+α 毒林檎を喰らい損ねた龍

(……あぁ、やってくれましたね。面倒な悪魔です)


 建物の崩壊に巻き込まれた龍は、瓦礫の底でじっと周辺の様子を伺う。不意打ちでの攻撃だったために、数時間意識を飛ばしてしまった。失態だ。


 “毒林檎”の毒を塗りたくった弾丸が込められた銃は、崩落に巻き込まれて手元にはない。そして結界魔法も解けてしまった。この状態で最上位悪魔一匹を相手取るのは些か不安が残る。


(かくなる上は、増援を……いや)


 瓦礫と瓦礫の隙間から、あの悪魔と目が合った。今下手な動きをすれば、殺すとでも言いたいのか。悪魔ハエのくせに生意気だ。


(しばらくは、ええ、しばらくは、ここで潜んでいることと致しましょう)


 沸々と腑が煮え繰り返る。悪魔ハエのような弱種に、なぜ己の動きを制限されなければならないのか。


 ああ、忌々しい忌々しい忌々しい。何もかもが忌々しい。人も、魔女も、悪魔も、妖精も、これらのものたちとの共存を唱える同族だって。


 お前たちのようなものがいるから、ワタクシ達の村は滅んだ。お前達の国との条約に従い、誰も殺さないでやったのに、人に擬態してやったのに、頂点が変わった途端攻めてきた。理由を聞こうとしたものも、逃げ惑う女子供も、皆殺していった。どちらが化け物だ。どちらが怪物だ。


 特にあいつ。あの人間の女。“毒林檎”。ただの死では生温い。残酷に、惨たらしく、四肢をちぎり、泣き喚くさまを嗤ってやりたかった。


 嗤って、やりたかったのに。


(…………何もかも、思い通りになりませんね)


 この龍の原動力は、いつだって怒りだ。作戦の上で人と溶け込まなければならないから、擬態し、柔和な笑顔を貼り付けていた。


 それがどんな苦痛を伴おうと、滅ぼせるのならそれで良かった。


 それなのに。


『あら、あなた、あの時取り逃した龍じゃない。わたくしを殺したくて堪らないって顔をしてた』


 一目で見抜かれ、挙げ句の果てには『好きなようにすればいいわ。ただし、その殺気はどうにかしてちょうだい。臭くて敵わない』なんて高慢に言い放たれた。


 何年か、彼女と共に魔女を殺していった。一人、また一人、時には複数名を相手取ったりもした。


 その時の彼女の表情は、龍の村を襲撃した時と何ら変わっていない。彼女にとって、他者の命は等しく軽いものなのだと、龍は知った。知ったからと言って、怒りが消える訳ではなかったが。


 “毒林檎”は悪逆非道の限りを尽くした魔女だった。龍相手でも、人相手でも、魔女相手でも。


 そこに疑念を持ったのがいけなかったのだ。


 最後に殺すと決めていたのに、先に殺してしまった。一瞬で命を刈り取ってしまった。


 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。どうして魔法の発動が、あんなおもちゃの速度に負けるのだ。どうして“ひまわり”のように避けなかったのだ。どうして先にこちらを殺そうとしてこなかったのだ。そうしてくれれば、もっと冷酷になれた。仲間の仇を討つことが叶い、こんな鬱陶しい感情に振り回されずに済んだのに!



 結果的に龍の癇癪は街の壊滅という形で現れた。三日三晩暴れ回り、国の討伐隊も皆殺しにし、止めに来た同族も何体か食い殺した。


 そしてこれがきっかけとなり、龍族と人族の、半世紀にも渡る戦争が幕を開ける。

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