南国探訪記〜奉血骨牢死島編〜

アイアンたらばがに

奉血骨牢死島にて

 本土よりフェリーで3時間ほど。

 この令和の時代になってなお古い因習が根深く残るという奉血骨牢死(ぶちころし)島へと私、師七井はやってきた。

 温暖な気候だと聞いていたが、秋口であるにも関わらず汗が吹き出すほどの暑さ。

 思わずジャケットを脱いでシャツの袖を捲ってしまう。


「ヤァヤァ、あんたが偉い学者さんかいな?」


 とてもカラフルに”ようこそ奉血骨牢死島へ”と書かれた看板を持ち、アロハシャツと短パン、そして名状し難い匂いの花飾りを身に着けた老人が私を出迎えた。

 事前に降霊術で連絡を取っていた島の案内人、邪 黒幕(よこしま くろまく)さんだろう。


「どうも、師七井 藤魅(しなない ふじみ)と申します」


 お辞儀をすれば、老人は朗らかに笑う。


「学者さん不用心だねぇ、この島ではあんまり頭下げちゃあいかんよ、連れてかれちゃうかんね」


 なるほど、この暑気の中でなおも背骨にドライアイスを直接吹きかけられたような寒気がしたのはそのせいだったのか。

 恥ずかしさにはにかみながら周囲を見渡すと、観光目的の若い人が楽しげに笑い合いながらスマホで写真を撮っている。

 そして画面を見せ合いながら、何やら興奮した様子で話していた。


「うおぉ!マジで首から下が無ぇ!」


「フォトショ要らないじゃん!」


「さつきが息してないんだけど」


 倒れた仲間の介抱をしながらも楽しそうな彼らの姿を見ていると、老人が説明をしてくれた。


「彼らはツアーサイトから邪神の贄になろうツアーに参加した子達だなぁ、あの倒れた子は使えんけど」


 しみじみと慈しむように話す老人に、相槌を打つ。

 彼らを見送りながら、私が今回この島へとやってきた目的を老人に伝える。


「早速、この村に伝わる儀式や祭祀などの案内をお願いしたいのですが」


 そう聞くと、邪さんは老人とは思えない健脚ですたすたと歩いていく。


「学者さぁん、今日はかなり歩くからへばらんでよ」


 一言いい残し、どんどんと進む邪さんを必死で追いかける。

 しばらく進むと観光客向けの土産屋が並ぶ商店街へとたどり着いた。

 色とりどりの置物、美味しそうなお菓子やアイス、人魚のミイラやコトリバコなど、人気のお土産がどのお店にも並んでいる。


「ああいうのもあるんですがね、うちの島と言ったらこいつですよ」


 邪さんが店先に並んだ品物を指差す。

 その先にはこの島特産の黒雲母で出来た小さな人の手のようなアクセサリーがあった。

 目で見るだけでも購買意欲が搔き乱されてぐちゃぐちゃになりそうなそれは、以前紹介サイトで見たことがある。


「これが噂の送りつけた相手を邪神の贄に認定する呪具ですか」


「えぇ、さっき見た子達もこれを送られたんでしょうねぇ」


 この小さな手は邪神の何本にも枝分かれした手を模しているらしく、これを送られた相手はこの島に来なければという強迫観念に駆られるのだとか。

 籠の中に入っていたアクセサリーたちが、手招きをするように蠢いているのを見ると、引き込まれてしまいそうだ。

 

「と、学者さん、あっちで面白いことやってんよ」


 邪さんの声に振り向くと、ツアー客が牢に閉じ込められ、島の住民に囲まれて笑っていた。


「あぁ、有名な奉血骨牢死の儀ですか」


「そうそう、メインイベントは夜からだけど、この時間にはもう始まるんだよ」


 邪さんの話によると、この儀式は事前の仕込みのようなもので、今までの犠牲者の骨で組み上げられた牢の中に閉じ込められた今回の贄達を住民に顔通しするものだという。


「お、あの骨はうちの婆さんの奴だ……懐かしいなぁ、あん時ゃ邪神様の贄になったのは婆さんだけだったし、儀式も盛り上がらんでな」


 昔を思い出して遠い目をする邪さん。

 その視線の先には少々古くなった肋骨が、立派に牢の部品を務めている姿があった。


「さて、他のとこも見ますか」


 しんみりとした空気を断ち切るように邪さんが手を叩き、儀式の場から離れるように歩みを進める。

 今度は私も遅れることなく、邪さんの隣を歩くことができた。

 歩いていると、儀式の贄になった人達であろう霊が背後に取り憑いてくる。

 動くたびにぱかぱかと開閉する首が少し邪魔に思えてならない。


「学者さん、邪魔だったらもぎ取ろか?」


 邪さんが手を動かしながらそう言うので、丁重に断らせてもらう。

 その際にまた頭を下げてしまった為、背骨をムカデが這い回るような気持ち悪さに襲われた。


「研究資料になりますからね、本土まで一緒に来てもらいます」


「死霊だけに資料ってか、うわっはっは!」


 この寒気は邪神によるものだろうか。

 島の中心にある山まで歩いてくると、呻き声が聞こえてくるようになった。


「おやこれは……早贄に似ていますが」


 百舌の早贄のように、人間を長く苦しませるために木に突き刺すことを好む邪神が少なくないことは、私の以前の著書でも伝えたとおりだ。

 けれど、この山の木々に突き刺さっている人間たちは痛みに苦しんでいる様子はない。

 貫通しているにもかかわらず、助けを求めるようにこちらを睨む者も居る。


「あー、早贄と違ってなぁ、邪神様がお残しされた喰いかけの処理に困ってこうしてんのよ」


 なるほど、贄を喰い残すタイプの邪神だったか。

 喰い残された者は邪神による加護を受けている為、時間経過では劣化しない。

 何百年も前からの邪神の癖なのだろう、鎧姿の武者から生えた木も存在した。


「邪神様降臨の儀式とかする時には、ちょくちょく喰ってもらってんだけど……減らんのよね」


 ほとほと困っていると言いたげな顔をする邪さん。

 事前の話でなんとか観光資源にしたいと言っていたのを思い出す。


「解体速度選手権などを催してみては?」


 そう進言するが、以前にやったことがあるのだという。


「邪神様の勝ちが決まってるから面白くないのよ」


 目に涙を湛えながらこちらを睨む贄を無視して、二人で話し合うがなかなかいい案が出てこない。

 飽きて贄の髪で三つ編みを作っていると、日が暮れ始めた。


「おぉこうしちゃおれん!ホテルでショーがあるから戻らんと!」


 三つ編み途中の髪を放り出し、邪さんが走り出してしまった。

 遅れないように、私も走る。

 思わず贄の髪の毛を引き千切ってきてしまう。

 ホテルのエントランスに入る頃には、ほとんど日が沈みかけていた。


「あら噂の学者さん、ぎりぎりのお着きですね」


 エントランスの妙に美人な受付さんがくすくすと私を笑う。

 この顔の熱はきっと、恥ずかしさではなく全力疾走の熱だろう。

 チェックインを済ませ、部屋のカギを受け取る。


「儀式ショーの始まりは真夜中ですので、それまでどうぞごゆっくり」


 邪さんと受付さんに手を振って、部屋に入る。

 大浴場で温泉に浸かりながら邪神の眷属さんと世間話に花を咲かせたり、おすすめされた人の目玉のような果実のアイスを売店で買ったりしていたら、すぐに真夜中になってしまった。


「うお、大盛況ですね」


 儀式の会場まで来ると、楽しそうな歓声が聞こえてくる。

 観光客がビール片手に囃し立て、子供たちが最前列で見ようと集まっている。

 邪さんが取っておいてくれた席に座れば、その直後に儀式が始まった。

 電気照明が落とされ、篝火に火が灯る。

 奇抜な衣装に身を包んだ踊り子さん達が、松明を振り回しながら練り歩く。

 その後ろには今回の主役である贄達が牢に収まって運ばれていた。

 奉血骨牢死の儀のクライマックスが今から始まる。


「うぅんみにぁぅるせある、わぁんゃかんにさぐ」


 仮面を付けた祭司長が脳味噌を震わすような声で、祝詞を上げる。

 この声は邪さんだ。

 牢の中の贄達は狂気の笑みを浮かべて、穴という穴から体液をもらしている。

 静まり返った会場に響く金属をこすり合わせるような音。

 そして電子音。

 

「HOOOOOOOOOOHAAAAAAAAA!」


 真っ青な姿の邪神が海の底からEDMと共にやってきた。

 瞬間、会場はダンスフロアに生まれ変わる。

 私はダンスが苦手なので混ざることはしなかったが、それでも心が躍るような瞬間だった。

 観光客も眷属も、皆一体となったように踊り狂う。

 この場においてノリに乗れないのは狂気に染まった贄だけだった。

 コーラの瓶の蓋を開けるように邪神は贄の首をもぎ、血を飲み干す。

 真っ青だった邪神の体に血が駆け巡り、レーザーのように会場を彩る。

 最高のダンスナイトは明け方まで続いた。


「……者さん、学者さん」


 気が付くと、ホテルの部屋で眠ってしまっていた。

 受付さんに起こされて、しまったと飛び起きる。


「あら、そんなに慌てなくても、フェリーの時間はまだですよ」

 

 受付さんの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。

 どうやら羽目を外して酒を飲みすぎたらしい。


「夜の学者さん、カッコよかったですよ」


 何かやらかしたようだ。


「それでは、チェックアウトの時間には間に合わせてくださいね」


 そう言って受付さんが部屋を出る。

 とにかく身支度を整えて、荷物の整理をする。

 ふと窓の外を眺めると、昨日の盛り上がりが嘘のように長閑な島の景色に戻っていた。


「では学者さん、また遊びに来てくださいな」


 フェリー乗り場にて、邪さんに見送られる。

 思わず頭を下げそうになって、思いとどまった。


「はっはっは、学者さん危なかったねぇ」


「頭を下げると、昨日の邪神に連れていかれてしまう、でしたよね」


 私が笑いながらそう答えると、邪さんは怪訝な顔をする。


「いんや……別の邪神様だけど?」


 もっと聞きたい話が出てきたが、フェリーの搭乗まで時間が無い。

 慌ててフェリーに乗り込み振り向くが、既に邪さんの姿は無かった。

 これはまた、この島に調査に行かねばならないだろう。

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