第31話
「グレイルさん、甘えていいですか、甘えさせてください、あの、お肉を、もっとたくさんくださいっ。ちゃんと生焼けでは食べないと約束しますし、えっと、大事に取っておくこともしません。あの、その」
加工して日持ちするようにしますって言って分かるのかなと思って口をつぐみます。料理の意味は分かるみたいですが、料理と何が違うのかと言われると、保存食がないなら説明しにくいですよね。
「甘えてくれるのか」
にこっと嬉しそうにグレイルさんは笑って、フライパンに肉をあと2つ出してくれました。
「早めに焼くんだぞ?焼けば2~3日は大丈夫だろう。それ以上は腐るから渡せない」
ステーキ3枚分の肉がフライパンの中にあります。……うん、実験的に作るには十分です。
……せっかく作っても、やっぱり獣臭くて食べられないとかだと無駄になっちゃいます。
「はい、十分です。ありがとうございます」
丁寧にお礼を言うと、グレイルさんが私の頭をなでました。
「また、今度出してやるから。必要な時に必要な分を出してやる。3日分出したから、次は4日後にまた出しに来てやるからな」
は?
「じゃあな。仕事があるから帰るよ」
グレイルさんが手を振って歩き始めた。
ちょっと待ってください、仕事があるのに、わざわざ来てくれて……4日後にもまた来てくれる?
仕事の負担なんじゃないでしょうか?そこまで甘えるつもりはありません。
「グレイルさん、あの、大丈夫ですから、私、何とか一人でやっていきますからっ!」
グレイルさんが振り返った。
泣きそうな顔をしている。
え?私がそんな顔をさせちゃったの?
「俺は、いらないか?俺の顔は見たくないか?」
どきっ。
まるで恋人に捨てられるみたいなセリフって思った瞬間大赤面。違うのは分かっているんですよ。私が何でも漫画的変換を瞬時に脳内でしちゃうんです。
「私、グレイルさんの顔好きです。見たくないなんて思わないです。でも、お仕事の邪魔になってしまいたくないので……あの、時々で……肉もそんなに頻繁に食べたいわけでもないので、迷惑にならないくらいで……」
グレイルさんが遠目でも顔を赤くしたのが分かった。
「俺の、顔が好き?」
あわわ。私、そんなこと、言いましたね!つい、言っちゃいましたね!
「私の住んでいたところでは髭の人の方が少なかったので、髭に囲まれると落ち着かないんですっ」
照れ隠しに思わず叫んでしまいました。しまった!コンプレックスを刺激してしまっただろうか……。
グレイルさんのはにこりと笑っていた。
「あはは、俺の顔も役に立つんだな」
それから、なんてこともないように、また無自覚タラシが爆弾発言をしました。
「俺もリツのかわいい顔好きだよ」
……う、わぁー!ダブルですよ、かわいいとか言うなんて!
好きとか無理無理、もう、勘違いするなって言う方が無理でしょう。
いえ、しないですけど。知っています。漫画ではありがちなのですよ。何の深い意味もなく口走っちゃうキャラクター。その一つずつの言葉に振り回される……主人公……いいえ、モブというか、こじらせて事件を起こす悪役みたいなの。いるんですよ。ストーカーになったり、主人公に敵対したり……ヒーローは「そんなつもりはなかった、妹として見ていただけで」みたいなね。無自覚タラシは罪の意識もないのよ。人の人生くるわせておいて……。
すーはー。落ち着こう。グレイルさんが悪いわけじゃないんです。
「あっ、ごめん、その、子供扱い……」
ほらね。
ほーらね。
ほらね。
子供に対するかわいいですからね?
「すまん……だが、リツ、女だってことは他の奴には黙っていろ。少年だと思われていた方が安全だ」
と、私が心の中で嵐を起こしている間に、グレイルさんは真面目な顔をして忠告する。
えーっと、ああ、まぁ、そうなんですかね?普通はそうですよね。
女性を襲う人間は容姿など関係ないって言いますもんね……。女であればいいって。うう、怖い怖い。比較的安全だと言われている日本でも女というだけで痴漢やセクハラいろいろと辛い目に合うんです。この世界では……何が起きるか。
「わかりました!」
「知らないやつにはついていくな!食べ物をくれるからって信用するな!困ったら、ギルドに行け!俺の名前を出せば総ギルド長が話を聞いてくれるはずだ……」
グレイルさんが何かを思い出したかのように、手元に視線を落とし、手をすり合わせる?何か動作をしてから、魔石の入った袋を取り出し、何かを入れて口をしめた。
「ちょっと試してくれ」
ひゅんっと随分距離があるのに袋をちょうど私の手元のあたりに落ちるようにグレイルさんが投げました。
キャッチ。
ずしっ。重たい。
「試すって?」
「中に指輪を入れたんだが、リツの手にはまるか試してくれないか?」
指輪?はまる?試す?……さっき手をすり合わせるような動作は指輪をはずしていたのですね。試すもなにも……グレイルさんの指にはまっていた指輪なら、私の指にははまるでしょう。……いえ、サイズが合うかという意味ならがばがばでサイズは合わないでしょうね……。
とは、思ったものの試してほしいと言われたので、おとなしく巾着袋の口を開けて、魔石の間に顔を見せている銀色の指輪を手に取る。
ロックな感じな人がつけるようなごっつい指輪ではなくエンゲージリングのような繊細な指輪だ。5ミリもない太さにびっしりと美しい模様……いえ、文字でしょうか?彫り込まれています。そして米粒魔石ほどの大きさの青い透き通った宝石が一つついています。
うわー、綺麗。
大きさはやっぱり大きいようなので、一番太い左手の親指にはめてみました。
うん、それでもまだ緩いです。手を振ったらスポーンと抜けそうな……。
「ひゃぁー!」
突然指輪がきゅっと縮んで私の指のサイズにぴったりになりました。
「え?魔法?魔法の指輪?」
待って、でも、こんなにぴったりだと……抜こうと思っても……。
「グレイルさん、抜けません、これ、どうしたらいいんですかーっ」
グレイルさんが私の言葉を聞いて、右耳に手を持って行きました。……何?聞こえない?っていうジェスチャーでしょうか。……ちょっとグレイルさんのところまで走って言って話をしようと足を動かそうとしたところで、指輪から声が聞こえてきました。
「リツ……そう……か。リツは指輪が使えるんだな」
「う、うわっ。グレイルさん、この指輪、指輪で話ができるんですか?魔法の指輪ですか?」
魔石とか召喚魔法とかあるんだから、通話できる指輪があっても不思議ではないですよね。
「そうか。リツは何も知らないんだもんな。いや。いい。そうだ……あー、まぁ、その、連絡用の指輪……うん、そういうことだと思ってくれ……ふ、その、深い意味はないからな?」
深い意味?いえ、そうですね。指輪は日本では男性から女性に渡すとなると特別なアイテムになります。
「石を5回こすれば見えなくなる。悪いやつらに目を付けられないように見えなくしておけ。逆に困ったことがあれば、もう一度5回こすれば石が見えるようになる。見えている状態で、さらに石を3回なでれば俺に声が届く」
すごい。本当に魔法の指輪だ。見えなくすることもできるなんて。……確かに貴金属身に着けているとそれだけで危険度増しますもんね。
「ギルドに言って、総ギルド長がいなければ、対応した職員に俺の名前を出せ。それでも話を聞いてくれないようならその指輪を見せればなんとかなる」
指輪から聞こえてくる声は、直接聞くグレイルさんの声よりも体の芯に響いて聞こえる。ヘッドフォンで聞くと耳元でささやかれているような気分になるのに似ているだろうか。
「じゃあ、またな、リツ」
指輪に意識を取られていたので顔を上げた時にはすでにグレイルさんの姿は見えなくなっていた。
もしかしたら指輪を通じて会話をしながらすでに移動を始めていたのかもしれない。
「あ!魔石入りの巾着……おいて行ってしまいましたよ……」
このサイズは自分でパンにもできないので、荷物が増えるという結果になるのですが……。
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