第29話 シルザールの街で脱獄してみた
「何か心当たりがあるのか?」
「ああ、あの後少し調べてみたのだが、お前もしかしたらルスカナから来たんじゃないか?」
「確かに俺はルスカナから来たが、それをどうしてあんたが知っているんだ?」
尋問に対して俺はほとんど何も話していない。まあ、話す前に毒殺されかかったんだが。
「そうか、やはりな。お前ルスカナで事件を起こさなかったか?」
拙いことになったのか。セリスを逃がした件に違いない。でも変だな、シルザール公爵の元にはセリスは行かなくなったはずだ。セリスを逃がしたからと言って、いきなり毒殺される理由にはならない筈だ。
「俺は善良な市民だ、事件なんて起こす筈がないだろう」
俺は一応惚けてみた。通用しないだろうな。
「事件の内容は判っているのだろう。セリス・ウォーレンを攫った犯人の一人、ということだ」
セリスは誘拐されたことになっているのか。ジョシュアも大変だな。待てよ、俺がいきなり殺されかけたという事はジョシュアはもっと拙いことになっている可能性もあるな。愛の逃避行という訳には行かないのか。
「確かにセリス・ウォーレンは知り合いだが攫ってなどいないぞ」
「彼女がウォーレン家から消えたことは確かだ。それが攫われたのか、自ら屋敷を出たのかは判らないが、お前はそれに関わっていると思われたのだろう。ただ、関わっただけで毒殺というのが私には理解できん」
サムスはサムスになりに葛藤があるのだろう。ただ本来は俺は既に故人になっていたはずだ。
「あんたの気持ちは気持ちとして、俺は結局どうなるんだ?」
そもそもサムスは何をしに深夜にやって来たのか。ただ愚痴を言いに来たわけではないだろうに。
「何も決定が指示されない。現状のまま、ということだ。それは毒殺しろ、という命令が今も生きている、という意味でもある」
おいおい、まだ俺を毒殺しようとしているのか。
「但し、私はお前をもう殺したくない。お前が何故今朝の毒で死ななかったのか判らないが、一旦生き残ったのだ、それはお前が死ぬ運命ではないということになる。それは神の意志だ。私はお前を殺さない」
信心深い奴だな。そういえば、この世界のカミサマってどうなんだろう。ここから出られたら一回聞いて見るか。俺は初詣は神社でお葬式はお寺でクリスマスは普通に祝う典型的な日本人だったからな。まあ、一緒にクリスマスを祝い人なんて居なかったが。
「俺を殺さない、ってことは、ここから俺を出してくれる、ってことなのか?」
サムスが手を下さなくても、命令があれば別の人間が実行するかも知れない。俺は毒では死なないが、死ぬほど辛い目にはあってしまうので毒なんて飲まないに越したことはない。
「それだ。私は職務には忠実で通っている男だ。命令が理不尽で理解できなくとも、本来はそれに従うのが今までの私の立場だ。それが、もし本当に神の意志でお前が生かされたのだとしたら、私は神の意志に背くことになってしまう。私はどうすればいいのか」
サムスは真剣に悩んでいるようだ。彼の宗教観は判らないが、これほど真剣なのだから信心深いのだろう。ただ、俺を逃がしたとしたらサムスの立場も悪くなってしまうだろう。最悪共犯者として捕まったり毒殺されたりするかも知れない。それは本意ではない。
「判った。俺は逃げるが自力で逃げる。それでいいか?」
「自力で?」
「そうだ。魔法で牢を破って逃げる。あんたは俺を逃がした共犯じゃなくて、ただ逃げられた責任者、とうことだ。そうしないと、あんたも捕まってしまうかも知れないだろ?」
サムスは少し考えて、なんだかほっとした表情になった。
「私はただ今からここを立ち去ればいい、ということだな。そして、今夜誰もここには来なかったと」
「そうだ。それでいい。俺たちは今夜話をしていない。魔法を使うとは知らなかった、というだけの話だ。俺を毒殺できなかったことは失態になってしまうかも知れないが、逃がした訳ではないので大丈夫だろう」
「いや、降格になっても仕方ない。命令を成就できなかったのだからな。しかし、それでもいいのだ。お前を殺さなくて本当に良かった。無事逃げられることを祈っているよ」
「いや、また捕まってしまうかも知れないから、気にしないでくれ。あんたに責任は無い」
「判った。では私はもう行く」
「ああ、あんたと話せてよかった」
サムスは夜の闇に消えて行った。俺はサムスが完全に居なくなる時間を考えて少し待った。
ヴァルドア師匠は戻ってきてくれない。サムスに言った通り自力で牢破りをするしかない。これで俺も歴とした犯罪者だな。冤罪のような気もするが、領主様のご意思には逆らえない。
牢を出たらどうしようか、などと考えていたが、上手く考えが纏まらない。そもそも自分の意思でシルザールに来たわけではない。師匠次第なのだが、このままこの街に滞在することはできないだろう。牢を出たらすぐに街も出ないと、と決心して俺は脱獄に勤しむことにした。
脱獄は至極簡単だった。そもそもここは守護隊の詰所に隣接している一時的な留置場のような場所なので刑務所とは違う。鉄格子もそれほど頑丈には出来ていなかった。
火球と風刃を織り交ぜた魔法で鉄格子は切れた。大きくするのではなく、同じ火力を小さく集中させるのだ。師匠がやっていたのを見よう見まねでやってみたが上手く行った。
音もあまり立てずに廊下に出た俺は普通に歩いて外に向かう。扉の鍵は壊すしかない。
サムスの手配なのか、建物の外に出るまで誰にも会わなかった。深夜の外は暗い。街灯のようなものはあまりないので真っ暗だ。
「とりあえず街の外だな」
この時間に外を歩いている者は居ない。走ったりして目立たないように俺は歩いて街の入り口まで来た。
「なんだ、自分で出てきたのか」
街の外には師匠が待っていた。
「なんだ、は無いですよ。どうして助けに来てくれなかったんですか」
「悪いな。お主を殺そうとした奴のことを調べておったのじゃ。お主は放っておいても死なないしな」
そりゃ死にませんが。
「それで、何かわかりましたか?」
「まあ、色々とな。それよりも早くここを離れないと拙いぞ、直ぐに出よう」
師匠は馬車を用意してくれていた。ということは、最初から俺が勝手に出てくると予想していたということか。食えないおっさんだ。
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