「なんのようですか!」


 シャー……とまで言って威嚇いかくこそしないが全身の毛を逆立てていそうなほどの警戒心に、生徒会の要件で来た美女はどこか困惑してしまう。


「あれ? 私なんか……してないわね」


 ジーッと注がれる熱き眼差しの先が、胸である事に気づいた美女は、相手の体と見比べて自身に後ろ暗い事がないとさとる。

 それどころか髪をひるがえして、むしろ自慢じまんげに胸をらす。


「ひゃああああああ、あわあわあわ」


 ずかしい事など何一つないと見せつけられる肉体に敗北をわからせられたルーナは、ラスターの背中へとガクブルとふるえながら収まる……へっぽこかわいい。


「なにしてるんです?」

「……さぁ?」


 一方的に売られた喧嘩けんかになんともなしに勝ってしまった美女だが、自信満々な態度と裏腹に状況は全く分かっていない。

 お互いに動きづらい状況であったが、近くに教室があるため、すぐに邪魔が入る。


「副会長!?」

「あら、ミレアさんじゃない」


 教室から出てきたミレアは、副会長のことを知っていたらしく、目を丸くして驚く。


「残りは……ユリウスくんね。呼んでもらえるかしら?」

「あっ、はい」


 ミレアの呼びかけに即座に飛んできたユリウスと一緒に、彼らは副会長の後ろを追って歩くのであった。

 

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