+α 妖精の謁見

「あ」


 ひとりの妖精が、そう声を上げる。周りには何人もの妖精がいるが、皆黙りこくっているため、決して大きい声量ではなかったが、彼女の呟きは広間によく響いてしまった。


 彼女と同じく隣で跪いている半妖が、冷や汗をかきながらこそこそと囁く。


「……どうした? 何かあったのか?」

「“ひまわり”に、妖精にならないって誘うの忘れた」

「珍しくまともな忘れもんじゃねえか……」

「戻ろうかな」

「今から?」

「うん」

「一応言っとくが、妖精女王の御前だぞ?」

「うん」


 主君に対して敬意のかけらも無いその立ち居振る舞いに、周りの妖精たちが殺気立つ。それを何食わぬ顔で受け流す彼女は、横で真っ青になっている半妖を少し見習った方がいいだろう。


 彼らは今、妖精の国の入国審査を受けていた。妖精なら誰でも歓迎される国だが、生憎と彼らは元魔女と半妖。前例のないものと、人の血が混じったものの組み合わせは、門兵たちの頭を大いに悩ませた。門兵たちは上司である将軍に話を通し、将軍は文官に意見を求め、文官は……と上へ上へと判断が回された結果、女王の所まで話がやってきてしまった、というわけである。


 彼女は無遠慮に上座にいる女王を見上げた。妖精女王の顔はヴェールで隠され、その表情を窺い知ることはできない。彼女は首を傾げて直球でどストレートに訊ねる。


「ねえ、女王。帰っていい?」

「……ならぬ」

「なら、この国の半妖差別、改善して」

「善処しよう」


 ざわめき。我らが女王が自分勝手に要求を突きつけたのを許したばかりか、その要求を受け入れるとは。


 何事だと、どんどんと謁見の間に野次馬が訪れる。


 女王は泰然と、彼女に告げた。


「国に留まってくれるのであれば、妾が用意できる範囲でだがお前の望みを叶えてやろう」

「大層なものはいらない。ワタシと半妖の安穏が欲しい。くれるのなら、大体何でも手伝う」

「……そうか」


 妖精女王がパチンと指を鳴らす。彼女と半妖の前に、この国の民の証であるペリドットが遇らわれた指輪が二つ浮かんだ。


 半妖だけでなく、周りにいる妖精たちも目を見開く。ペリドットをあしらった指輪は、この国の貴族の中でも、特別に国のため、女王のために貢献したものにしか渡されない物のはずなのに。


「汝ら、名は?」

「ワタシはレクシー。元“薬師の魔女”。なんて呼んでくれても構わない」

「俺は……ネイサン。半妖だ」

「レクシー、ネイサン。お前たちには城の一室を与える。長旅の疲れもあるだろう、役目は後日通達する」


 話は終わりだと、そういう事なのだろか。何の前触れもなく妖精女王の姿が忽然と消えた。それに倣ってか、集まっていた妖精たちも、それぞれの城での役目に戻っていく。


 その様子を見届け、レクシーはふぅと息を吐いた。背から生えている翅が、ピクピクと動いている。


「……もしかしてお前、緊張してた?」

「何言ってるの半妖。当たり前。女王多分結構強い」

「何で喧嘩を売るような真似したんだよ。首が飛んだらどうするつもりだったんだ?」

「どうもしない。皆一緒に死んでた」


 物騒な発言。嘘は一欠片も含まれていない。


 ネイサンはキリキリと痛む胃を抑えながら、これ以上隣の自由人が何もやらかさないことを願った。無駄である。


 こうして、妖精の国、フェアランドの歴史に、レクシーとネイサンの名が刻まれた。

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