トロピカル因習ダークドラゴン山

澄岡京樹

「ヤミリュウジマ」

【トロピカル因習ダークドラゴン山】


「えーというわけで今から鬼退治に向かいます」

「「は??」」


 よく晴れた夏のある日。どっかの県のどっかの埠頭にて。

 職業不定の青年・桐生エイリに呼び出された私立探偵・山下ゲンスケとその助手・黒咲アイは、謎の導入だったため思わず息ぴったりに声を出した。


 困惑の二人をよそに、エイリは何食わぬ顔で「あの船に乗ります」と話を進める。


「おれ、フリーターっつっても実際は何でも屋やってるようなもんじゃん。で、ちょっと依頼があってな」

「それが行き先の島にいるってのか?」

「ゲンスケ正解。500エイリポイント獲得」

「それ何に使うんですの?」

「黒咲ちゃんいい質問だ。2000貯まると王国ルールでおれと戦える」

「王国ルールって何ですの?」

「王国ルールは王国ルールだ。戦う際の体力値的なやつが2000なんだ」

「そうなんですわね」


 ——黒咲ちゃん、既に興味がなさそうだ——。そう察したエイリは話を戻すことにした。


「ま、なんつーか鬼が宝を隠したっつー伝説の残るトロピカルな島があってな。今からそこに向かいます。船で1時間」

「ほーん」

「まあ、ちょっとしたバカンス気分で悪くはないですわね」


 この時点でゲンスケもアイも最早鬼退治などとというワードは忘却の彼方であった。



 ぼーーーーーーーーー。汽笛の音と共に船が進む



 1時間ほどでその謎の島『闇竜島やみりゅうじま』に船は到着した。


「いやRPG?」


 ゲンスケが真顔でツッコむも、既にエイリとアイは楽しそうに「イェー」とか言いながらスマホで自撮りなんぞしていた。


「いや待てお前ら。呑気か?」

「何が」「おかしいとこありますの?」

「おかしいだろこれ! 闇竜島ってオイ! これボスキャラいるダンジョン名とかでしょオイ!」

「いやこんなもんじゃね」「そうですわよ。なんか竜の剣のキーホルダーとか売ってそうでクールですわよ」

「それここじゃなくても売ってるだろ!?!?!?」


 ゲンスケの必死の叫びも虚しく、二人はすたこら進んで行った。


「お前らなぁぁ〜〜」ゲンスケも二人を追おうとする——その時、


「くすくす……」「!?」


 どこかから——背後から笑い声! これは少女の笑い声!! ゲンスケは振り返る! そこには着物を着た少女の姿が!!!


「なんだお前! この島の子か!?」

 突然のことにビビるゲンスケ! そして少女は不敵に笑う!


「くすくす……お兄ちゃん、もう島のお店には行った……?」

「は? いや、今着いたところだけど……」

「くすくすくす……なら早く行ったほうがいいよ……くすくす……『ぱぁらぁさま』……くすくすくす」

 怪しい笑みで少女は語る唄う。ゲンスケは夏だというのに冷や汗で寒いぐらいだった。


「いっ、行ったらどうなるってんだよ……」

「行ったらねぇ……くすくす……」


 一呼吸おいて、少女は言った。


「食べられちゃうんだぁ……くすくすくす」


「何を!?!?!? 何に!!?!?!? 俺がってか!?!?!?!?!?」


 小便ちびりそうになるゲンスケ。そこへ少女がさらなる言葉を紡ぐ……!


「食べられちゃうんだよ……くすくす……輪切りのパイナップルが」



「試食コーナーってコト!?!?!?」

「そうだよ。くすくすくす……早く行かないとなくなっちゃうよ……くすくすくす」

「あ……ありがとな……ハハ、ハ」

「島一番の店なの。名前は『ぱぁらぁさまぁパーラーサマー』。よろしくね……くすくす」

「これやっぱRPGじゃない??」


 なんかいい感じにスイーツ情報を手に入れたゲンスケは、とりあえずフルーツパーラー『パーラーサマー』へ向かった。



「いやー、うまかった。酸味と甘味のバランス良すぎだろ……」


 ゲンスケはパイナップルとリンゴとメロンを両手に引っ提げてエイリとアイを探していた。本来の目的——島の謎を探るためだ。


「鬼だのなんだのっつても、実在するかはわからねぇ。だからどっちかっつーと島の謎とか歴史とかを調べるって考えなんだろうぜ」


 そんなこんなでゲンスケは『闇竜島地図』(フルーツパーラーでもらった)を見ながら島の展望台を目指していた。すると……道端の草むらから鎌を持った老婆が現れた……!


「おわぁ!? ——あ、いやスイマセン。ちょっと驚いちゃって」

「ほっほっほ。いいんですぞ。……それよりもお若いの。ひょっとして?」

「ええ。この先に階段あるんですってね」


 100段以上あるそうなので、もしかすると膝にくるかもなぁなどとゲンスケは呑気に考えていた。


「……ほっほっほ。——なら、階段を登る際には気をつけた方がええ……」

「!?」


 今度こそなんらかのヤバい因習が!? ゲンスケは夏だというのにガタガタ震えそうなまでの体の強張りを感じていた。


「そ、その階段、なんか曰く付きだったりするんですか……?」怯えながら尋ねる。

「ほっほっほ……無事に進みたくば……おとなしくしているコトですな……」


 エスカレーターだった。



「なるほどなぁ。確かにこの荷物とかも考えるとエスカレーターあった方がいいよなぁ。でも下手に動くと巻き込まれたりもするからなぁ。あのお婆さんメッチャ親切だったな」

 ちなみに鎌は草刈り用だった。


 そんなこんなで展望台まで到着したゲンスケ。そこではエイリとアイが既に足湯を堪能していた!


「お、遅かったなゲンスケ。……あー、先にパーラーサマー行ってたのな」

「あらあら沢山お買いになりましたのね。わたくしも後で行ってしまいましょう」

「いやぁ、マジにうまかった。来てよかったぜ」

「だろ? こういう時はあんまビビらずとにかく楽しんだもん勝ちなんだって」

「そうですわよ。ほら見てくださいましこの絶景! 島の高いところから見る島々や海鳥たちの姿! 煌びやかに輝く水平線! あとクジラまでいますわよ! マジ?」


 はしゃぐ一向。最早ゲンスケの心の中にあったのはサイコーの思い出だけであった。伝説が真実かなどもうどうでもいい、この輝かしい夏のメモリーこそが真のお宝なのだ。そうだみんなにも自慢しちゃおう。マジで良い島に行ってきたぜ! って——。そんな風に満足しながらゲンスケは二人に声をかけた。


「いやー、それにしても足湯まであるとかすげー豊かな島だよな! 源泉とかどこにあんのかな?」

「ん? さっき長老の家で調べたらよ、昔に鬼がダークドラゴンをこの山に封じたって書いてあったな。で、ドラゴンが山から脱出するために今も火炎を吐いてるんだと」

「いやいやいやそんなアホな」

「んだどもオラたちはそう聞いてるんだっちゅーの」

「え誰?w」


 ゲンスケが横を向くと、そこにはツノの生えた鬼が、血まみれで足湯に浸かっておりました。一体何と戦ってきたのだろうか。



「ぎゃああああああああああ!?!?!?」


 それきり叫び声は聞こえなくなった。


 ◇


 ——いや言うてゆるキャラとかだったんじゃないの?


 ゲンスケの友だちがそう尋ねても、ゲンスケは「もうその話しとうない……」と答えたと言う。他二人も「ゲンスケが一番詳しい」としか答えてくれなかったとのことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トロピカル因習ダークドラゴン山 澄岡京樹 @TapiokanotC

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ