第28話 シルザールの街で考察してみた
いずれにしても俺をいきなり毒殺しようとした理由が判らない。師匠ではなく俺に恨みでもあるのか?
師匠の行動も謎だ。本当に『赤い太陽の雫』とやらを盗んだのなら何の対策も無しに戻る訳が無い。俺を捕まらせておいて、その隙に何かしようとか?それも腑に落ちない。
さっきの男が戻ってこないので、そんなことをウダウダと考えている時だった。
「すまなかったな」
突然師匠が現れた。空間移動の魔法か、壁抜けの魔法だ。
「勘弁してくださいよ。いきなり捕まっていきなり毒殺されたんですから」
「いきなり毒殺だと?それはおかしいな。儂を捕まえる気ならばお主に拷問でもなんでもして行先を問いただすのが常套であろう。少なくとも儂に対しての人質の役目は与えられたはずじゃ。それをいきなり毒殺じゃと?」
ヴァルドアも同じことを疑問に思ったようだ。何か俺たちには判らない別の理由があるのか?
「そうですよ。何も聞かずにいきなりです。それと師匠は『赤い太陽の雫』を盗んだ犯人として追われているみたいですが、心当たりはありますか?」
「なんと『赤い太陽の雫』が盗まれたのか。あれは我が一族に代々伝わる宝なんだぞ。いつか儂のものにしようとは思っておったが、誰が盗んだというのだ。そうするとその犯人から儂が奪えば犯人は別に居て『赤い太陽の雫』は儂の手元に、ということも可能ではないか?」
なんだか、もっと悪いことを考えて居そうだが、少なくとも今現在は犯人ではないようだ。
「冗談でも止めてくださいね。それで師匠は何処に行ってたんですか、俺を置き去りにして」
「すまんすまん。少し昔馴染みと話し込んで居っただけで、そこから宿に戻ったら何やら騒々しいので隠れて様子を見ているとお主が捕まって牢屋に入れられ居ると判ったので、こうしてここまで来た、という訳じゃ。じゃから儂にも状況は全く判っておらん」
それは盗んではいないことを証明するという悪魔の証明が必要なのではないか?若しくは真犯人を捕まえて『赤い太陽の雫』を取り戻すか。
「師匠、やはり相当拙い立場ではありますね。そもそも盗む動機があります」
そして盗みそうだという他者からの共通認識もある。とても清廉潔白とは思われていないのだ。
「確かに動機はあるの。というか、むしろ何故儂が先に盗まなかったのかと後悔しておるわ」
こういう人だ。ちょっとは本当に捕まった方がいいのかも知れない。ただ、やはり冤罪は駄目だ。俺がここから逃げ出すのも罪を犯すことには違いないので、それも出来ない。
「師匠、俺はここを出られません。師匠が捕まらないで真犯人を探し出すしかありませんよ」
「なんじゃ、儂がやらないと駄目なのか。面倒なことじゃな」
「冤罪でも捕まったら持ってもいない『赤い太陽の雫』の在処を白状するまで拷問を受けるだけですよ」
「それも面倒よな。お主、やってくれんのか?」
「俺は一応正式に捕まっているので無理ですよ。まあ、俺を毒殺しようとしている黒幕には興味がありますから、それは何とか自分で探し出したいとは思っいますけど、今は動けません。師匠の出番です、よろしくお願いしますよ」
「どうしてもか」
「どうしてもです。このタイミングでシルザールに戻ってしまったんですから、諦めてください」
師匠は無言で去って行った。壁抜けではなく空間移動の魔法のようだ。いつか教えてもらおう。隠蔽魔法との組み合わせは最強かも知れない。
それから随分経ったが誰も戻ってこない。師匠は勿論、さっきの男も看守も戻ってこない。昼飯は抜きでそろそろ晩飯の時間だが水一つ持ってこない。今度は兵糧攻めか?
しかし腹が減っても死なないのなら、飢餓状態で俺はどうなってしまうのだろう。骨と皮になり果ててお後家無くなっても、ただ死なないと言うのは心底嫌だ。それならいっそ死なせてくれ、と叫びそうだ。
夜中になってすることもなく、ただ腹が減っている状態で寝付けないでいると、やっと誰かの気配がした。あの男だ。
「おい、起きているか」
今度は看守を連れていない。一人で来たようだ。
「起きてるよ、腹が減って眠れない。何か食べ物をくれ」
「悪いが朝には毒殺する予定だったので食事は全く用意できていない。我慢するのだ」
「我慢しろって、いつまでだよ。今度は餓死させるつもりか?」
男はバツの悪そうな表情を浮かべる。どうもこの男はただ命令されただけで自分の意志で俺を殺そうとしている訳ではないようだ。当たり前か、初対面の俺を殺したい訳があるはずがない。
「すまんな。私は上の命令でやっているだけで理由もよく判らんのだ。私はただ収監された男に毒を盛れと言われただけなのだ。お前が何者で何をしたかは、さっき話したヴァルドア・サンザールの同行者、ということしか知らない。『赤い太陽の雫』をヴァルドアが本当に盗んでいったのかも知らんのだ」
この男にしても理由も判らずに人一人を殺すのには抵抗があるのだろう。当り前だ、流石にこの世界にも裁判制度はある。但し貴族には緩い、とてつもなく緩い制度ではあったが。
「それは判ったが、それなら何で今ここに来たんだ?命令した上司に報告したのか?」
男は少しためらった後に少しづつ話始めた。
「私の名前はサムス・エレーノ、このシルザール守護隊詰所の責任者だ。守護隊長は別に居るが、武官としては一番の責任者になる。その私に殺しを命令できる人物、となると私がお前に名前などを話すことが出来ないことは判るだろう」
サムスは詰所では守護隊長以外に上司がいない立場なのだ。そのサムスに命令できる人間。今一ここの人間関係や階級はまだ理解できていないが、もしかしたらシルザールの領主に近い存在、もっと言えばその領主様が命じたこと、ということになるのか。
「まさか、公爵が直々に?」
「しっ。名を出すでない。私がここに来ていることも内密にしているのだ。万が一誰かに聞かれでもしたら私の身も危ない」
「それなのに、態々ここで俺に話をしてくれているのは、どういう了見で?」
「それは、あの命令に私自身が納得していなかったからだ。お前が死んでいないと聞いて本当にほっとしたのだ。意に沿わない人殺しをやらずに済んだ、とな」
守護隊に文官とはいえ所属しているのだ、正義感が無い筈がない。それが領主の命とはいえ理由も判らず毒殺しろと命じられたのだ、様々な葛藤は容易に想像できる。まあ、俺はたまたま死ななかっただけなんだが。
「でも、このままでは、今度は餓死するぞ?」
「そうなのだ。毒殺できませんでしたと報告した後、まったく指示が無いので私としてはどうようもない、というのが現状なのだ」
簡単に殺すつもりが死ななかったので対処に困っているのだろう。そもそも何故領主ベルドア・シルザール公爵は俺を殺そうとしたのか。
「そうか。でも腹が減って仕方ない、何か食べ物をくれないか。今度こそ死にそうだ。毒入りでもいいぞ、死なないから」
「本当に死なないのか。毒が利かない、ということなのか?」
「まあ、そんなところだ」
俺は誤魔化した。本当の事はあまり他人に知られないようにしないと、と思っている。
「でも、その人が俺を殺そうとしている理由は何だろう。師匠を、というのならまだ判るんだがな」
「それなんだが」
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