第30話

「ち、違います、心配してません。魔石で出したクルミには効果がないので……本物のクルミの話なので……」

 というか、髭は生やして欲しくないです。グレイルさんの顔は今の状態が完璧です。

 いえ、髭も似合うと思いますけど、形によっては。でも、私は髭フェチじゃないので。と、私の好みは関係ないですよね。

「あ……」

 グレイルさんが森に視線を向けました。

 これ、今にも森の中に行ってクルミの木を探してクルミを取ってこようってことですか?

「グレイルさん、さっきも言いましたけれど、食べすぎは駄目です。5個くらいにしてください。じゃないと毒になります」

 あれ?魔石で栗を出して食べすぎて皮膚病説……おかしくなってきましたよ?魔石で出した複製品に本来の栄養素ではなく魔石の栄養素が取れるなら、いくら食べても問題ない?……ってことは栗で皮膚病になった人は本物の栗を生で食べすぎた?

 んん?もしかして、魔石で出したクルミなら食べすぎとか気にせず食べても大丈夫?チョコレートも食べすぎると鼻血か出るとかニキビができるとかそういうのも気にしなくていい?ポテチも太らない?

 もしかして、魔石ってすごく素敵な存在なのでは?!

 ケーキも食べ放題!……に、なるには何百年かかるんでしょう。ケーキは300円はしますよね。私が食べた一番安いケーキはコンビニのケーキでしょうか。

 ケーキを食べるには……。

 作るしかありませんよね。この世界で、食べたいものを食べるには……作るしか……。

「ああ。分かった。食べすぎないようにだな。薬を飲みすぎるような馬鹿な真似はしない。5つだな」

 薬?いえ、クルミです。毛生え薬ならぬ、髭生え薬じゃないですからね?

「あの、もし本物のクルミを探しに行くのなら、栗も見つけたら欲しいです」

 しまった。つい頼み事しちゃったけれど。

「ご、ごめんなさい。あの、またグレイルさんが私に会いに来てくれる前提の話でした。忘れてください。その、ご迷惑をかけるつもりなんてなくて……頼るつもりも甘えるつもりもなくて、その……」

 グレイルさんが動揺してぶんぶんと首を大きく横に振り続ける私の肩をつかんだ。

「甘えてくれ」

「え?」

 顔を上げると、グレイルさんの端正な顔が私の顔を覗き込んでいた。

「もっと、俺に甘えてくれ」

「あ……の……」

「俺ばかりが、リツに甘やかされている」

 ん?私、グレイルさんを甘やかしたつもりはないですよ?

「リツを住んでいる世界から無理やりこの世界に連れてきた……その世界の人間の俺は恨まれ憎まれても当然なのに。恨み言一つ言わない。森に一人で放り出したというのに……そのことすら許してくれる。女性だと気が付かなかった俺を責めることもない。そればかりか、いろいろなことを教え、俺の身を案じて食べすぎては駄目だと助言までくれる……許されていることに、俺は甘えている……」

 グレイルさんがちょっと寂しそうな顔をしました。

「俺ばかりが甘えている……頼む、リツも、俺にもっと……わがままを言って甘えてくれ」

 ……私をこの世界へと召喚したのは陛下だと知っています。

 追放しろと命じたのも陛下だと知っています。

 それでも、グレイルさんは罪の意識を持っているんですね。

 全然グレイルさんのせいではないと私は思っているのに。この世界が悪いと。自分もこの世界の一端なのだから同罪だと。自分を責めているのですね……。

 責任感が強い人です。

 人に甘えるのは苦手です。ですけど……もし、私がグレイルさんに甘えたほうが、グレイスさんの気持ちが楽になるなら……。

 少し、甘えてもいいでしょうか……。

「あ、あの……じゃぁ、栗を……見つけたら持ってきてもらえますか?」

「分かった。必ず栗をリツに……持ってくる」

 グレイルさんがほっとした顔を見せる。

 ずっと私の両肩をつかんだままです。

 麗しいお顔が近くにあって、手の体温が肩に伝わって、そろそろ私のイケメン耐性限界値を超えます。

 何か言わないと、話題をそらさないと……焦っ、焦っ。

「お肉、お肉を出してもらってもいいですか?あの、後で、後で食べたいのでっ」

「ああ、もちろんいいぞ。そうだな。肉魔石は使えなかったんだもんな。ちょっと待て」

 グレイルさんが親指の爪サイズの魔石を取り出し呪文を唱えました。

「肉」

「あ!待ってください!焼いたのじゃなくて、生の方を、生の肉を!!」

 空っぽになったフライパンを差し出してそこに出してもらえるように要求します。

「戻れ。いや、生?……肉」

 フライパンの中に生肉がでました。

 グレイルさんが疑わしそうな眼を私に向けます。

「生焼けで食べたいというんじゃないよな?」

 高級な牛肉ならレアでも美味しくいただけますが、この肉は何の動物かも怪しい……し、豚や鶏は生は危険なのは知っています。基本的に生の肉は食べちゃダメです。例外がちょこっとあるだけです。私だって、日本にいるときに普段食べているお肉はしっかり火の通ったものでしたよ。

「あの、塩は、焼いてからかけるよりも、焼く前にかけた方が味が染みて美味しいんですっ、それで……」

 米粒魔石を取り出して塩を出してフライパンの中の生肉にふりかける。

「へー、そうなのか……」

 グレイルさんが私の顔を覗き込みます。いや、だから、距離感、距離感。顔面偏差値高すぎる自覚持って自粛してください。

「約束してくれ、絶対生焼けで食べないこと。しっかり火を通すんだ」

 こくこくと頷きながら若干後ずさる。

 がしっとグレイルさんの手が私の肩をつかみました。に、逃げられませ……ん。

「それから、パンの上に乗っけてた肉のかけらみたいにけちけち使うな!」

 ん?パンの上のかけら?カルパーンのことでしょうか?

 けちけちじゃないですよ。サラミにしては大変贅沢にたくさん乗せましたよ?

「あんなに干からびてからっからになった肉……何日食べずにとっておいたんだ!」

 ……え?あれ?干からびた肉?もしかして干し肉文化とかもないんでしょうか?

 保存食……必要ないですもんね。魔石で持ち歩いた方が保存とか考えなくてもいいし、コンパクトで軽いわけですし……。

 そうか……干し肉も見たことが無ければ、確かにサラミは干からびた肉。

 ドライソーセージのことだから。ドライ……干からびていることに間違いはないです……。いや、言い方!生焼けの肉だとか、干からびた肉だとか……。

 あ、そういえばサラミとカルパスは別の物なんですよね。おやつのカルパーンはカルパスだから、正確にはサラミではなくて……。

 サラミはドライソーセージ。カルパスはセミドライソーセージだから、カルパーンは干からびる前の生乾きの肉です。

 ……あ、悪化した……なんだか言い方が悪化しました。生乾きの肉……。

 あれ?干し肉、塩と肉があれば作れますよね?そうすれば保存できるから……。干し肉とはいえ定期的に肉が食べられるのでは?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る