第21話 借金とりの災難

「おそかったのぅ」

「申し訳ありません。少しトラブルがありまして」

エリス様が今まであったことをお話しすると、王子は扇子を開いて感心しました。

「いや、あっぱれあっぱれ。ハンケツ仮面とはまこと高潔な心を持つ男じゃ」

「本当に、王子にも少し見習ってほしいものです」

エリス様が少しあてこすっていましたが、王子は気にせず聞いてきます。

「ハンケツ仮面への賞金は預かっておくとして、梅の実は採取できたのかや?」

「は、はい。こちらに」

私たちがとってきた梅の実を渡すと、王子は慎重に傷がなく熟してない青い色の実を選び、砂糖と一緒にお酒の樽の中に入れました。

「何をしているんですか?」

「ふふふ。こうすると、梅のエキスがしみだして蒸留酒とまじりあい、まったく新しい味の酒ができるのじゃ。これを『梅酒』という。若い女子に好まれる味じゃから、売れるぞ」

王子は胸をそらして自慢します。なるほど、孤児院の方々で新しい商品を開発して収入源にしようというわけですね。

「へえ……どれどれ。ちょっと味見」

カゲロウが梅の実を漬けたお酒をコップですくって一口飲みますが、微妙な顔をしています。

「味しないよ。ただ強いお酒ってだけ」

「そんなにすぐにできたりせぬわ。三か月後くらい漬け込まぬとな」

えっ?それでは借金返済に間に合わないのでは?

「あ、あの、私たちのことを考えてくださるのはありがたいのですが、それだと問題は解決しないのでは?怖い人たちからは、今日中に返さないとここから出ていけって言われているんです」

セリナさんが暗い顔をしていうと、王子は困った顔をして頭をかきました。

「そうか。せっかく金を稼げる方法を教えてやったのじゃがのう」

「やっぱり王子だったか。どこか抜けているんだから」

エリス様ががっかりしたようにつぶやきました。

「じゃが、借金返済の方法はできたのじゃ。あとは借金取りをなんとか説得して……」

王子がそういった時、真っ黒い馬車がやってきて、孤児院の前に止まりました。

中から黒い服をきた男性が下りてきます。どなたもたくましい体で、怖い顔をした殿方たちでした。

一番お年を召した方が、大声で怒鳴りつけてきました。

「金は用意できたのか?」

「あの、その、すいません。私たちも頑張ったんですが、お金を用意できなかったんです」

泣き出しそうな顔をしたセリナさんが前に出て、土下座しました。

「なんとか、もう少しだけ待って……」

「いいや。勘弁ならねえ。返済期限はとっくに過ぎているんだ。金が用意できねえってんなら、ここを取り壊すしかねえなぁ」

殿方たちはニヤニヤ笑いながら、馬車からスコップやつるはしなどを降ろします。

「そんな!」

「ぐふふ。よく見りゃ可愛い顔しているじゃねえか。お前は借金のカタに奴隷になってもらうぜ」

「親分も好きっすねぇ」

聞いていた殿方たちも笑います。

親分といわれた中年男性は、いやらしい顔をしてセリナさんの肩をつかもうとしました。ひどい!

私が止めようとした時、トランス王子がセリナさんをかばいました。

「どうかお許しください。この子はまだ子供で……」

「安心しろ。そういうのがいいって客も大勢いる」

それを聞いて、王子の顔が悲しみに歪みます。

「どうかどうかご勘弁ください。『ウインドショット』」

王子は頭をさげながら、なぜか風魔法を親分さんに向かって放ちました。

「ぶべっ」

親分さんは吹き飛ばされ、孤児院の壁に頭から激突しました。あれ?今何がおこったの?

目をぱちくりさせながら王子を見直しましたが、あいかわらず礼儀正しく頭をさげています。

「トランス王子様は風魔法が使えるのですか?」

「ええ。魔法の腕だけは頭がバカになっても衰えないので、手を焼いているのです」

エリス様が嫌そうにおっしゃられていましたが、私はなぜかその魔法に見覚えがあるような気がしました。

「てめえ!やってくれるじゃねえか!」

起き上がった親分さんの鼻からは、血が流れています。親分さんは王子につかみかかろうとしましたが、魔力がこもった手を向けられると、慌てたしぐさでセリナさんに向き直りました。

「ふ、ふん。覚悟するんだな。まずは俺がじっくりと調教して……」

「おやめください。その子だけは!『ウインドハンマー』」

「ギャッ」

再び王子が頭を下げながら風魔法をふるうと、今度は吹き飛ばされた親分さんは庭の木に激突しました。

「く、くそっ。ケツさわらせろ!〇〇して〇〇を〇してやる。ぶべっ」

「やめてください!どうかどうかご勘弁を」

親分さんが何事かわめきながらセリナさんに抱きつこうとしますが、そのたびに風魔法で吹き飛ばされて叩きつけられてしまいます。

とうとう、泣きわめきながら子分さんたちに命令を下さしました。

「てめえ!おとなしくしてりゃいい気になりやがって。やっちまえ!」

「へえ!」

子分さんたちがつるはしを振りかざして迫ってきますが、王子がその前に立ちふさがります。

「お願いします。もう少し待ってください。三か月だけでいいんで!『トルネード』」

「ぶへっ」

王子が生み出した竜巻に、子分さんたちが吸い込まれていきます。彼らは壁に激突してボロボロになりました。

「ぷっ。ははは」

「鼻血が出てる……。くすっ」

それを見ていた子供たちから、笑い声が沸き上がります。何度も同じことが繰り返され、とうとう殿方たちは倒れたままになりました。

「えーーっと、王子?」

「これで問題解決じゃの。めでたしめでたし」

王子は扇子を広げて妙な踊りをしますが、本当にこれでよかったんでしょうか?

親分さんは何度も壁に打ち付けられて、とうとう泣き出してしまいました。

「な、なんでこんなことするんだよぅ!俺たちは何も悪いことしてないのに」

「悪いことをしていないじゃと?」

王子がじろりと睨みつけると、親分さんは懐から借用書を取り出して突き付けてきました。

「この契約書をよくみろい」

どれどれ……借金金貨1000枚を期日までに返せない場合は、孤児院の立ち退きに合意しますって確かに書かれています。

「お、俺たちだって貸した金がかえってこないと困るんだ。こうなったら、駐兵所に訴えるぞ」

こまりましたね。兵士さんたちを呼ばれたら、王子がつかまってしまうかもしれません。

「なあ、頼むよ。さっきガキたちを奴隷にするって言ったのはわるふざけだ。謝る。俺たちにも生活があるんだ。金を返すか、大人しくここから出て行ってくれ」

親分さんが鼻血を出しながら土下座して頼んでくるので、なんだか可哀想になってきました。

「仕方ないのう。カゲロウ、さっきの賞金を出すがよい」

「え?これ?」

カゲロウが戸惑いながら賞金が入っている袋を渡すと、王子はそれを親分さんに向かって投げました。

「これでよいな?」

「あ、ありがとうございます」

袋の中身を確認すると、親分さんはぺこぺこ頭を下げながら借用書を渡してきました。

「お、親分。話が違う。勝手にそんなことをしたら」

それを見ていた子分さんたちが反対していますが、親分さんは彼らを怒鳴りつけます。

「うるせぇ。とにかく金は返してくださるっていうんだ。こんな目にあってまで、これ以上あいつの言う事を聞く義理はねえ。すんません。俺たちゃこれで失礼させていただきます」

親分さんは子分さんたちを引き連れて、馬車にのって帰っていきます。後には微妙な雰囲気が残されました。

「あ、あの、王子。勝手に賞金を使っちゃっていいの?あれはハンケツ仮面に渡すお金じゃ?」

「心配するでない。余はハンケツ仮面の親友じゃ。困っている者を救うために使うのじゃ。必ず納得してくれると信じておる」

カゲロウの問いかけに、なぜか王子は自信たっぷりに答えました。

「さあ、ともかく、これで借金は無くなった。子供たちよ、これからしっかりと梅酒を作って金を稼ぎ、自立するのじゃ」

王子の宣言に、子供たちがワーッと歓声をあげるのでした。

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